進撃準備の朝
アーサーが家路についた。
考え事をしながら、椅子に座る。
クラインが来ない。
クラインは、長いこと考え込んでから、話し始めていた。
その時間で、何を考えていたのか。
四層に来ない、というのは不自然に思えた。
三層には、積極的に行こうとしていた。
予想する。クラインは多分、四層に来るつもりだ。
その上で、来ないと言ったのだ。
来ないつもりなら、魔力を全快させるために眠る必要が無い。
発言の裏に、何かある。
命を大切にしろ、認識を改めろ、とい事なのか。
三層を突破するまで、アーサーは、自分は迷宮でなら、
いつ死んでも構わないと思っていた。
しかし、三層を突破し、キョウコと過ごしてから、
生きることへの念が沸いてきた。
アーサーの命は無駄じゃないと、キョウコは言ってくれた。
簡単に、死んでもいいなどと、思ってはいけないのだ。
クレアの不在について考える。
間違いなく、苦戦を強いられる。
クレアを説得……。
それだけは、ない。クレアには酷すぎる。
もう、クレア無しで戦うしかないのだ。
その、クレアがいないということを本当に理解しなければ、
クラインは来ないかもしれない。
命について考える。
仲間の命も大事だ。自分の命も大事だ。
自分の命を、簡単に投げ捨てるようでは、誰も救えないだろう。
足を引っ張る事にもなりかねない。
今の自分は、簡単に命を投げ捨てたりしない。
本当に、いざという時だけだ。
大切な仲間たち。
再び、こんな大切な仲間たちが出来るとは、思っていなかった。
自分は何故、十年前、生き延びたのか。
全てはこの時のためなのか。
仲間たちは、今、何を考えているのだろうか。
きっと、必死に考えているはずだ。クラインを説得する方法。命の重み。
クラインの蒔いた種は、確実にパーティーに影響を与えているだろう。
アーサーは、三層を突破して、少し気が緩んでいた、と自認した。
苦戦はしたが、三層を突破出来たのだから、これから先へも行けるのではないか、と。
気を引き締め直さなければならない。
クラインの宣言が無ければ、こんな気持ちになることは、無かっただろう。
クラインの状況を判断する力は、的確だ。全員のネジを締め直した。
しかし、クラインがもし、そんなに説得されなくても行きますよ、四層。
なんて軽い口調で言ったら、殴ってやろうと思った。
翌日。クレアの家に全員集合した。しかし。
「そんなに説得されなくても行きますよ、四層」
さらりとクライン。
必死に説得していたマルシェとキョウコが、目を丸くした。
アーサーは頭を抱えた。
「やっぱりね」
予想通り、とティナが苦笑した。
クレアは椅子に座って、皆の話を聞いている。
「はぁー!?」
物凄い勢いでクラインに問い詰めるキョウコ。
「昨日行かないって言ってたじゃん!あれはなんだったのよ!」
両手でクラインをぐらぐらと揺さぶる。
「すみません、あれは嘘です。騙しました」
「なんでそんな嘘つくのよ!私凄く悩んだんだよ!涙も流したのよ!
馬鹿じゃないの!意味不明じゃない!」
「皆に、もう一度、この状況の危険さを、認識してほしかったからです。
本当に意地の悪い事をしました。申し訳ない」
「ごめんで済むかー!」
キョウコの抗議。
「私は、感謝してるけど、確かに意地が悪すぎるわね」
ティナは苦笑している。
「なんでティナは感謝してるのよ!こんなの、酷いじゃない」
「認識の甘さを、指摘してもらったからよ」
真剣なティナ。
「私は、覚悟が甘かった。正直、クラインが離脱宣言しなければ、
生ぬるい状態で迷宮に突入していたでしょうね。皆はどうなのかしら?」
「それは、その」
キョウコは言葉に詰まった。色々考えさせられたのは、事実だ。
「うん、僕は、考えさせられたよ。でも、よかった、クラインが来てくれる」
マルシェは安堵からか、涙目だった。
「すみません」
クラインは素直に謝った。
「うう……わかった、わかったよ。そういうことね。皆の事を思っての事なんだったら、
うーん、わかったよ。しょうがないか……、はぁ」
キョウコは、渋々納得したようだ。
「これで、五人とも、迷宮に行くのでしょうか」
黙って聞いていたクレアが口を開いた。
「そうだな。クラインが来るから、五人だ。五人で行く」
アーサーもやれやれといった様子だ。
「そう、ですか」
クレアの表情は曇っている。パーティーに、自分は、いないのだ。
「準備は万全です。魔力は回復しました。今すぐにでも、行けます」
「僕はちょっと、時間が欲しいな。お昼くらいまで」
マルシェはクレアを横目に、発言した。
「私も、マルシェと同じ。昼まで時間が欲しい」
続くティナ。
「昼飯を食べてから、出発するか。昼はみんなで食べよう。クレアも、一緒にな」
アーサーが提案した。クレアの事を、内心、気遣っていた。
「それなら、お昼は私が作ります。また、お昼ごろ、この家に来てください」
クレアは申し出た。情けない気持ちで、一杯だった。
「お、ラッキー。クレアの手料理を食べられるなら、やる気も出るよ」
キョウコの表情も、少し明るくなった。
キョウコも、クレアの事を気遣っていた。少しでも、役に立たせてあげたい。
「クレアに任せる。じゃあ、昼頃また、ここに集合しよう」
アーサーの、解散の発言。昼頃まで、自由時間となった。
ティナは自分の家に戻った。
クラインが来てくれて、よかった。そして、やらなければならないことがある。
ティナは木製の引き出しから、紙とペンを取り出し、何かを書き始めた。
そして、同じ時刻に、別の場所にいるマルシェも、紙とペンを取り出していた。




