魔法の可能性
本日1回目の更新です。
……………………
──魔法の可能性
実際に魔法が使えたら、この世界でどのような立場になるのか。
久隆はそれを朱門に尋ねた。
「……あのお嬢ちゃんの魔法には殺傷能力があるものもあるのか?」
「ある。非武装ならば人ひとりは軽く殺せる」
「そいつは……難しいな」
朱門が考え込む。
「日本情報軍が首を突っ込まないはずがないだろう。いや、世界中の諜報機関がその情報を調べたがるだろう。少なくとも日本情報軍に捕まれば、一生研究所で、最後は解剖だ。連中は既にナノマシンを使った心理実験に兵士を使っている節すらある。ここにきて、ひとり異世界の人間が行方不明になっても気にもしないだろう」
「先にマスコミに暴露するのは?」
「昔のマスコミは反軍的だった。だが、状況は大きく変わった。日本情報軍情報保安部。この親切な東ドイツのお巡りさんを真似た連中は、マスコミ関係者の弱みを片っ端から握っている。マスコミは親軍的な報道しかしないし、軍に不都合な報道はしない。日本のマスコミに駆け込んでも無駄だ」
「なら、海外は?」
「日本情報軍は彼女がアメリカ大統領と握手して、ローマ法王と会談した後でも、行方不明にできるだけの能力がある。連中は好き放題だ。奴らは何だろうとやる。中央アジアで奴らがしていることが表に出れば、それが分かるだろうが」
「連中は何をしているんだ?」
「軍閥を操ってチェスだ。非合法な武器商人や民間軍事企業。そういう人間を使って軍閥を支援し、見捨て、捨て駒にし、また支援する」
「それに何の意味が?」
「それは俺だって聞きたい」
ふたりの間に微妙な沈黙が流れた。
「魔法は殺傷能力のあるものだけじゃない。身体能力を大幅に向上させるものもある。魔法には可能性がある。だが、俺はあの子供たちを元の世界に戻してやりたい。日本情報軍が首を突っ込むようなことにしたくはない」
久隆は胸の内を明かした。
「だろうな。昔からそういう気持ちだけはしっかりした男だったよ、お前は。俺もできる限り力を貸そう。そのうち、俺にもダンジョンを見せてくれ。どこにあるんだ?」
「裏山」
「なんつーか、ご近所ダンジョンだな……」
「まあな」
歩けば10分足らずでダンジョンの入り口だ。
「負傷者の手当てが一段落ついたら、入り口ぐらいまでは案内してもいい。もっとも、そとから見ると防空壕の跡地みたいなものだが」
「せっかくのダンジョンだ。見ておかないとな。こう見えても俺も中学まではゲームに嵌ってたんだぜ? 高校はひたすら勉強でそんな暇なかったが」
「俺も餓鬼の間はゲームに夢中になっていたよ。モンスターを育てるゲームや、モンスターを狩るゲーム。だが、これはゲームじゃない。現実だ。ゲームのようにリトライはできない。死んだらお終いだ」
「蘇生魔法なんて便利なものはないのか?」
「少なくとも彼女たちはそんなものがあるという話はしていない。だが、ダンジョン内の魔物は殲滅後6、7日で再構成される。そこら辺はゲーム的だな」
「6、7日か。割とシビアだな」
「ああ。今回の負傷者を手当てして、再び15階層まで戻る際には魔物が復活しているだろう。ちょっとばかり揃えておきたい装備もあるし、今は15階層より下に潜るつもりはない。まだ届けていない水や食料を届けて、15階層で踏ん張ってる奴らを助ける」
「慈善事業か?」
「そんなものだ。ダンジョンを引き取ってもらわないといけないし、自分の裏山にあるダンジョンの中で死なれても寝覚めが悪い」
久隆はそう告げる。
「それなら手を貸そう。例の金貨と宝石の現金化、しておいてやる。もちろん、手数料はもらうぞ。こっちも商売なんでな」
「ああ。助かる」
反社会的組織と繋がりがあるなら、脱税もお手のものだろう。
「久隆、久隆」
そこでレヴィアの声が響いた。
「どうした、レヴィア。そう言えば紹介がまだだったな。こいつは椎葉朱門。元軍医だ。朱門、こっちはレヴィア。異世界の魔王だ」
「よろしくなの、朱門!」
レヴィアがそう告げて、朱門が手を振り返した。
「それでね、それでね。負傷者の怪我の方はどうなってるの? 治りそうなの?」
「大丈夫だ。3、4日もすれば治る。傷は浅くはなかったが、治癒力の高い縫合糸を縫合に使った。治りはそれでかなり早くなるはずだ」
「それならよかったの! ありがとうなの、朱門!」
最近の縫合糸には細胞の再生を促すコーティングの施されたものがある。
「まあ、こんなのでも医者だからな。金を受け取れば誰だろうと治療する」
「流石は久隆の世界の医者なの。魔族でも差別してないの!」
「というと、そっちの世界では差別があるのかい?」
朱門がそうレヴィアに尋ねた。
「うん。向こうの人間は魔族のことを憎んでいるの。だから、魔族も人間を憎んでいるの。いつから憎しみ合いが始まったかは分からないの。少なくともレヴィアが即位したときには人間と魔族は深い対立状態にあったの……」
「ふむ……」
朱門とレヴィアの会話を聞きながら、久隆は何故対立が始まったのだろうかと考える。経済的問題、領土的問題、思想的問題、人種的問題、宗教的問題。この世には争いの種はいろいろあり、ほとんどの場合複合的にそれらが絡み合っていた。
魔族と人間の対立も最初は些細なものが、やがて大きくなっていき、歪み、拗れ、手に負えなくなったのだろうと久隆は予想する。
「だが、安心したまえ。ここには久隆がいる。人一倍責任感と倫理観を持っている人間だ。俺もこいつがいるからやってきた。こいつは頼りになる男だ。この男を頼っておくといいぞ。この男なら頼っても問題ない」
「知ってるの! 久隆はいい人間なの! そして、朱門もいい人間なの!」
「まあ、俺は金のために動いているようなものだから、いい人間とは言いづらいぞ?」
レヴィアの言葉に朱門が困った表情を浮かべた。
「悪い人間はそもそも魔族の治療なんてしてくれないの。ね、フルフル?」
レヴィアがそう告げて、入ってきた襖の方を向く。
「か、か、金のためなら魔族のために戦う傭兵もいますし……。まあ、裏切られる場合がほとんどですけれど……。ま、まさか、そこの医者も治療すると見せかけて裏切ろうとしているのでは……!?」
「フルフル。失礼なことを言ってはダメなの。朱門は久隆の友人なの」
「は、はい。ですが……」
「ですが、は無しなの。信頼するの。向こうが信頼してくれるのにレヴィアたちが信頼しなかったら、それは裏切りも同然なの」
「わ、分かりました……。信頼します……」
フルフルは襖の影からじーっと朱門の方を見つめた。
「なんというか、人間と魔族の関係は複雑なんだな」
「らしい。だが、ひとりでも多くの連中を救ってやりたい。協力してくれ、朱門」
「ああ。任せてくれ」
それから久隆と朱門はレヴィアとフルフルを交えて、世間話を行った。
……………………




