命の価値
その頃、マルシェは家に戻っていた。
クラインは来てくれると思っていたマルシェ。
こんなことになるなんて、思っていなかった。
クレアに続いて、これで二人目。
アーサーに先ほど、今の気持ちを正直にと言われた時、マルシェは行かないと答えた。
本当は、行くと答えたかった。みんなを守りたかった。クレアの顔が浮かぶ。
しかし、クレアとクラインの二人がいなければ、確かにマルシェ達は、五回も死んでいるのだ。
あそこで行くと答えていたら、クラインの指摘通り、確かに無謀だろう。
マルシェは意地でも、クラインを説得する気でいた。
そのためには、クラインが何を考えているのかを、考えなければならない。
五人では勝ち目が薄いから、行かないのか?
敵に挑むときの、勇敢なクラインの顔を思い浮かべた。
どうも、五人だから行かないという風には思えない。
では、何故なのか。何が足りないのか。
クレアの重要さ。よく考えてください、自分の命の大切さを、という言葉……。
足りていないのは、自分たちの覚悟なのか?
クレアがいなくなって、どういう戦闘になるのかという事を、深く考えていなかったかもしれない。
強力な攻撃を、敵が放ってきたら、どうするのか。
今まで、クレアの盾に、ずっと守られてきた。
もう、それには頼れないのだ。
クレアがいなくなる。その重みをよく考えないと、命を落とす。
そういうことなのか。
自分たちの考えが甘いと思って、あんな風にクラインは語ったのだろうか。
警告、なのだろうか。
だとしたら、その警告は的確だ。実際に、考えが浅かったのだから。
五人でも戦うんだ!という根性論は、無謀なのだ。
クラインが行かない理由。それは、自分たちの認識が甘く、簡単に命を落とすことになるからだ。
命を失ってほしくないからだ。
そう思った。
クラインは三層でも勇敢だった。
そして、頭がよく回る。
マルシェには、クラインの考えを読み切ることは出来なかった。
大体、こうなんじゃないか、という予想が立っただけ。
クラインを説得する、という点については、変わらなかった。
意地でも、説得してみせる。
絶対に命を大切にするから、油断しないから、一緒に来て、と。
他のパーティーメンバーと同じく、キョウコも自分の家に帰った。
何故、こんなことに、と心底思っているキョウコ。
三層であんなに頼もしかったクラインが、来ない。
「なんでよ」
呟き。このままにしておけば、集落に魔物が満ちるのだ。
戦うしかないじゃないか。
魔物が満ちるまでの間、平和に暮らせれば、それで良いっていうの?
クラインは三層に行く時、このままでは魔物が満ちると言っていた。
わかっているはずだ。その先ににあるのは、死だとも言っていた。
じゃあ、なんで、来ないのよ……。
キョウコは歯痒かった。
強力な敵が来るなら、今度は刺し違えようとも、倒してみせる。
クレアがいなくても、絶対に勝ってみせる。
この命が散ろうとも、出来るだけの事をして、倒れるのだ。
……よく考えてください……自分の命の大切さを……。
キョウコの動きが止まった。
少し、熱くなっていた自分を認識。
深呼吸をして、熱を冷ます。
私が特攻して、刺し違えたら、どうなるだろう。残された皆は。
アーサーにも、また深い心の傷を負わせるのではないか。
クラインは、なんで来ないんだろう。
先ほどの自分みたいに、考えの浅い人間が、いるから?
自分たちが、簡単に命を落とすような、甘い考えだから、来てくれないのか。
刺し違える。特攻。
死ぬことが怖いわけじゃない。
でも、やるしかないじゃないか。
このままでは、みんな死んでしまうのだ。キョウコは、追い詰められていた。
「どうすればいいのよ」
涙ぐむ。
キョウコは、責任感が強かった。集落の子供にも、必ずみんなを守ると約束した。
やるしかないんだ。やるしか。
……あなた達の覚悟というのは、覚悟じゃない。ただの無謀です……。
無謀。命を落とすこと。
簡単に命を投げ出そうとしている自分は、咎められているのか。
四人で四層に行く、と想像してみる。
それは、無理だ。そう直感していた。
五人なら、なんとかなるかもしれない。しかし、クラインは来てくれない。
どうしたら、クラインは来てくれるのか。
自分が口先だけで、命を大切にすると言っても、きっと見抜かれる。
大切な仲間たちを失うくらいなら、自分が犠牲になったほうがマシだと、キョウコは考えている。
その、自分の信念は、曲げられない。
それが無謀だと指摘されているのを、わかっていながら。
キョウコの精神がどんどん追い詰められていく。
キョウコは決めた。自分の命は大切にする。しかし、もし仲間が窮地に陥れば、命を張ってでも助けに行く。
曲げられないのだ。
クラインに、また咎められるかもしれない。
他の皆は、自分の命を大切にすることを、真剣に考えているかもしれない。
でも、私には出来ないよ。命を、みんなのために使ってしまうよ。
嘘をついても仕方ない。
正直に話そうと決断し、キョウコは少し、目を閉じた。




