悪鬼との死闘
緊張しつつも、六人は長い廊下を渡っている。
後には戻れないのだ。鍵が無い。
曲がり角にたどり着く。
慎重にクレアが、角の先を覗き見た。
立っている。アーサーの姉が、立っている。
「来たね」
姉は微笑している。
「私はステラ。ステラ・ヴァリー。どうぞよろしく」
「姉さん、話せるのか?」
アーサーは思わず、一歩前に出た。
「話せるよ。まあ、お前の姉はもういないけどね」
ステラは笑っている。狂気が、滲み出ている。
「かかってくるなら、かかってきなよ。まあ、二対一で、この私に挑むんじゃ、
勝ち目はないだろうけどね」
ステラは笑っている。言葉の意味は。
「二対一?」
キョウコも前に出た。
「どう見ても、六対一じゃない。何言ってるの、アンタ」
「だって」
ステラは、見下したような目でパーティーを見回した。
「そこの、槍を持ってるやつ……そして、そこの疲れた顔をしている男。
お前ら以外は、全員、ゴミじゃん。顔つきでわかるんだ、私」
ステラが淡々と語る。明らかに挑発している。
「なによ、それ」
キョウコは、多少苛立ちを覚えた。
「キョウコ、安い挑発に乗るな」
アーサーがキョウコを制止した。冷静だ。
「事実なんだけどね。それにしても、あいつら全滅しちゃったか。情けない」
ステラが語る。パーティーの仲間たちのことだろう。
「雑魚のホウマとベルエルはともかく、マリーとセレスが敗れるとはね。
ホーリーメティオを唱える時間くらい、稼いでやれなかったのか。無能すぎ」
かつての仲間を無能と呼ぶステラ。やはり、もう、昔のアーサーの姉ではないのだ。
「残念でした。あの魔法なら、クラインが防いだよ」
キョウコは敵意を持って、ステラに食ってかかった。
これはダメだ。ティナは内心焦った。
「キョウコ、余計な情報を相手に与えないで」
ティナがキョウコを制止。しかし、遅かった。
「ごめん」
キョウコは謝った。迂闊だった。
「へえ、防いだの?ホーリーメティオを?」
ステラは興味深そうだ。
「それは聞き逃せないな。どいつが、クラインかな?」
ステラは全体を見渡した。
「お前だな。疲れた顔をした、お前。なるほど、それでそんなに疲弊してるのか。
そんなんじゃ、まともな魔法も打てないだろうけど、お前には注意しておくよ」
キョウコの発言は、それ以上の情報を、ステラに与えていた。
「槍と刀。アーサーは……短剣か。そして重装備の前衛……。あいつが、魔法使い。
ってことは、回復役は、そのチビか。ふーん……」
ステラは笑っている。
「さて、どうするのかな?いつまでも、おしゃべりを楽しもうか?
鍵なら、私が持ってるよ。ただ、引き返して、餓死するまで、みんなで余生を楽しんだ方が、
私はいいと思うけどね」
ステラが、鍵をちらつかせた。おそらく、あれが扉の鍵だ。
「お前はここで倒す」
アーサーは断言した。一点の迷いもない。
「みんな、準備はいいか?」
皆、頷いた。
「……行くぞ!」
アーサーの号令で、クレアが飛び出した。
「お前らは、速攻で全滅する。これは予言。私の予言って、当たるんだ。
さあ、来い、雑魚共」
ステラの威圧感。
キョウコはもう既に、練気を始めている。
ステラは、速すぎる速度で、突撃してきた。
クレアが盾を構える。
だが、ステラは、クレアの盾の前に滑り込み、身を隠した。
盾に隠されて、敵の姿を確認できない。
硬直。
まずい。飛び出してくるのは、右か、左か。
盾の向こう側から、涙声が聞こえてきた。
「アーサー、どうして一緒に戦ってくれなかったの?
どうして、私を見捨てたの?姉さんの事が、嫌いだったの?ねえ、どうして?」
アーサーが震えた。
この時の、キョウコとクレアを除く、四人の判断は、それぞれ違っていた。
クラインとマルシェは、敵の姿が見えた瞬間、敵の反対側に回避すべきだと直感していた。
アーサーは、言葉により、動きが鈍っていた。
ティナだけが違った。
今、完全に主導権を相手に握られている。
後手に回っていては、勝つことは出来ない。
例え、敵と鉢合わせることになろうとも、博打でどちらかに飛び出すしかない。
今、勝負の瞬間が来ているのだ、と。
ティナは右側に、勢いよく飛び出した。
次の瞬間、盾の後ろから、敵の姿が左側に見えた。
左!
クラインとマルシェは右側に回避を試みた。
アーサーが固まっている。言葉の呪い。
ステラは、ジャンプし、クレアの盾の上部分を踏みつけ、クレアの真上から、襲い掛かってきた。
左でも右でもない。中央。
アーサーが危ない。クラインがアーサーの腕を思いっきり引っ張った。
高速の突きが、アーサーを突き刺す。心臓への突きは免れたが、三発がアーサーに直撃。
致命傷といってもよかった。
ステラはアーサーを、入り口付近の壁に、思い切り蹴り飛ばす。
「指揮官から殺す。鉄則よね?」
余裕の微笑。
クラインとマルシェが、ステラの射程内に入っている。博打で飛び出したティナは功を奏し、距離が取れている。
クラインは直感した。ここでマルシェを失うわけにはいかない。
マルシェに思い切り体当たりし、マルシェを吹き飛ばして、逃がした。
次の瞬間、凶刃はクラインに襲い掛かった。
またしても三発。そしてアーサーと同様、入り口付近の壁に吹き飛ばした。
蹴りが強い。
クレアはどうしてよいかわからず、動けない。盾として機能していない。
体当たりで、一瞬、ステラの攻撃範囲から外れたマルシェだったが、
ステラはマルシェを見逃さなかった。
マルシェの手に二発、突きを放つ。
魔法を封じた。マルシェは床に倒れ込んだ。
次の瞬間、右方向から、ティナが反撃の突きを繰り出した。
ステラはすぐに反応した。突剣で、槍を捌く。
強烈な突き合いが始まった。
「回復役は、息の根を止めておきたかったけどね。まあ、手は潰した。
もう回復は出来まい。しかし、やはりお前は優秀だよ、槍使い」
クレアは焦っていたが、マルシェを抱えて、部屋の右側に移動した。
出来ることは、仲間を守ることだ。
ステラは突き合いをしつつも、部屋の中央に陣取ろうとしている。
なにかの思惑。徐々に真ん中へ。
ティナが部屋の右側。
怒りを押し殺していたキョウコが、動きの気配を見せた。練気。突撃出来る。
真横を狙える。中央のステラはティナと戦っている。今しかない。
凄まじいスピードで、飛び出した。
完全に殺せるはずだった。
しかし、踏み込もうとする瞬間、ステラはキョウコに二発を叩き込んだ。
「え」
キョウコが血を吐いて、その場に倒れ込んだ。
反応された。なんで?
ステラは、すぐにティナとの戦いに戻っている。
戦いながらも、ステラはおしゃべりする。
「お前が高速で接近してくるヤツだっていうのは、わかっていたよ。
お前、マリーにその技見せただろ?温存しておくべきだったね。そのスピードは警戒していたよ。
大体、このタイミングで飛び込んでくるだろうと、予測できた。
天性の戦闘センスってやつ?今、いい所だから、邪魔するな、雑魚」
ステラは嘲笑っている。
ティナは苦しい状況を把握した。
もう、戦えるのは自分しか残っていない。
絶対に敗れるわけにはいかない。
皆を守れるのは、もう自分しかいないのだ。
気迫。凄まじい気迫で、ステラに立ち向かう。
「お、すごい気迫。でもさ」
ステラはまだ笑っている。
「おしゃべりしながら、周りも警戒しながら互角ってことは、
その二つが無くなったら、どうなるかわかるかな?槍使い」
ステラの眼が光る。
ティナの背筋が、ゾクりとした。
槍を、突きで捌かれ、接近される。素早い動きに、串刺しを喰らってしまうティナ。
しかし、それでもティナは攻撃の手を緩めなかった。
ステラは危険を察知して、ティナを蹴り飛ばした。
ティナが壁に強く頭を打ちつけ、気絶してしまう。
「そう。傷の痛みに負けず、攻撃しなければならない。やっぱり優秀だったな。まあ、それもこれまで」
ステラは、立っているクレアの方を見た。クレアに向かって、接近。
クレアは絶望しながらも、咄嗟に両手を広げて、マルシェを庇った。
「あらあら、献身的。ひょっとして、そのチビの彼女?」
ステラは微笑んでいる。
そのまま、クレアの鎧の隙間を狙って、四肢を刺す。クレアは床に倒れ込んだ。何もできない。
後ろにいたマルシェを、軽々と拾い上げ、クレアから距離を取った。
「やめて、お願い、やめて」
クレアが懇願する。マルシェが殺されてしまう。
「命乞いか。言っとくけど、お前のせいだよ?お前が、あんな役にも立たない盾持ってたから、全滅したんだ。
お前のせい。ハハハハ!」
ステラがマルシェの肩を刺した。
マルシェが呻き声を上げている。
「やめて!」
クレアが泣き叫ぶ。
「やめてください、だろ。口の利き方に気をつけろ」
ステラは、クレアを見下している。
「靴を舐めろ。十秒以内だ。出来なければ、こいつは殺す」
ステラが命令した。クレアは四肢を刺されている。
クレアは倒れ込んだまま、必死に痛む手を伸ばし、前に出ようとした。
ステラは楽しそうにそれを眺めている。
「はい、十秒。上を見てごらん」
クレアが上を見る。目を見開いた。
マルシェが串刺しにされている。そして、容赦なく、ステラがマルシェを蹴り飛ばした。
「あーあ、死んじゃったね?お前が命令守れないから、あのチビ死んじゃったね?
お前のせいだよ。ハハ、ハハハハ!」
クレアは憎しみに満ちた表情で、ステラを睨みつけた。
「て、やる」
「あ?」
「殺してやる!殺してやる!」
クレアが叫んだ。
ステラは苛立たし気な表情で、クレアを見た。
「誰が、誰を殺すって?やってみろよ。早くやってみろ。出来ないのか?無能め。
奥義とかないの?呪文とかないの?お前、本当に面白いな。
何も出来ないじゃない!傑作すぎるわ」
クレアは、ぼろぼろと、大粒の涙を流している。
無力だ。何も、守れない。
その時、クラインがよろめきながら立ち上がった。
ステラがクレアから興味を無くし、クラインの方を見た。
「ほう、立つか。魔法使い」
いい加減にしろ、という言葉が、クラインの喉元まできていたが、それを必死にクラインは抑えた。
刺激してはならない。
クラインはまだ希望を捨てていなかった。
細い糸を手繰るような、勝利への道筋。六人全員で生き残る道。
一つ。この女は、とんでもなく性格が悪い。
二つ。この女は、とんでもなくおしゃべりだ。
「あなたにお願いがあります」
クラインは切り出した。最後の。
「言ってみろ」
「これから放つ、僕の最後の呪文」
クラインは一呼吸置いた。
「当たってくれませんか?」
ステラは一瞬固まった。そして、大笑いした。心底可笑しそうに。
「敵に、攻撃に当たってください、だって?馬鹿かお前は。
揃いも揃って、本当に馬鹿ばかり」
「当たってくれるなら、一発逆転のマジックショーを、お見せしましょう」
クラインはふざけていない。冷静だ。
「マジックか。面白い。いいよ、当たってあげるよ。その体と、疲れ切った様子じゃ、
ろくな魔法も打てないだろ。さあ、何を見せてくれるのかな?鳩でも出すのかな?」
ステラは笑いながら、両手を広げる。
クラインは鋭い目で見た。これが、最後の呪文。頼む。通ってくれ。
クラインが魔法を放った。
選択したのは、雷撃の呪文。
青白い光が、ステラに飛んでいく。
だが、ステラは、それをひらりと避けた。笑っている。
「はい、残念でした。当たると思った?当たるわけないだろ。
ホーリーメティオを止めたやつだからね。弱ってるけど、万が一にも負ける可能性があるなら、
当たるわけにはいかないね」
離れた位置で、キョウコが悔し涙を流している。自分のせいだ、と。
私が、最初の会話で、クラインを警戒させてしまったから。
警戒していなかったら、当たってくれていたかもしれない。
私が、最後の可能性を潰してしまったんだ。
私が。
ごめん、みんな。ごめんなさい。
「さて、万策尽きたかな?しかし、雷撃か、そうだね、選択としては、間違っちゃいない。
弱っていて、致命傷は与えられない。となれば、何らかの方法で、行動不能にするしかない。
いいよ、実にいい。狙いはよかったよ。しかし、あの程度じゃ、行動不能にするのは無理だっただろうね」
ステラが大笑いしている。
クラインも笑った。
まったくの真逆だったからだ。
「何がおかし、い」
ステラの体を、後ろから槍が貫通した。
怒涛の槍撃を、ティナがステラに叩き込んだ。
剣を握る暇も無い。
ステラは床に倒れ込んだ。
なんだ?槍使い……?気絶していたはず……。
「性格の悪いお前なら、絶対に避けてくれると思っていましたよ。
あの雷撃は、ティナを起こすためのもの」
クラインがステラを見下している。
「この野郎……ぐ……殺す!ぶっ殺してやる!」
ステラの足元は、灰色の砂になりつつある。
「殺す?誰が誰を殺すんですか。やってみてくださいよ。
ほら、何も出来ないじゃないですか。無能め」
クラインが毒を吐く。クレアの恨みを晴らす。
「ちくしょう!殺す、殺す殺す殺す!」
ステラは憎しみに満ちた表情で、灰色の砂となって、かき消えた。
勝った。
クラインは限界がきて、その場に倒れ込んだ。