悪鬼の足音
アーサーは、キョウコを担いで、パーティーに合流した。
「こちらは撃破しました。そちらも、撃破したようですね」
クラインが、疲弊した様子で現状を確認した。
「ああ……だが、通路を曲がった先に、俺の姉がいた。今、戦った者たちも……」
突如現れた、昔の仲間たち。アーサーは心が揺らいでいる。
「おそらくは、守護者なのでしょう。だから、襲ってこなかった」
クラインの予想。妥当なところだ。
「ねえ、今回の魔物達は、一体なんだったの?守護者なんかより、全然強かったよ」
マルシェが尋ねた。マルシェが活躍する場面はなく、それは良いことなのだが、マルシェは申し訳なく思っていた。
「かつての、俺の仲間たちだ。クライン、お前、この展開を読んでいたな。
だから、テレポートを警戒して、魔法陣を描いた。違うか?」
「その通りです」
「どういうことなのか、説明してくれ」
アーサーは説明を求める。知りたいことだ。
「残酷な話ですが、もう、話すしかないですね。昨日、仮説を立てました。
そして、このフロア。壁に並んだ髑髏。装備。
死人を、ゾンビとして操る、魔法の術があります。魔王が、その術を使える可能性がありました。
……アーサーのパーティーの躯が、魔王に回収され、ゾンビにされ、十年間、この迷宮で、
操られ、彷徨っていたという仮説です」
クラインの声は暗い。話す内容が重い。
「十年間も……」
アーサーはぽつりと呟いた。顔には覇気がない。
「そんなの、ひどい」
キョウコも呟いた。声が震えている。
「アーサーのパーティーの話を聞きたがっていたのは、そのためだったのですね」
クレアは事情が呑み込めたらしい。悲痛な声だ。
「ティナには、話をしました。アーサーへの精神的ダメージを考え、全員にあの場で言うことは、出来なかったのです。
申し訳ない」
クラインは詫びた。
辺りが静まり返る。皆、アーサーを心配している。
「アーサーの姉が、おそらく守護者。倒さなければなりません」
クラインは真っ先に言った。他の皆に言わせたくなかったからだ。
「そんな、そんなのってないよ」
キョウコが悲しんでいる。ゾンビとはいえ、確かにアーサーの姉なのだ。
「冷酷だけど、突破するしかないわ。後ろには、戻れないのだから……」
ティナも悲しい表情で言った。そして、現実を見ている。
「アーサーには、下がっていてもらおうよ。こんな戦い、悲しいよ」
キョウコはアーサーを見つめながら、アーサーを守ろうとした。
「いや、俺も戦う。姉さんを救ってやりたい。今更、遅すぎるかもしれないが」
アーサーは遠い目をしながら語る。
「この十年間、苦しんできたのは、俺だけではなかった。俺も共に戦う」
アーサーの目に決意が宿っている。何かの、気迫。
その姿を見た仲間たちは、アーサーを止めなかった。
「僕から、報告しておくべきことがあります」
クラインはアーサーの覚悟を聞いて、報告に移った。
「さっきの僧侶の魔法、あれを防ぐのに、魔力を使いすぎました。
もう、初級魔法が一発撃てる程度の魔力しか、僕には残っていません」
「一対五になる、のね……」
キョウコは動揺している。
数的有利が確保出来ているが、クラインが欠けるということが、心配に思われた。
「回復するのに、どれくらいかかるのですか?」
クレアは現実的な質問をした。
「二日程度、かかります。少なくとも、この階層で僕が戦うのは、無理です」
クラインが申し訳なさそうに受け答え。
「クラインがいなくても、勝つしかない。アーサー、お姉さんの特徴、教えてもらってもいい?」
ティナは勝つ気でいる。また、なんとなく自分の役割も理解していた。
「わかった」
アーサーの頷き。
「姉さんは、突剣使いの剣士だ。攻撃も正確、動きも速い。
……ティナとキョウコが二人で挑んでも、勝てるかどうか、危うい」
皆、息を飲んだ。
そうなのだ。
アーサーの姉は、突剣一本で、四刀流の獣相手に、時間を稼いだのだ。
並の強さではない。
「クレアを先頭にして……俺とティナが同時に仕掛ける、という作戦がいいと思う。
キョウコは、部屋の外で待機してもらっていた方がいい」
アーサーは現実的に、作戦を語り始めた。
「なんで?私も同時に仕掛ければ、三体一だよ」
キョウコは数に入れられてなかったことに驚いた。
「部屋の外で練気をするんだ。部屋の外にいる限りは無敵だ。
練気をしている最中に狙われたら、お終いだからな。
練気が完了次第、隙を見て攻撃に移ってもらう」
「そういうことね。わかったよ」
キョウコは納得した。
「僕は?」
マルシェは役に立ちたく、質問した。
「マルシェは、一緒に中に入ってくれ。姉さんに、こっちの能力は知られていない。
一人でも数が多いほうが、警戒させられるはずだ。危険な目に遭わせるが、すまない」
「いいんだ。怪我人が出たら、すぐ回復するからね」
マルシェは臆していない。勇気を持ったような表情だった。
「ティナ」
アーサーがティナの方を向いた。
「今、攻撃出来るのは、俺とキョウコ、そしてお前だけだ。三人のうち、誰か一人が姉さんにトドメを刺さないといけない。
俺の武器の射程では、姉さんの動きを止めることは、難しいだろう。お前に、
ほとんど全てがかかっている。重い役目だが、姉さんと渡り合うのは、お前になる。皆を頼む」
アーサーはティナに託した。
短剣、刀、槍。
キョウコは部屋には入らない。
「わかってるわ。この命がある限り、戦う」
ティナは力強く誓った。全員に。
「僕も中に入ります」
クラインも申し出た。
「囮くらいにはなるでしょう。アーサーが倒れた場合、指示も出せます」
「頼む」
頷くアーサー。アーサーとクラインの目が合った。
「私は、先頭ですね。盾は一つ破壊されましたが、もう一つあります。
壁にはなれると思います」
クレアは現状を告げた。
「頼む。厳しい戦いになるだろうが、必ず、皆で生きて帰ろう。皆で」
アーサーは皆を見た。
皆、頷いている。
皆の間を、信頼という紐が、繋いでいるように見えた。
三層の、最後の戦いが始まる。