負傷兵の帰還
本日1回目の更新です。
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──負傷兵の帰還
負傷兵は皆、立って歩けるようになっていた。
彼らは傷が治ればすぐにでも前線に復帰しようと、休養中にリハビリに勤しんでいたのである。歩き、剣を構え、呼吸を整えるという簡単なリハビリを。
久隆も義肢に換装したときにはリハビリを行った。今は義肢の使用者の大規模なデータベース──ビッグデータがあり、ナノマシンにはそれを基に組んだオペレーティングシステムを叩き込んでおけば、義肢だろうと1か月足らずで自分の手足になる。
久隆はそういう理由でさほどリハビリには苦労しなかった。最初は戸惑ったものの、すぐに順応し、1週間でフルに義肢のスペックを使いこなせるようになった。ナノテク技術と人工筋肉技術の恩恵を賜ったわけである。
「それでは諸君を15階層に案内する」
久隆は布団に座っている兵士たちに告げる。
「だが、その前に朝飯だ。しっかり食って、力を養っていってくれ」
「はいっ!」
誰もが気合が入っている。ここで自分たちが寝ている間に、15階層にいる仲間たちが苦しんでるかもしれないと考えると、気が気でなかったのだろう。
「では、朝食を持ってくる」
久隆はそう告げて病室にしている部屋を出た。
「久隆様。オムレツ、焼けましたよ!」
「べ、ベーコンも焼けています。それから付け合わせのサラダもできました……」
台所ではマルコシアとフルフルが待機していた。
「ありがとう。ふたりとも料理が得意なんだな」
「それほどでもないですよ! ただ、お嫁さんとして必要な技術を得ているだけです」
「戦いの才能だってあるだろう?」
「それはそれ、これはこれです」
マルコシアがにこにことした笑顔で久隆と喋っているのを、フルフルは何とも言えない表情でじーっと眺めていた。
「何にせよ、助かった。急に大所帯になったからな。家事も手が足りない。負傷者に飯を食わせて、15階層まで連れて行ってやる必要がある」
「そ、そうですね。私が手伝ったのも、その、魔族の利益のためですから……。け、決してあなたのためというわけではないですから……」
「それでも助かっているぞ、フルフル」
「うー……」
フルフルはそっぽを向いた。
「盛り付けたら、負傷者に食べさせよう。パンは余計に買っておいたから十分なはずだ。しっかり食ってもらって、戦えるようになってもらわないとな。15階層で魔物が再生成されるのは早くて明日だ」
明日までには負傷者たちを15階層に送り届ける必要がある。15階層は魔物が再生成されて、また戦闘になることは間違いないのだから。その時に戦える魔族がひとりでも多ければ、犠牲は少なくて済むだろう。
「飯だ。食ってくれ。傷口はもう痛まないな?」
「大丈夫です!」
久隆は病室に戻り、負傷者たちに食事を配った。今では傷も癒え、疲労も取れ、もう負傷者ではない。戦える兵士だ。
「腹ごしらえが済んだら、ダンジョンに潜るぞ。15階層で仲間たちが待ってる」
「ええ。仲間たちのことを思うともうじっとしていられません。自分たちがこうして安全で清潔な環境で暮らしているなんて」
兵士たちはそう告げて頷く。
「休養して、傷も回復した。医者のお墨付きだ。だが、ここで休んでいたことを理由に無理な戦いはしないでくれ。せっかく治したのに殺されては医者が泣く。助かった命だ。大事に扱ってくれ」
「はい」
兵士たちはそう告げて朝食を食べ始めた。
マルコシアの焼いたオムレツにフルフルの焼いたベーコンとサラダ。そして、たっぷりのパン。ジャムやバターも準備されており、がつがつと兵士たちは朝食を食べていく。
「さて、俺たちも朝飯にするか」
久隆はダイニングに向かっていき、レヴィアたちと食卓を囲む。
レヴィア以外は全員が身だしなみを整えている。
「いただきます」
「いただきますなの」
久隆たちは珍しく久隆が作ったわけではない朝食を食べ始めた。
「うむ。このオムレツ、美味いな。魔族は贅沢病を避けるために美味い料理は避けていると聞いたんだが、違うのか?」
「ああ。それは爵位持ちの方や王族の方々がメインですね。あの方たちは食事の機会が多いですから。あたしたちのような平民は普通にあるものを美味しくいただきますよ。食事に感謝する日とかには。フルフルの家もそうでしょう?」
「そ、そうですね……。とは言え、あまり美味しい料理は出ませんが。結局は焼くだけです。ここに来てから食べた食べ物の方が、その、美味しかったというか……」
フルフルは食文化で負けたことを認めたくないらしい。
「ふたりとも羨ましいの。レヴィアはいつも焼いた肉や野菜しか食べられなかったの。味も何もあったものじゃなかったの。レヴィアはいっそ久隆の世界で暮らしたいの」
「おいおい。それは困る。診療所でもらった栄養バランス表があるから、これからはそれに注意しておけばいい。ここで美味しそうな料理を見かけたら、作り方を教えてやるからな。向こうで作ってもらうといい」
「うーん。ここの料理が宮殿の料理人たちに再現できるとは思えないの」
「ちょっとは信頼してやれ。君主だろ?」
そのような会話を挟みながら、朝食を終え、久隆とフルフル──そして、マルコシアで食器を片付けると、久隆たちはホームセンターで買った苗とプランター、LEDライト、非常用発電機を眺めた。
「さて、こいつを運ぶぞ。10階層に設置しておいていいか?」
「は、はい。今のところ、安全が保証されているのはあそこだけですから……」
「よし。分かった」
今回は流石に物資は運ばない。非常用発電機が60キロ近くあるのだ。これを運ぶだけで精一杯だ。プランターやLEDライトの輸送はフルフルとマルコシアに任せた。
「準備はいいか?」
「できてます!」
「では、いくぞ」
兵士たちを引き連れて、久隆たちはダンジョンに潜る。
1階層、1階層と潜っていき、やがて10階層に達する。
「ここにプランターを設置だな。どこがいい?」
「そうですね。魔力が流れやすいのは階段の付近か壁際になります。ここはまた下層に運ぶことを考えて、階段の付近がいいのではないでしょうか?」
「分かった。階段の傍だな」
久隆はプランターとLEDライト、非常用発電機を階段の傍に設置する。
「植物のことはよく分からない。苗を植えるなどのことは任せていいか?」
「お任せあれ。この手の作業は得意です」
マルコシアが名乗りを上げて、肥料の入った土と苗をいい塩梅にプランターに設置していく。プランターは全部で3つで9本の植物が植えられることになっている。
「これでよし、と。後は水を」
「ペットボトルの水しかないが」
「いえいえ。ダンジョン内ではそんなに水は必要ないです。魔力が補ってくれるはずですから。逆に魔力が補ってくれなかったら、その植物は魔力回復ポーションの原材料には使用できないということでして……」
「ああ。そういうことか」
魔力は何かの代替物になる。だから、植物は魔力を宿し、魔力回復ポーションの原材料となるわけである。
「後は無事育つのを祈りましょう」
「では、15階層を目指すぞ」
久隆たちは階段を下っていく。
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