死線
マリーの矢を回避した六人。
だが、すぐに二撃目が飛んでくると思われた。
アーサーは考えた。
こちらから距離を詰める。その場合、矢を受けるクレアが危ない。
パーティーの位置が悪すぎる。
廊下の丁度、半分の位置。廊下は、人が四人並ぶのがやっとのほど、狭い。
キョウコの練気で、接近出来るかもしれないが、曲がり角に新手がいれば、キョウコが危ない。
「クレア、盾で弓矢を防いでくれ!クレアを盾にしつつ、元の部屋まで引き返す!」
アーサーは判断した。逃げるのが最善の策。
「わかりました!防いで見せます!」
クレアは、マリーの矢を防ぐ覚悟で盾を構える。
「出来るだけ、身を低くして、クレアの後ろに並ぶことを維持するんだ!行くぞ!」
アーサー達は、撤退するために振り返った。
だが、振り返った先に、人間らしき物体が三人いた。先頭が槍を持っている。
「囲まれてるよ!」
キョウコが叫んだ。動揺している。
アーサーは動揺、というより驚いた。
目の前にいたのが、かつての仲間、ホウマ、セレス、ベルエルだったからだ。
どこから出てきたのか?
テレポートで間違いない。来るとき、いなかったのだから。
先頭が槍使いのホウマ。その後ろに、僧侶のセレス。最後尾が、呪術師のベルエル。
セレスは魔法の詠唱を始めている。
ティナは即座に戦う姿勢を取っていた。
槍使いのホウマと、せめぎ合っている。
ベルエルがそれを見て、黒炎を放った。ティナ目がけて飛んでくる。
即座にクラインが炎の魔法で対応した。相殺。
クラインの魔力と、ほぼ互角。
「アーサー、どうするの!?指示をちょうだい!」
キョウコは焦っている。後ろはティナが戦っている。自分は何をすべきか。
アーサーは頭を何とか回転させた。
自分たちに打てる手は何か。
セレスの詠唱はおそらく、ホーリーメティオ。
最強クラスの攻撃呪文。
詠唱が終われば、間違いなく全滅する。
ホウマとティナ、ベルエルとクラインが互角……
そして、一番厄介なのが、通路の一番奥に陣取っている、マリー。
打てる選択肢が少なすぎる。
優先順位はセレスの詠唱を止めること、マリーの矢を防ぐこと。
キョウコの練気なら、マリーに接近できるかもしれない。
だが、曲がり角の先に、アーサーの姉である、
ステラが待ち構えている可能性が頭をよぎって離れない。
クレアがマリーの弓を防ぎ、ティナがなんとかホウマを突破してくれるのを祈るしかないのか。
祈る?祈っていて勝てるわけがない。
何か、この追い詰められた状況でも、こちらに有利な、何か……。
ある。クラインの魔法陣がある。何の魔法が発動するのかわからないが、
クラインが無駄な呪文を設置するはずがない。
マリーの二撃目。
通路の奥から一直線。
クレアが盾で受け止めた。しかし、凄い衝突音がする。
マリーの攻撃を受け続けては、盾が持たない。
「私、弓手に接近して、倒してくる!」
何も出来ていないキョウコが、アーサーに提案した。
姉の存在が頭にちらついてるアーサーは、躊躇した。
キョウコが危険である。しかし、頼るしかない。
パーティー全体の事を考えるのが、リーダーだからだ。
アーサーは深く頷いた。
キョウコもそれに対して深く頷き、練気を始めた。
「こっちは大丈夫だよね?」
キョウコは練気をしつつも、仲間を気遣った。
「こっちは大丈夫だ。死ぬなよ。必ず助けに行く」
アーサーは苦渋の表情である。
来た道の方では、ティナがホウマを突破出来ていない。
ベルエルとクラインも互角である。
だが、クラインには多少、余裕があった。
仕掛けた魔法陣。マジックシールドの魔法。
魔法を防ぐ、魔法の盾。
僧侶がどんな魔法を唱えようが、それで防ぐことが出来る。
しかし、明らかに気になる点はあった。
アーサーのパーティーの最強の勇者、最後の六人目が姿を現していない。
テレポートはもう呪術師が使った。
出てくるとしたら、弓手側。
アーサーは既にそれを察しており、キョウコが突撃したら、すぐに助けに走るつもりだった。
キョウコの練気はまだ、終わらない。
マリーの三発目。
しかし、今度のは矢のスピードが先ほどより、少し遅い。
クレアの盾に矢が着弾したが、ピシッと嫌な音がした。
盾は壊れていない。しかし、壊れるのは時間の問題だと、クレアは察した。
矢を変えたのか。わからない。
「アーサー、盾が持つか、わかりません!」
クレアが報告。余裕はない。
ティナとホウマは、まだ槍の突き合いをしている。
ティナが突破されれば、後ろは壊滅だ。
しかし、敗色濃厚ではない。ティナの方が押している。
その時、セレスが最後の詠唱を終えた。
「ホーリー……」
アーサーはそれを制止すべく、使わないでおいた投げナイフを、セレス目がけて投げた。
しかし、ベルエルがセレスの前に黒炎を放った。
読まれていた。
「メティオ!」
セレスの詠唱。
クラインは動揺した。メティオ?
そんな事が……。最強クラスの魔法、禁呪ではないか。
空中に、光の白い円が現れた。
クラインは即座に、マジックシールドを起動させた。
クライン達を守るように、銀色の盾が展開される。
セレスの、空中の白い円から、無数の光の隕石が飛び出してくる。
マジックシールドが、ピシ、ピシと、音を立ててそれを防ぐ。
しかし、盾はいまにも割れそうだ。
クラインは思った。認識が甘かった。
この魔法、強い。強すぎる。
隕石は容赦なく飛んでくる。
マリーの四発目。
クレアの盾に直撃し、盾が砕けた。
しかし、盾はもう一枚ある。背後の状況を、クレアは見た。
かなり危ない。敵から猛攻撃を受けている。
「クレア、横に行って」
キョウコが言った。練気の準備が終わったのだ。
クレアは急いで壁際に離れる。
キョウコが練気で、マリー目がけて走り出した。
神速。
遠くに霞んでいたマリーまで、一瞬で接近した。
マリーの前で、強く踏み込む。
マリーは、キョウコの接近に気づいた時には、何も出来なかった。
キョウコの一閃が、マリーを真っ二つにした。
崩れ落ちたマリーは、灰色の砂になり、消えていった。
アーサーはキョウコを引き戻すべく、キョウコ目がけて走る。
クラインは魔力をシールドに送り続けている。
魔力が、持たない。
隕石は飛び続けている。
終わる。全滅する。
そう思いかけた時、隕石が無くなり、白い円が消えた。
クラインの守護呪文が勝ったのだ。
ティナはその瞬間を見逃さなかった。即座に飛び出す。
ホウマは、勝ったと思っていたのか、槍の構えすら取っていなかった。
その隙を狙って、ティナの槍撃が三発入る。
ホウマも、マリーと同じく、灰色の砂になり、崩れ落ちた。
セレスとベルエルが、忌々しそうな顔で、後退し始めた。
クラインの描いたもう一つの魔法陣に、踏み込んだ。
即座にクラインが呪文を起動。炎の渦。
巻き込まれたセレスとベルエルは、跡形もなく、消滅した。
残るは……。
キョウコは練気の反動で、倒れ込んでいる。
隣を見た。見えていなかった、通路の曲がり角の先。
剣を持った人間が、少し離れた位置に立っていた。
キョウコは息をのんだ。
今、接近されたら、死ぬ。
キョウコは一瞬、死を覚悟した。しかし、相手は接近してこない。
「キョウコ!」
キョウコを連れ戻すべく、アーサーが駆け付けた。
急いでキョウコを担ぐ。
道を戻ろうとするアーサーが、隣を見た。
アーサーの姉が、立っている。間違いなく、かつての姉の姿。
しかし、キョウコを合流させるのが、最優先。
アーサーはキョウコを担いだまま、急いで、道を戻り始めた。
死の挟撃が、終わった。