離脱宣言
マルシェは祖父の家にやってきていた。
家はボロボロの木造で、周囲にはガラクタが積み上げられている。
マルシェは、相変わらずだなぁ、と思いながら、ドアをノックした。
「おじいちゃーん、マルシェだよー」
呼び掛けてからしばらく待つと、中から、髭でもじゃもじゃの顔をした、ちっちゃいおじいちゃんが出てきた。
「おお、マルシェか。よく来たのぅ。ささ、入れ入れ」
おじいちゃんに連れられて、家に入るマルシェ。
油の香りが漂っている。壁に染みついているようだ。
おじいちゃんの名は、ガラムという。
ガラクタ、いや、発明品をたくさん作っているのだ。
「丁度、お前に渡したい物があってな。しかも、たくさんあるぞ」
マルシェは嫌な予感を感じた。
「まずはこれじゃ。ハイパーガラムマジックアーム」
ガラムは、先端に手のようなものがついた形の、取っ手付きの謎の物体を取り出した。
「まずは、この取ってを握る。すると、先端の手が、物を掴んでくれる」
ガラムは実践して見せた。先端の手が動く。
「これさえあれば、迷宮で危険そうな物を見つけた時でも、簡単に取れる。
さあ、遠慮なく持っていけ」
「ちょっとサイズが大きすぎるから、持ち歩けないかな」
マルシェはやんわりと断った。
「そうか……。残念だのぅ。じゃあ、次はこれじゃ。スーパーガラムボール」
おじいちゃんは、何にでも自分の名前をつけるのを忘れない。
小さな、鉄球のようなものを取り出した。
「これが、意外と軽いんじゃ。数少ない品なのじゃが、特別に一個、見本を見せてやろう」
おじいちゃんは真剣な表情で、ガラクタ、いや、スーパーガラムボールを構えた。
「これは地面に投げて使うんじゃ」
床に向けて、投げつけた。
すると、ボワンと音を立てて、灰色の煙が立ち上る。
マルシェは期待した。これは、なんだかすごそうだ。
「これで、どうなるの?」
「これで、終わりじゃよ」
ガラムはあっさり答えた。
マルシェは転倒した。
「なんじゃ、そのリアクションは。このスーパーガラムボールには、もう一つの効果があるんじゃ」
「どんな?」
「サイズが小さい故」
ガラムが、ごほん、と勿体ぶって一呼吸置いた・
「お守りとして持ち歩くことが出来る」
マルシェは転倒した。
「特別に一個、お前にやろう。このサイズなら持ち歩けるだろう。遠慮なく持っていくがよい」
「このくらいのサイズなら、一個貰っておくよ。お守りとして」
マルシェは苦笑しながら、ボールを受け取った。
そして、鞄にしまった。もちろん、一番奥にである。
「次の発明品を見せてやろう」
ガラムの発明自慢は終わりそうにない。
マルシェは切り出した。
「ねえ、おじいちゃん。今、大切な人が弱ってるんだ」
「ほう?」
「元気づけてあげたいんだけど、とても、弱ってるんだ」
「そうか」
ガラムは目を閉じた。
「まあ、懸命に、励ましてやることじゃな。傍にいてやるとか。
それと、その人の事をちゃんと考えてあげることじゃ。
いいか、今から大事なことを言うぞ。
考えることは、大事じゃ。戦場においても、そう。
大切な人を守りたいのなら、考えること。いいか、よく覚えておくんじゃ。
マルシェ、お前は優しい子じゃ。しかし、少し考える力に欠けておる。
ほれ、クラインがおるじゃろ」
クラインとおじいちゃんは、何故か仲が良い。
「あやつは考える力に長けておる。あいつを見習うんじゃ」
考えること。確かに、マルシェはその通りだと思った。
クラインみたいに頭が良ければ、パーティーを救えるかもしれない。
「ありがとう、おじいちゃん。とても参考になったよ」
「ほっほっほ。ワシも良いことを言うじゃろ」
「あはは。じゃあ、おじいちゃん、僕そろそろ行くね」
「なんじゃ、もう行ってしまうのか。残念だのぅ。寂しいのぅ」
「ごめんね。また今度来るからさ」
「楽しみにしておるぞ。マルシェよ、最後に言っておくことがある」
「なに?」
「必ず、生きて帰るんじゃぞ」
ガラムは、マルシェの事を心配してくれた。
マルシェは胸が熱くなった。
「うん、必ず生きて帰るよ。またね、おじいちゃん」
別れを告げ、マルシェはガラムの家を出た。
マルシェはガラムの家を出た後、クレアの家に行くことにした。
少しでも、良くなってほしかった。
ティナがいるから大丈夫とは思ったが、心配で足が向いていた。
クレアの家にたどりつく。
ドアをノックする。すると、中からキョウコが現れた。
「どうも、クレアです」
「キョウコじゃないか」
「ばれたか。皆、中にいるよ」
キョウコはひょいひょいと手招きした。自分の家のように。
マルシェが中に入ると、アーサー、ティナ、クレア、それにキョウコ。
クラインを除く全員が揃っていた。
「皆、なんで揃ってるの?何かの話?」
マルシェは疑問だった。
「うーん、まあ、タイミングってやつかな」
キョウコは笑っている。
「クラインが揃っていれば、全員集合だな」
「呼びました?」
クラインがドアの前に立っている。
「うわぁ!」
キョウコの大声。
「あら、さっきまで寝ていたのに、起きたのね」
「食事を摂らないといけないので。食事を摂ったら、もう一日寝ます。
魔力は半分は回復しました。何か、変わったことはありましたか?」
クラインは寝ている間の状況を尋ねた。
変わったこと。クレアの離脱を伝えなければいけない。
アーサーが切り出す。
「クレアを除く四人は、四層に行くつもりだ。だが、クレアはもう戦えない」
「戦えない?詳しく、聞かせてもらえますか」
アーサーは説明した。クレアの受けた心の傷。本人に戦う意思がないこと。
残り四人は、クレア無しでも戦う覚悟があるということ。
「なるほど」
「クラインは行くの?四層」
「少し、状況を整理する時間をください」
クラインは考えに耽っている。
起きたばかりかだからだろう。無理もない。
皆は待つことにした。
クラインはずっと考え込んでいる。
クレアの不在、残り四人の覚悟。今までの戦況。
そしてこの雰囲気。
クラインの目が鋭く光った。
「お待たせしました。返事をしましょう」
クラインが長い間考え込んだ後、話し出した。
「結論から言いますと」
クラインが一呼吸してから、言った。
「僕は四層には行きません」
 




