想い
パーティーはクレアを担いで、集落の入り口まで戻った。
流石に往復の距離も長くなっており、疲労の色がパーティーに見えた。
クレアはまだ目覚めない。
「クレアは私の家で休ませる。早く、横にならせてあげたい」
ティナはクレアを心配している。
「わかった、連れていこう。案内してくれ」
クレアを担いでいるアーサーが道案内を促した。
ティナを先頭に、集落を歩き始める。
集落の賑わっている市場などからは、少し離れているところに、ティナの家がある。
ティナの家の周りには、人気が少ない。
ティナの家にたどり着いた頃には、もう周りには人気はなくなっていた。
「入っていいのか?」
アーサーがティナに尋ねた。
「いいわ」
ティナが先頭に立ったまま、ドアを開いた。
ティナは慣れた動きで部屋を動く。
生活感のある雰囲気が部屋の中には漂っていた。
汚い所は無く、どこも小綺麗に片付けられていた。
ティナは、こっち、と手招きしながら、左手奥の部屋へと向かっていた。
左手奥の部屋には、ベッドがあった。寝室らしい。
そこで、ティナはクレアを横にならせようとした。
しかし、クレアの服は血で汚れていた。
「着替えさせるから、キョウコ以外は出てもらってもいいかしら。前の部屋に飲み物があるから、飲んでて」
男性陣は頷き、部屋から出て行った。
ティナはキョウコと一緒に、クレアの衣服を取り換え始めた。
「危ない所だったね」
キョウコが作業を行いながら喋った。
「ええ、本当に。この子は、勇敢すぎるわ」
クレアの衣服を取り換え、クレアをベッドに横にさせた。
続いて、毛布をかけてあげた。クレアはまだ目覚めない。
「これで、しばらく目覚めるのを待つしかないね。
精神的に、ショックが無いか、それが心配」
キョウコはクレアを気遣っている。心配そうな表情だ。
「そうね」
ティナも暗い表情だ。
「みんなの所に行きましょう」
ティナとキョウコは、クレアの方を一度見てから、部屋から出ていった。
前の部屋に戻る。
男性陣は椅子に座って待っていた。
「着替えさせたわ。横になってもらった。まだ目覚めてない」
男性陣が飲み物を口にしていなかったので、ティナは棚から飲み物を取り出し、皆に手渡した。
「ありがとうございます。今は、クレアには休んでもらいましょう」
クラインが飲み物の礼を言いながら、クレアを心配した。
「これからの事だが」
アーサーは飲み物に目をくれず、話し始めた。
「皆も少し休んだ方がいい。かなり、消耗しただろう。俺も、少し疲れた。話すべきことは山積みだが」
「そうね。各自、一旦、家に戻ったほうが良さそうだわ」
ティナが同意した。
「クレアは私が様子を見るから」
賛成多数で、各自休憩を取るという方向で、話がまとまった。
皆が家を出て、各々の住処へ向かった。
しかし、マルシェだけ、ティナの家を出ていかない。
「どうしたの?あなたも、休んだ方がいい」
ティナはマルシェに言った。マルシェが残っているのが不思議だった。
「ティナはどうするの?ベッドはクレアが使ってるから、ティナが休めないよ」
「私はクレアの隣で、椅子に座って、目覚めるのを待つわ。傍にいてあげたい」
ティナの声はか細い。
「僕も、しばらくしたら帰るから、もう少しだけ、ここにいてもいいかな」
「クレアが心配?」
「うん」
ティナはしばらく黙っていた。マルシェも疲れているだろうに。
「いいわ。二人で待ちましょう。ただし、本当に疲れたらすぐに帰るのよ」
「ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
ティナが少量の食料と水を、木製の棚から取り出した。マルシェに手招きし、ベッドがある部屋へ向かう。
「入りなさい」
ティナがマルシェを誘う。ティナに連れられて、マルシェも部屋に入った。
クレアが横になっている。まだ、目覚めないままだ。
マルシェは心配そうにクレアを見た。
ティナは四角い椅子を二つ持ってきて、床に置いた。背もたれがある。
「どうぞ」
ティナが椅子を勧めながら、自らも椅子に座った。
マルシェは、再び、クレアの方を心配そうに見つめた。
勇敢な、優しいクレア。
ティナがマルシェの横顔をじっと見ている。
そして、ふう、と息をついた。
「あなた」
ふいにティナが言った。
「なに?」
「クレアの事が、好きなのね。女の子として」
「な、なんだよいきなり。そんなこと、ないよ」
マルシェは口ごもった。
「別にあなたを責めているわけじゃない。正直に答えなさい」
ティナは優しくもなく厳しくもなく、無表情である。
少し、沈黙が流れた。
「うん」
マルシェは頷いた。
「好きだよ、クレアのこと」
「やっぱりね」
ティナが溜息をついた。
「薄々そうじゃないかと思っていたわ」
「ごめん」
マルシェは何故か謝りたくなって、謝った。
「謝ってどうするの。人を好きになるのは、当然の事よ」
淡々とティナが話す。
「この子があなたの事をどう思っているかはわからないけれど、好きならちゃんと素直でいることね」
ティナの表情が少し厳しくなった。
「いつ死んでしまうか、わからないのだから」
ティナは、目覚めないままのクレアを見ている。
「そうだね」
マルシェはティナが語る様子を見ている。
「この子は勇敢な子よ。そして、本当に真面目。この子を泣かせたりしたら、許さないから」
ティナは表情を変え、微笑を見せた。
「もし上手くいったら、この子の事をお願いね。あなたなら大切にしてくれるでしょう。
フラれたら、相談くらいは乗ってあげるわ」
「ありがとう」
マルシェは思った。ティナは優しい、と。
マルシェは、クレアとティナのどちらを助けるか、迷ったことがあるのに。
温かく接してくれる。
マルシェは罪悪感に捕らわれた。
「前に、リーダーを決めるときに、一日悩む時間があったよね」
「あったわね。いきなりどうしたの?」
「あの時、僕、クレアとティナが同時に傷ついていたらどうしよう、って思ったんだ。
僕は考えを途中で打ち切ったけど、指示が無かったら、僕はクレアを助けにいったと思う」
マルシェは俯きながら語った。暗い声だ。
「こんな僕に、どうして、そんなに優しく」
マルシェは今にも泣きだしそうだった。
ティナが、微笑しながらマルシェの頭を撫でてやった。
「素直なのね。いいのよ。好きな人を助けたい、素敵な事じゃない。
そんなことで、いちいち悩んだりしないの。好きな人を意識してしまうのは、普通の事よ。
あなたも真面目すぎるわ。ほら。男の子でしょう、泣かないで」
「うん」
マルシェの返事を聞いたティナは立ち上がった。
「私、向こうの部屋で待ってるわ。クレアがもし起きたら、話をしてあげて。
私を呼びに来るのは、しばらくしてからでいい」
ティナが食料と水を、マルシェの手に渡し、部屋から出ていこうとした。
「ティナはすごい人だね」
「それはどうも」
ティナは颯爽と部屋から出ていった。