ティアルの涙
集落には、大聖堂がある。
教会の上位版のようなもので、集落の奥にある。
建物は白く、大きい。多くの祈りが、そこで捧げられている。
ティナは、一人で大聖堂を訪れていた。
お祈りでもしてみようかな、と、ふと思ったのだ。
聖堂の中に入る。
聖堂に入ると、綺麗な赤い絨毯が踏める。先まで伸びている。。
絨毯の左右には、木製の椅子。横に長い。
その椅子の一つに、ティナは腰掛け、お祈りをすることにした。
目を瞑った。
両手を合わせて、祈る。
神様は信じていないティナだったので、都合が良すぎるか、とは思った。
しかし、皆で無事に旅を終えらえるように、祈った。
どうか。
手を元に戻し、立ち上がる。お祈りは終わった。
帰ろうか、と思ったとき、ティナのすぐ横に人が立っていた。
ティナは驚いた。
というのも、立っていたのは、大神官。大聖堂で一番偉い人物だったからだ。
「ティナ、ですね?」
大神官が微笑む。女性だ。長い金髪が揺れている。黄色の目がティナを捉えている。
「そうですが、なんでしょうか?レイン大神官」
大神官の名はレイン。
ティナは、大神官に名前が知られていることに、驚いた。何か用事でもあるのだろうか。
「よかった。丁度こちらから、出向こうと思っていたのです。あなたに話があります」
レインは穏やかに話す。やはり、用事があるようだ。
「なんでしょうか」
ティナはまだ、不思議な感覚だ。
「これを、貴女に」
レインは服に着けていた袋から、一つの小瓶を取り出した。
透明な入れ物に、青く輝く液体が入っている。
「これは?」
ティナには、それが何なのかわからなかった。
「始祖様、ティアルの名を冠した、薬です。ティアルの涙と呼ばれています」
レインは語る。
「我々神官は、毎日祈りを捧げています。その祈りを受け続けて、出来上がるのが、このティアルの涙。
出来上がるには、長い、長い年数を要します。
これは、口に含ませれば、どんな傷でもたちまち塞がり、どんな病でも治る、魔法の薬です」
「それは、凄いですね。しかし、そんな貴重なものを、何故私に?
聖堂の宝のような物ではありませんか?」
「あなた達が、集落を救う希望だからです。本当は、もっと早く届けてあげたかったのですが、
議会で皆を説得するのに、時間がかかりました。
議会は位の高い神官だけで行うのですが、反対意見が多くて……。
しかし、ようやく半数の賛成を得ることが出来ました。
私たちは、祈る事しか出来ませんが、あなた達は、戦うことが出来る。
これは、あなた達に持っていてほしいのです。必ず、役に立つ時が来るでしょう」
レインは、ティアルの涙が入った小瓶を、ティナに差し出した。
ティナは、それを受け取ることにした。
「ありがとうございます。正直、とても心強いです」
ティナが小瓶を大事そうに握った。
「どうか、勝ってください。それから、謝らなければならないことがあります」
「なんでしょうか?」
「こちらへ来てください」
レインが大広間の絨毯を踏みながら、奥へと歩いていく。
ティナがその後をついていくと、レインは、大広間の一番奥にある、鉄格子の前で立ち止まった。
「この鉄格子は、大神官の鍵でしか開けることが出来ません。あそこを見てください」
レインが鉄格子の中を指さした。
赤い石が一つと、青い石が五つ、壁にはめ込まれているのが見える。
そして、もう一つ、小瓶が壁にはめ込まれていた。
「あれがなんだか、わかりますか?」
レインは問う。
「あの小瓶は、ティアルの涙でしょうか」
ティナが答えた。六つの石は、よくわからなかった。
「その通りです。ティアルの涙は、あなたが今持っているのを含めて、二つあるのです。
そして、あの六つの石、あれは、転移石です。聖堂が作られた時からある遺物で、もう作ることは出来ません。
あれは、赤い石を持った起動者が念じれば、赤い石、青い石を持った者が、
瞬時に大聖堂まで戻ってこれる、魔法の品なのです」
レインは暗い表情であった。
「私は真っ先に、あの転移石を、あなた達に授けることを、議会で提案しました。
しかし、ほとんど賛成を得られませんでした。
大聖堂の威厳と象徴を預けるわけにはいかないと。
何故、そんなものにこだわるのか、私にはわかりませんでしたが……。
あそこにあるティアルの涙についても、同様の意見でした」
レインは続けた。
「あなた達の力に、なってあげられない。本当に、ごめんなさい」
レインは深く頭を下げた。
ティナは慌てる。
「頭を上げてください。ティアルの涙一つだけでも、大変苦労なさったのでしょう。
大聖堂の事情も、十分わかります。レイン様、どうか頭を上げてください」
レインは申し訳なさそうに頭を上げた。
「この頂いたティアルの涙、大切にいたします」
ティナが今度は頭を下げた。
「どうか、気を付けて。あなた達に始祖様のご加護がありますように」
レインは祈りながら頭を下げた。