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迷宮六人の勇者 -Cherry blossoms six hits-  作者: 夜乃 凛
第三章 悪鬼の突剣
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戦線離脱

 マルシェは暗い表情で歩いていた。

クレアは重症だ。元気を分けてあげられなかったと、マルシェは悔いている。


家に帰ろうと思った。少し、休もうと。

 そんな時、キョウコを発見したマルシェ。

向こうも、マルシェに気づいた。


「あー、さっぱりした。マルシェ、家を周ってたの?」


 キョウコは温泉上がりだからなのか、少し色っぽい。


「うん」


「ちょっと、元気がないね。何かあったんだね」


「うん、アーサーは大丈夫そうだったんだけど、クレアが」


 キョウコに事情を説明したマルシェ。


「そっか……、あの子、真面目だもんね。可哀そうだよ。許せない、アイツ」


「立ち直ってくれるといんだけど、今は、とても無理そうだ。ねえ、キョウコ」


「なに?」


「クレアのことなんだけど」


「うん」


「アーサーと皆に、お願いしようと思っていることがあるんだ」


 マルシェの表情は暗い。


「お願いって?」


「クレアを、パーティーメンバーから外してくれないかっていう、お願い」


 キョウコは少しの間、何も言わなかった。

 考えている表情で、髪をいじっている。


「そっか……。マルシェがそう言うんなら、多分、もう、無理なんだろうね。

私も直接あの子と話はしてみるけど、あれだけの心の傷を受ければ、無理もないよ。

私は四層に行くつもりだけど、クレアがいなくなることに、反対はしないよ。

あの子はよく頑張った。褒めてあげなくちゃね」


「頑張ったっていうのも、今は逆効果みたいなんだ。反対しないでくれて、ありがとう」


 マルシェは頭を下げた。


「あー、そっか。そうだね。わかった、気をつける。頭上げてよ。私たち、仲間でしょ」


 キョウコは苦笑している。


「もちろん、クレアも仲間。クレアが戦いから離れても、仲間だから。

私、もちろん恨んだりしないし、責めたりしない。クレアの分まで、頑張るだけだよ。

辛くはなるけど、頑張るしかないからね。

ずっと……守ってもらったな。感謝しないとね」


「うん」


 マルシェは涙声だ。


「マルシェが泣いてどうするの。マルシェは、四層に行くつもりなの?」


「行くよ。五層まで行って、魔王を倒すんだ。集落を、クレアを守るんだ」


「マルシェもそういう覚悟なのね。うん、そうだね。守らないとね」


 キョウコはそう言うと、いきなり手を差し出した。


「握手。ほら」


 お互いに手を取った。


「必ず生きて帰ろう。約束だよ」


 キョウコは笑顔だった。


「わかった、約束だ」


「私、ちょっとアーサーの事で気になる事があるから、アーサーの家に行くけど、

マルシェはどうする?」


「僕はちょっと休むよ。アーサーの家に行くのなら、アーサーのこと、よろしくね。

もしかしたら、元気に見せかけているだけかもしれない」


「わかった、任せて。じゃあ、またね」


 二人はそこで別れた。



 キョウコはアーサーの家の前まで来た。

小さい家である。キョウコはだドアをノックしてみた。


「キョウコ様が来てあげたぞ!さあ、開けなさい!」


 偉そうにキョウコが叫ぶと、ドアが開いた。

 現れたアーサーは、どこか元気が無さそうに見えた。


「入ってもいいかな?」


「大丈夫だが、何をしに来たんだ」


「アーサーが心配だからに決まってるじゃない」


「心配してくれているのか。大丈夫だよ、俺は」


 アーサーは苦笑いを見せる。


 キョウコは椅子を勧められたので、それに座った。反対側にアーサーが座る。


「大丈夫なわけないでしょ」


 キョウコはいつになく真剣な表情で言った。


「昔の仲間たちが、あんな風にされて、それと戦って、お姉さんとも戦った。

大丈夫なわけ、ないじゃない。無理ばっかりしないで」


「俺は、この十年間、苦しみ続けてきたよ。死のうと思ったことも、何度もある。

でも、姉さんが命を懸けて助けてくれた命だ。粗末にするわけにはいかなかった。

姉さんたちも、十年間苦しんでいたことには、驚いたよ。

その間、俺は何もしてやれなかった」


 自嘲気味に笑うアーサーに、キョウコは思った。十年。長い年月だ。

 その間、この人はずっと苦しみ続けてきたのだ。たった一人で。

 悲しみを一人で背負い続けてきたのだ。

 キョウコは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 思わず、椅子から立ち上がる。

 アーサーの方に近づいていき、アーサーを優しく、抱きしめた。


「キョウコ、どうした」


「辛かったね。一人で、耐えてきたんだよね。泣いていいよ。泣いていい」


「男が人前で泣けるわけないだろ。みっともない」


「私、あなたが泣いてもカッコ悪いなんて思わない。

一人で抱え込んでいても、辛いだけだよ。少しでも、アーサーの悲しみをわかってあげたい。

いいんだよ、泣いて。辛かったね、頑張ったね」


 頑張ったね、という言葉が、アーサーの心に刺さる。

 頑張った。そんなことは言われたことが無かった。

 思わず、涙が零れた。


「気が済むまで、泣いていいんだよ。私、こうしていてあげるから」

 キョウコは優しい表情だ。

 アーサーの涙が止まらない。


「十年の重みは、小娘の私にはわからない。

 でも、アーサーが傷ついているのはわかる。

 逃げ出したことを、悔やんでいることも。

私は、アーサーが生きていてくれてよかったと思ってるよ。

アーサーがいてくれて、嬉しいと思う。

こんな、抱きしめるくらいで、悲しみが薄らいでくれるか、わからないけど、

一緒に分かち合おうよ。

お姉さんの稼いだ時間も、あなたの命も、無駄じゃない。無駄じゃないの」


 キョウコも涙を流している。

 アーサーの苦しみを、少しでも無くすことが出来るだろうか。

 アーサーはしばらくの間、キョウコに縋り、涙を流し続けていた。


「もう、大丈夫だ。すまない」


 涙を拭い、キョウコから離れるアーサー。


「いつでも、頼ってよ。ねえ、アーサー」


「なんだ?」


「今晩は、アーサーの家に泊まってもいい?」


「キョウコ、お前」


「ずっと一緒にいてあげる。何でも、聞いてあげるからさ。ダメ?」


「わかった。しかし、お前わかってるのか」


「わかってるよ。そんなに子供じゃない。

マルシェのお弁当、食べた?食べてなかったら、一緒に食べようよ」


 キョウコは明るい笑顔だ。


「食べていないな、一緒に、食べるか」


「うん。そうしようよ」


 二人はお弁当を食べることにした。

 アーサーは、キョウコに癒されているのを感じていた。

 心の優しい子だ。

 自分が、キョウコに強く惹かれているのを感じていた。

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