第五話 木影 安らぎのひと時を──。
おはようございます。
こんにちは。こんばんは。
今回のお話しは穏やかにまとめてみました。
自分の日常もこうでありたい?ですね。
では、お疲れの処お付き合いを・・・。
しんみりする教会に響く声がある。
「そうですか。逃げましたか。あの男は」
「はい、かなりの深傷を負わしましたが、いつどこで犠牲者が出るやも……すみません」
「仕方ありません。でもあの男は懲りずにまた戻って来ます。だって、図太いのですもの」
落ちこむラファを、慰めるように明るい口調で言い放つも、内心はラファと同じで悔やんでいた。
(逃がした獲物は大きい)
だが、悔いても時間が戻って来ないことを二人は重々知っている。今は、次の犠牲者が出ないことを祈るだけであった。
「あら、月が出て来たみたいですわ。窓枠の影の十字がほら、十字架のようです」
真夜の言う通り、下を覗くと照らされた月の光で、くっきりと影が出来上がっている。影は、何かを刺すように冷たく落ち、さらにラファの気持ちを沈ませてしまっていた。
真夜は、学校が終わると此処にきては天井の梁に座りマリアを眺めている。二人に住み家はなく、今回留まるに選んだ場所の通り、懺悔をすることになるとは思いもしないラファがいた。
「フフッ、こうやっていると不思議。私達こそ咎人です。本来この場所は聖域、なのに場違いな二人がいるのですもの。」
飛び降り、床に着地すると外の月が窓越しに落とすその十字の上を歩き楽しんでいる。
「私はこの場所が好き。あの像も、そこに在る月もすべて」
独り言のように呟き、月を眺め何かを思い返す真夜は長椅子に腰を落ちつかせた。
真夜の横に、ラファも腰を落ち着かすと優しく尋ねる。
「どうされました?」
「時折、味覚がですね? 変ですの。あっ、本当に時折でしてよ」
「味覚ですか、まあ基本、“食” は不必要ですが、舌がお子様になられたのでは?」
「まぁ、ひどい。確かに偏食は認めますが、お子様だなんて」
頬を赤らめ、口に手を添えるとラファに尋ねてみた。
「顔に出ているかしら」
「いえ、食事のときにそういった表情は見たことないですが。何か不便でも?」
間を置き考えるラファがいる。
「ああ、波瑠さんですか」
「そうですの。ご一緒に食べていて、表情が曇っていたら嫌じゃなくて? こんな私ですから気をつけませんと──」
真夜が胸の内を語るお陰で、先程まで沈んでいたラファの気持ちは少し軽くなっていた。
「晴れると良いですね」
「ええ。フフ、お腹が空きました」
「!!」
真夜がラファの顎を手で添えるとそっと首筋に牙を立てている。
「ごちそうさま」
首に咬みついた牙を離すと膝に座り、二つの穴をじっと真夜は見つめている。開いた穴は直ぐ閉じすっと消えていった。
「普通に食事も出来ますがやはり吸血鬼なんですわ。今さらですが笑っちゃいます。フフ」
「真夜」
「少し寝ますわ。あと私! お子様ではなくてよ」
そう言い放つと瞼をゆっくりと閉じ寝息を立て始めた。
膝の上で眠る真夜の髪を、優しく撫でるラファがいる。真夜の寝顔に瞳をあて、小さな声で悩みを吐き問いかけている。
「貴方は、人が好き過ぎです。どうして良いものか────ハァ、大丈夫ですか? 真夜」
問いに、答えることなくラファに信頼を置く真夜が静かに眠る。
翌日、空はラファの言う通り晴れた。青く澄み渡り雲一つない良い天気であった。
カフェ日和というよりピクニック日和の方が合っている位に。
波瑠との待ち合わせ場所で、本を読みながら待つ真夜に手を振り近付いてくる者がいる。
「ごめん。待たせちゃったかな? 急いで来たんだけど」
小刻みに息を吐く波瑠が、膝に手を置き大きく息を吸う姿は、走って来たことが一目瞭然であった。額には、薄らと汗を浮かべている。
波瑠の額を拭うため、真夜はハンカチを広げ出した。
「本当に元気が良いこと、お寝坊でもしたのかしら」
「へへっ、ごめんなさい。そして、またハンカチ汚させちゃった」
謝り、笑う波瑠のあどけなさに微笑んでいる真夜は、どこからか視られているような気配を感じる。視線を探すが、どこからするのか解らない上にやはり姿も見えない。
(また? ですがこの視線は覚えがあります。どこか久しく、懐かしい)
「真夜、着いたよ。テラスに座る?」
波瑠の一言で我に返り、辺りを見渡すとそこはいつものカフェで、波瑠が楽しげに横に並び店員の質問に答えていた。店は、スイーツバイキングも楽しめることでも有名であり、波瑠のお気に入りの店でもある。
「もう、どうした? 真夜らしくない。何、なんだね、違うのが良いかね? お嬢様」
「あっ、そうではなくて、ごめんなさい。考えごとをしてましたわ」
「私が上の空なら分かるけど、真夜がなんて珍しい! 今日はお天気いいからテラス、ね」
「フフ、お任せしますわ」
外の空気を吸いながらモカ・ラテを楽しむ波瑠とカモミールティーを楽しむ真夜がいる。
「あれ? お嬢様は紅茶ですか、ではあちらにあるクッキーをお取りしてきましょう」
「あら、飲み物だけで充分ですのに」
「私が食べたい。あとケーキも見てくる」
そう言うと席を立ち、バイキングのあるテーブルへと足を急かし歩いている。その時の波瑠の顔は、鼻の穴を広げ、妙に意気込んでいたので真夜が吹き出していた。
「ほんと可笑しな子」
呟き、顔を緩ましていると後ろから話しかけられる。その声には聞き覚えがあった。
「やあ、お嬢さん。やっと笑いましたね。いつ声をかけて良いやらと気が気でありませんでした。お友達といるときはなるべく笑顔! これ大事です」
「貴方は! 久方ぶりですわ。フフ、いつからいらしたの?」
声の主は、長身に黒いスーツが良く似合い片手に杖を持つ、片眼鏡の初老の男性であった。
「先程から、貴方の後ろに。フム、気がついてくれるものだと高をくくり過ぎていました」
「まあっ、あの視線は貴方でしたの。お人が悪い!」
気を張り詰めていた真夜が安心しコロコロと笑っている。それに対し男性は持っている杖を二回、床に軽く打ち鳴らした。そして困り顔で鼻息を溢した。
「ほほうっ。やりますな! そこな粋な紳士様よ。私の真夜をここまで笑わすとは」
波瑠が席に戻るとそこに居る真夜がいつも以上にコロコロと笑っている。それを見て勝手に解釈した波瑠がその紳士を褒めていた。
「お嬢さん。真夜がお世話に。私は真夜の旧友で、ロイズと申します。以後お見知りおきを」
軽く挨拶を交わし一礼したロイズは、真夜達の席に腰を据え直した。お茶を楽しむ三人の姿がそこにあった。
談笑の最中、波瑠がお目当てのケーキを漁るため、席を立った。残された二人は会話を始めた。
「 “上の空” なのはこの間のことですか。ラファ君が追い詰めていたあの男」
「あら、相変わらずの千里眼ですわね。」
「───……」
「貴方は鳥や、色々なモノ達の瞳を介し視るのでしたわね。能力は健在みたいですわ」
この男も真夜の同胞である。特殊な能力──「生き物」を介し、全てを覗く能力を持っており、先日のことを見たかのように話している。
「コホン。ご希望なら、ブレーメンの音楽隊も作れます。曲でもご披露しようかね」
それを聞き、是非と真夜が踵を返すと「また今度」と、片目を閉じ笑い飛ばされた。
「あの子は餌? かね」
「解りませんわ。とにかくあの男は人を玩具のように扱っているみたいで許せません。でも今は様子見かしら。悠長すぎます??」
二人の間を風がそよそよと靡く。
「いや、出方が分からないのでは何ともはや。もしあの子が餌なら戻ってくるでしょう」
そう言うと、物色している波瑠を優しい眼差しで見ている。
「野良はお気に召すといたく、執拗に、その者を追う。諦めを知らんのかね。っとと、これは、最後のは失言でしたね。すまない」
ロイズが最後のは失言と謝ったのには理由がある。その言葉に真夜は静かに切り換えした。
「いいえ、諦めらきれない私が悪いのです。でも諦めたくはない。私の “大事なモノ” を持つ『破壊者』を───デルタを」
二人が黙り静まる中、空気を入れ替えるかのように、席に波瑠が戻って来た。その顔は、にこにことご満悦である。そしていきなり、真夜の口に苺を押し込んだ。
「ふっ。美味しいよね、果物。特に私は苺が好き。これを見よ! この苺ももちろんのことケーキの山盛、どうよ!」
波瑠がニカッと真夜に笑顔を送り、戦利品の如く皿を見せている。手にある大皿には、苺の多種多様のケーキと果物が盛りっと飾られていた。皿に二人が目をやると吹き出し、波瑠がそれに文句を垂れる。
「おおう。失礼しちゃうな、何で笑うの?」
「いやはや。何故か一本取られたような、ある意味幸せですな。真夜がこの子といるのが分かる。これは、これは」
「フフッ、可愛いでしょ? 波瑠は」
二人が波瑠のことで笑いあっている。だが波瑠は余りいい気はしないので、剥れながらケーキを口に放りこんでいた。
最後の一口を食べようとした時に、真夜が波瑠の手を止める。
「波瑠、褒めているのですよ。そう剥れることはなくてよ? 怒ったのかしら」
真夜は波瑠の持つ一欠片のケーキを自分の口へと運び、挑発的な瞳で波瑠を見つめた。
目の当たりにした波瑠の瞳が潤むと同時に、飲まれたケーキは彼女の喉に飲み込まれた。
「あら、これ美味しいですわ。もうないのかしら」
戯ける真夜の動きは、波瑠が困るのをわざと見越してやったことである。波瑠の困る顔を見たくてわざと。その意図通りに波瑠の表情は強張り、瞳には薄らと涙を浮かべた。
「真夜、それ最後の一口。その上、もう無いんだよ! バカァ」
「フフ、可愛い。波瑠」
波瑠が、頭を垂れ落ち込んでいるのに対し、真夜は微笑み頭を撫でている。
真夜の手は見知った白い手に掴まれ、聞き慣れた優しい声が叱る。
「お痛が過ぎますよ、真夜。すみません、波瑠さん。これで機嫌を」
取って来たケーキを波瑠の前に差し出すラファがいた。皿を見つめ波瑠が喜ぶ。
「これはこの店自慢のラズベリーケーキ!」
ここを訪れる客は大半がこのケーキ目当てで並ぶ。中央のケーキの陳列テーブルにはいつの間にか人集りが出来ていた。
ラファは波瑠のために取りに行っていた。
真夜の非礼を詫びる為に。ラファの動きに、面白くない真夜が少し剥れている。
「んん? ラファ。何しに来ましたの、呼んでませんわ。」
「伯爵、いえロイに呼ばれましたが、すみません。出過ぎた真似をしました」
「まああ、んんん。し、仕方ないですわね。これはこれで、フフフ。まあ、許しますわ。」
真夜の瞳には、先程の表情とは逆に、満足げにケーキを頬張る波瑠の姿が映りこんでいる。
波瑠が、視線を浴びていることに気が付き、顔を上げフォークを咥えたまま照れ始めた。
「フフッ波瑠。お口にソースが着いてますわ。あら? お恥ずかしいですこと」
波瑠の唇のソースを舌で舐め取ると、自分の口の端を舐めている。これも勿論、波瑠の反応を視るため、わざとしたことである。
予想通り波瑠はもの凄く慌てて耳まで赤くし顔を隠している。
その姿を見た真夜が、勝ち誇ったかのようにラファに目配りをし、笑みを浮かべていた。
悪戯な瞳に目を合わすラファが、目頭を手で覆いぽつりと漏らす。
「真夜、貴方というお人は───」
二人のやり取りにロイズが、微笑を浮かべカップを口へと運び、珈琲を嗜んでいると、ラファの首に垂れ下がる物に目を置いた。
胸元にロザリオが揺れている。
「ふむ……」
カップを置くロイズの頭上には、木々の陽射しが葉をさわさわと揺らし十字に目映いていた。
お疲れさまです。
ありがとうございます。
前にも話した通りキャラが暴走しか、はたまた作者の暴走か。ロイズは予定ではもう少し後に出す予定が・・・
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