心の傷
マルシェは、アーサーの家までやってきた。
ノックせず、家の中に入った。男だから大丈夫だろう。
中に入ると、アーサーがぼろぼろになった服のまま、こちらにやってきた。
「アーサー、目が覚めたんだ。よかった」
マルシェは安堵した。復活したのだ。
「マルシェか。すぐにでも、状況を聞きにいこうと思っていたところだ。どうなったんだ?
俺が生きているってことは、勝ったのか?皆は、無事なのか?」
マルシェは、皆から聞いた話を含めて、アーサーに状況を説明した。
厳しい戦いだったこと。敵の暴言。
「そうか……本当に、危ない所だったんだな。しかし、全員無事でよかった」
アーサーは安堵し、椅子に座り込んだ。
「大分、精神的ダメージが残っているけどね。アーサーも、その」
マルシェは口ごもる。仲間たちと戦ったのだ。なんと励ましたらよいだろう。
「俺は大丈夫だ。お前は気を遣いすぎだ、マルシェ。ありがとう」
アーサーは微笑んだ。その程度の余裕はあるようだ。
「お弁当、作ってきたんだ。よかったら食べてよ」
マルシェはお弁当を取り出した。りんごも。
「すまないな。お前の料理は美味いからな……。ありがたくいただいておくよ」
アーサーがすっと、お弁当とりんごを受け取った。そして言った。
「クレアの所には行ったのか?」
「まだ、これからだよ」
「じゃあ、早く行ってやるといい。あいつが、一番心配だ。俺は大丈夫、行ってやれ」
「わかった。無理しないでね」
「ああ」
マルシェはアーサーの家を後にした。
アーサーは、そんな素振りを見せなかったが、落ち込んでいた。
昔の仲間たちとの戦い。十年……。自分が、簡単にやられてしまったこと。
アーサーは、かなりのダメージを心に受けていた。
マルシェは、クレアの家を訪れた。
ドアをノック。しばらく待つ。
少し、ドアが開いた。クレアが姿を現した。
顔に生気が無い。ひどく、弱々しく見えた。
「マルシェですか。なんですか?」
「用事があってきたんだ。中に入ってもいい?」
「どうぞ」
クレアはマルシェを招き入れた。
「用事とは?」
クレアに元気はない。
「お弁当を作ってきたんだ。みんな、食事をちゃんと摂っているか、心配で」
マルシェはお弁当を取り出した。
クレアは、躊躇した。
「ありがたいですが、私はいりません。食欲が無いので」
「だめだよ。ちゃんと食べなきゃダメだ。心も体も、弱っちゃうよ」
マルシェは心配そうな顔つきである。
「私なんかのために、わざわざ作ってくださらなくてもいいのですよ、マルシェ」
クレアは弱々しく喋る。私なんか、という言葉が、クレアが弱っていることを伝えている。
マルシェは可哀そうに思い、クレアの手を取った。
「私なんかなんて、言わないで。クレアは頑張ったんだ。自分を、責めないで」
必死に励ます。
「頑張った?私なんて、何もしていない。気休めばかり言わないでください!
あなたに、何がわかるのですか!」
クレアはマルシェを振り払った。
マルシェのお弁当が床に落ち、中身が床に散乱した。
「あ……」
クレアが愕然とした表情になった。
「ごめんなさい、私、なんてことを、私、その、ごめんなさい、あ、ああ」
クレアが涙を流している。
「大丈夫だよ、落ち着いて」
「ごめんなさい、マルシェ、許してください、私、私」
クレアは少し、パニックに陥っている。
「クレア!」
マルシェは大声を出した。
クレアがビクッと肩を震わせる。
「疲れてるんだよ。向こうで休もう。ね?」
マルシェはクレアの手を取り、ベッドのある部屋まで連れて行った。
躊躇しているクレアを、マルシェは横にならせた。
「疲れているんだよ。ごめんね、気休めばかり言って。クレアの気持ちをわかってあげられなくて」
「マルシェが謝るなんて、おかしいです。悪いのは私です。ごめんなさい」
重い雰囲気が漂う。
「私」
クレアが切り出した。
「こんなにも、自分が無力だなんて、思っていませんでした。
何もする術を持たない。みんなを救えない。
自分は、皆を守る盾だと思っていました。
その結果が、これです。
何が盾たでしょうか。笑ってしまいますよね。
私なんか、いなくても」
クレアは涙を流している。
マルシェは思った。
もう、無理だ。
この人はもう、戦えない。戦わせられない。
しばらく、一人にしておいてあげようと思った。
「お弁当、実はもう一個作ってあるんだ。ここに置いておくから、ちゃんと食べてね。僕はもう行くよ」
マルシェは、自分の分のお弁当をそこに置いた。
「さっきのは、僕が片付けておくから。その代わり、ちゃんとこれを食べてね」
なんと言ってよいのかわからないクレアを背に、マルシェは部屋を出た。
散乱したお弁当の片づけをして、家を出る。
クレアを傷つけた、あの悪鬼が、許せなかった。




