地上に向けて
本日2回目の更新です。
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──地上に向けて
負傷者たちが身支度を済ませて、地上に上る準備を始める。
足を負傷しているが助けがあれば歩けるものは歩ける負傷者の肩を借りたり、武器を杖にして、立ち上がった。彼らは傷口を改めて消毒し、新しい包帯を巻いてから、地上に向かうために久隆の後に続いた。
外に出るときは真夜中だなと思いながら、久隆は負傷者を連れて地上を目指す。
15階層で一夜を明かしてからという選択肢もあったが、なるべく早く行動しておきたい。15階層に再び戻るときに魔物が復活していては困る。
負傷者だが、負傷者6名のうち3名が同行する。
近衛騎士が2名、宮廷魔術師が1名の3名だ。
名前は聞いていない。彼らの傷が治ったら聞くつもりだった。途中で死なれたりすれば、名前を覚えても意味がなくなる。
負傷の理由は様々だった。
ゴブリン弓兵の矢を受けた。鎧オーガの攻撃を受けた。仲間の魔法に巻き込まれた。
まだ自力で移動できる負傷者なだけあって傷はそこまで重くはない。だが、負傷し、碌な手当てを受けていないことには変わりない。いつ傷口が悪化して、倒れるかは分からない。一刻も早く地上に戻らなければ。
階段を黙々と登り、地上を目指す。
「手を貸そう」
「あ、ありがとう」
久隆は負傷者たちが円滑に移動できるように手を貸しながら、地上を目指していく。
ダンジョンの中は不気味なほど静かだ。魔物は再構成さえていないのだから当然だろう。そこで魔族の兵士のひとりが気づいた。
「この深さだとエリアボスがいたんじゃないのか?」
「いたぞ。マンティコアって奴だ。もうぶっ殺してあるから安心していい」
「マンティコアを倒したのか?」
「ああ」
久隆があっさりとそう告げると兵士たちは一様に驚いたようだった。
それはそうだろう。マンティコアは猛毒を持ち、機敏に動き回る危険な化け物だ。毒を食らえば即死というような魔物を相手にするような勇気を有するものは少ない。だが、久隆は挑み、そして勝利した。
「流石だな。レヴィア陛下が全幅の信頼を置かれるだけはある」
「レヴィアとフルフルのおかげだ」
久隆ひとりでマンティコアに勝利したわけではない。レヴィアとフルフルの魔法があったから勝利できたのだ。
「もう一息で地上だ。地上に着いたら休めるから頑張ってくれ」
「分かった」
既に久隆の家は負傷者の受け入れるための準備を済ませていた。
全ての家具を移動させ、畳の上にビニールシートを張った部屋を用意し、血で汚れても捨てればいい殺菌消毒した布団を準備している。後は医者が来ているかどうかだ。ダンジョン内の時間がおかしくなるということを考えるとどうなるか。
1階層、1階層と登っていき、ついに地上に出た。
「地上だ……!」
「本当にヴェンディダードではない……」
到着時間は真夜中かと思ったが、まだ山から見下ろせる村の街並みに明かりが灯っている。ヴェンディダードの田舎の街並みはこことは異なるのか、それともダンジョンの入り口として想定していた場所が裏山のような環境ではなかったためか、魔族たちは呆気に取られている。
「ここから降りた先が俺の家だ。そこで医者を待つことになる。ゆっくりでいいから、はぐれないようにしてついて来てくれ」
「ああ」
負傷者には辛いが山歩きだ。
緩やかな斜面を転ばないように降りていき、久隆の自宅が見えてきた。
「……ん?」
久隆は自宅の前に1台のワンボックスカーが停まっていることに気づいた。黒い塗装の国産車だ。この地域にしては珍しい車が停まってるのに、少しばかり警戒感を抱くも、確認しなければ何も言えないと思い、まずは負傷者を家に連れて行き、裏口から家の中に上げる。そして怪我人用に準備した部屋に収容する。
それから久隆はワンボックスカーに向かった。
「よう、久隆。久しぶりだな」
「朱門。久しぶりだな」
椎葉朱門。久隆の高校の同級生だった人物にして、元日本陸軍軍医少佐。そして、今は闇医者をやっている人間である。
身長は170センチほど。白いメッシュの入った髪をオールバックにして纏めてる。
「稼げると聞いてきたが、無駄足じゃないだろうな?」
「稼げる可能性はある。まずはこれを見ろ」
「これは……」
朱門は久隆から手渡された金貨と宝石を手に取る。
「金貨か? それにこの宝石は恐らくはアメジスト。こんなものどうした?」
「説明するにはまず見てもらった方が早い」
「オーケー。車はここに置いておいていいんだったよな?」
「一応車庫に入れてくれ」
朱門が大きなワンボックスカーを車庫に入れると、久隆は彼を家に上げた。
「久隆、久隆。それが紹介すると言っていた医者なの?」
「ああ。そうだ。腕は確かだ。元軍医だからな」
レヴィアが跳び出してくるのを朱門が目を丸くした。
「……これはどういうコスプレだ?」
「レヴィア。家の中でも行使できる魔法を見せてやってくれ」
まずは正常性バイアスが働き、これをコスプレと判断する朱門。
だが、そうではないことはすぐに分かる。
「『舞い散れ、氷の花弁』」
室温が一気に真冬並みに下がり、家の中で雪が舞い散り始める。
「……手品じゃあ、なさそうだな……」
「朱門。俺が今の日本に適応できなくて狂ったとは思わないでほしい。状況を伝えるために率直に告げる。俺の所有している裏山にダンジョンの入り口ができた。そのダンジョンは異世界のもので、危険な魔物たちが蠢いている。お前に頼みたいのは、そのダンジョンで負傷した人間の手当だ」
「あー……。急にゲームみたいな話になったな。まさかさっきの金貨もダンジョンで? もしかすると魔物を倒すと落としていくみたいなものか?」
「まさしくその通りだ。ダンジョンは異世界における金山らしい」
「物騒な金山もあったものだ。どれくらいありそうなんだ、金貨と宝石」
「俺の軍用バックパックに詰め込めるだけ詰め込んでも入り切れないぐらいだ」
「そいつはまた」
朱門は軽く口笛を吹いた。
「しかし、報酬は仕事をしてからだ。設備は持ってきてくれたか?」
「ああ。ポータブルレントゲン。各種ワクチンと血清。移動式手術セット。ここ最近はマフィアもヤクザも睨み合っているだけだから、設備の維持費だけで赤字だったところだ。何か仕事があればいいんだがと思っていて、そこにお前の電話だ」
「まだ犯罪者の治療をしているのか?」
「最近は中華マフィアについている。金払いがいい。それでいて日本に足がかりがないから、俺のような人間を頼らざるを得ない」
「元陸軍軍医少佐殿が呆れたものだ」
「まあ、そういうな。軍医ってのは普通の医者と比べて儲からない。公務員だからな。確かに学費は免除してもらったが、俺も医者だ。他の医者が外車を乗り回して楽しんでるのに、軍縮で追い出された元軍医が同じことを望んで何が悪い」
「お前の倫理観には閉口するよ。人を殺すよりマシだが」
「ああ。頼まれても殺しはやらない」
医者は人間を生きながらえさせるものだという点において、朱門はスタンスをはっきりさせている。治療ミスは起こさないし、違法な移植手術においても臓器を取り出す仕事はしない。相手が悪人だろうと、何だろうと生きながらえさせる。
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本日の更新はこれで終了です。
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