奥義の初歩
皆、それぞれ家に戻り、休憩した。
そして、朝が訪れた。
キョウコが自宅で、朝の支度を済ませて、家を出るところだった。
キョウコは、キョウコの師匠のお見舞いに行こうと思っていた。
キョウコの師匠は、病にかかり、ずっと闘病生活をしている。
顔を見せておこうと思ったキョウコ。師匠の家まで、道を歩いていく。
途中、何人か人とすれ違った。
そして、師匠の家へとたどり着いた。大きい。屋敷である。
大きな木製の門があり、今は閉まっている。
キョウコは門を強く叩いてみた。
「ばあや、いるー?」
しばらく待ってみるキョウコ。聞こえただろうか。
一間置いて、おばあさんが一人で出てきた。腰が曲がっているが、元気そうな人だ。
「キョウコ、顔を出しに来てくれたんだね」
おばあさんは嬉しそうだ。
「うん、ちょっと最近忙しくて、あんまりこれなかった。ごめんね」
キョウコが頭を下げる。
「迷宮の話は聞いてるよ。入りな」
おばあさんは、中へとキョウコを招いた。
木造の屋敷。
おばあさんが手入れをしているのか、汚い感じは全くない。
木の廊下をてくてくを歩く。
そして、キョウコの師匠の部屋の前まで来た。
「ちょっと、向こうまで行ってくるから、先に入っていなさい」
おばあさんは、何か用があるのか、そう言ってキョウコを置いていった。
キョウコはおばあさんに頷いて、師匠の部屋のドアをノックする。
「キョウコです。師匠、起きてますか?」
ドアの外から呼び掛ける。
「起きている。入れ」
中から声がした。低くて、渋い声だ。
「はい」
キョウコはドアを開けて、中に入った。
部屋がある。畳が敷いてある。
部屋の中には、やつれた一人の男が、布団から体を起こしていた。
長く、黒い髪。黒い目は何かを見通すようだった。
髭はなく、綺麗に剃られている。
「おはようございます、師匠。体の調子はどうですか?」
キョウコは心配だった。
「悪くない。座っていいぞ」
師匠は座るように促した。
キョウコは置いてあった座布団に、正座した。
「迷宮の話は聞いた」
師匠が話しだす。
「はい、皆のため、精一杯戦ってまいります」
キョウコは真剣だ。
普段はふざけているが、キョウコの根は真面目なのだ。
「迷宮は、命を危険に晒す。お前に教えておきたいことがある」
師匠が、布団から立ち上がった。
「師匠、あんまり動いては、体が」
キョウコが慌てている。
「この程度なら、大丈夫になったさ。庭に来なさい。練気のことを教える」
練気。
キョウコは聞いたことがあった。キョウコの血筋は、代々、刀を得意とした血統。
その先祖達から受け継がれている、奥義の初歩だと。
キョウコは師匠を追って、庭に出た。師匠の部屋から、襖を開けて、庭に行くことが出来る。
岩に囲まれた庭。池もあり、十分な広さがある。
「練気は、代々伝わる奥義の、初歩だ。お前に奥義を教えることは出来ないが、練気を教えることは出来る。
これから先、お前の命を救うことになるかもしれない。
本当は、お前が無理をするかもしれないから、教えたくはない。
しかし、今、教えておかなければならない気がするのだ」
キョウコは師匠に気迫に押されて、緊張しながら頷いた。
「練気は相手の懐に速攻で接近する、加速術」
師匠が口を開く。
「自分の足と地面が一体化しているような感覚を持つこと。
そして、足に意識を集中させる」
キョウコには、師匠の足元が黄色く光っているように、一瞬見えた。
「そのまま集中し続けると、足に力がみなぎる感覚が来る。それを逃さない事。そうしたら準備は良い」
師匠の足元が、黄色く光っている。
「相手の懐に速攻で接近し、斬る。それだけだ」
師匠が、遠くにあった藁人形に向けて走り出した。
速い。
目で追いきれなかった。
「え?」
キョウコは驚いた。人間の足で、こんなスピードが出せるものなのか、と。
しかし、師匠が地面に膝をついているのを見ると、すぐに師匠に駆け寄った。
「師匠!」
師匠は咳き込んでいる。
「無茶をしないでください」
キョウコが心配そうに言った。
「練気は」
師匠が苦しそうに話す。
「使用した後、足にかなりの負担がかかる。放った後、筋肉に負担がかかりだす。
すぐには、動き出せない。この点は、注意しておくんだ」
師匠の足は震えている。様子を見る限り、歩けそうにない。
「私は、少し座って休ませてもらう。お前も、やってみろ。お前の血筋なら、出来るはずだ」
師匠はキョウコに、練気をしてみるように促してから、地面に座り込んだ。
「わかりました」
キョウコが藁人形から距離を取った。
距離を開けて、藁人形を見る。
足と地面が一体化しているような感覚。
それを意識する。
そして、気力を集中させる。
キョウコが集中し始めた。
キョウコの足元が、黄色く光り出す。
そのまま、集中し続ける。
すると、足に急に力がみなぎり始めた。
この感覚!
キョウコは、感覚を確かに掴んだ。
藁人形に向けて走り出す。
速い。キョウコは、こんなスピードは出したことが無いと、驚いた。
藁人形の手前で、強く踏み込む。
その踏み込みで勢いを殺し、藁人形に一閃を放った。
真っ二つ。綺麗な一撃だった。
それを見ていた師匠は、ふっと笑った。
「一発で覚えるとはな。母親譲りの才能だ」
キョウコは、足ががたついている。地面に膝をついた。
「馬鹿ですけど、こういうことの物覚えは早いんです。しかし」
キョウコが続けた。
「本当に、足に負担、来ますね」
病人ではないキョウコでも、すぐに立ち上がれない。
二人して、庭に座り込む形になった。
キョウコはぼんやりと思った。
これで、みんなの役に立てるだろうか、と。