ジャイアントオーガ
本日2回目の更新です。
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──ジャイアントオーガ
久隆がレヴィアが作った時間を利用して突撃する。
ゴブリンは鎧を纏っている。オークやオーガが纏っているような金属製の鎧ではなく、革の鎧だ。だが、鎧は鎧だ。斧では断ち切れないか、刃こぼれする可能性があった。
だから、久隆は首と頭を集中して狙った。
相変わらずゴブリン弓兵は近接戦闘武器を持っておらず、突撃されると混乱するだけだった。これを片付けるのは容易い。今のところは。
恐ろしいのは他の魔物との乱戦状態のときにゴブリン弓兵が乱入することだ。
ゴブリン弓兵のリーチは長い。前衛でオークが戦っているときに後方から矢を叩き込まれたら、とてもではないが防ぎきれない。そのような連携を魔物が取るのかどうかは別として、可能性としては考えておかなければならない。
危機管理においては常に最悪を悲観的に想定せよ、だ。
ゴブリンの頭を潰し、首を刎ね、5体のゴブリン弓兵は壊滅した。
「他にゴブリン弓兵がいないといいんだが。ゴブリンは足音が小さくて探知しにくい」
「用心しないといけないの。矢は怖いの」
「そうだな。飛び道具を相手だけが使ってくるのは不味い」
久隆にアーチェリーの経験があればコンパウンドボウが使えただろうが、あいにく彼が学生時代に行っていたスポーツは水泳だ。国防大学校を卒業したのちに、海軍を選んだのもそういう理由だった。
今はゴブリン弓兵は魔法で潰すしか他ない。他に手はないのだ。
「このまま進もう。道なりに進んで地図を作成しておく」
「了解なの」
その間も久隆は索敵を欠かさなかった。
彼はまだジャイアントオーガの戦力を計りかねている。実際のところ、どれほどの脅威であり、どのような対策が求められるのかは結論が出ていないのだ。
未知の敵と戦うのはいい気分ではない。
現代戦ではドローンなどで事前に敵の脅威を知ることができるし、それに加えて各国の兵器の概ねのスペックは分かっている。その中でも海軍時代に久隆が相手にした連中は旧東側の中古兵器だった。
ZPU-2対空機銃をマウントしたピックアックトラック──いわゆるテクニカル──が車両としては最大限で、戦車や装甲車が出てくることは滅多にない。ごく稀に中国軍から流出した中古の戦車で武装している海賊もいたが、それは事前の航空攻撃で撃破されるのが当り前だった。
だが、ここには航空支援などないし、ドローンもいない。
自在に戦場を動き回る14.5ミリ2連装の対空機銃の水平射撃を相手にするのと、木製の弓矢を相手にするのでは間違いなく前者の方が危険で、後者の方が安全だろう。
装備が整っていれば。
今の久隆は軍人ではない。どこかのベトナム帰還兵ではないが、戦場では数百万円もする兵器を自由に使えても、退役してからはそのようなものは扱えず、使えるものはホームセンターで購入できる斧に退化した。
その上、敵の脅威が把握できていないのは困る。
現有の装備で戦える相手なのか。無理なのか。
これまでのオーガは楽ではなかったが倒せない相手ではなかった。
だが、ジャイアントオーガはフルフルが怯えるほどに異なるらしい。
しかしながら、こうも考えられる。
15階層にはジャイアントオーガが出没するが、耐え抜いて陣地を維持できている。つまり、特殊な武器や強力な火力がなくともジャイアントオーガは倒せるのではないかと。少なくとも斧で戦っている久隆を見て、レヴィアたちは『どうしてもっと威力のある武器を使わないのか?』とは尋ねなかった。それは彼らの武器も斧と同程度ということを意味する。要は彼らは斧と同程度の武器でジャイアントオーガを撃退しているということだ。
勝てないわけではない。希望はある。
「止まれ」
久隆がストップをかける。
「曲がり角の先にオーガよりデカいのがいる。レヴィア、確認してくれるか?」
「分かったの」
久隆も鏡を取り出し曲がり角の先を見た。
巨大だった。
オーガがオークよりひと回り大きいならば、ジャイアントオーガと思われる魔物はそのオーガよりさらにひと回り大きかった。鎧こそ身に着けていないものの、相撲取りのような恰幅の良さと巨大なハルバードを手にしている。
それが3体。
「ジャイアントオーガか?」
「ジャイアントオーガなの……」
外見はフルフルの証言とも一致する。鬼のような角があって、巨体。
「弱点は?」
「分からないの。首は確実だけれど、胴体は騎士の付呪が施された剣でも切断できないと言われているの。脂肪と筋肉の塊で覆われていて、内臓や血管に刃が通らないって」
「なるほど。首を刎ねるか、頭を潰すかしかないってことか」
オーガの時のような腎臓狙いの攻撃は通用しないのだろう。
「フルフル、付呪を頼む。レヴィアはいつも通りだ。攪乱してくれ。狙うなら目を狙え。視覚を奪えば敵の戦闘能力は激減する」
「分かったの」
久隆はフルフルの方を向く。
「フルフル。あいつを俺がぶち殺したら、少しは恨みを晴らせるか?」
「そ、そうですね……。あの時とは同じ個体ではないですが、その、少しは嬉しいかもしれません……。う、嬉しいかもしれませんけど、何もお礼はしませんよ?」
「ああ。付呪をかけてくれるだけでいい」
「で、では、『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を』」
「よし。ぶっ潰してきてやるからな」
久隆は斧を握りしめると、レヴィアに合図した。
「『斬り裂け、氷の刃!』」
ジャイアントオーガの目を狙って氷の刃が放たれる。
ジャイアントオーガは目を潰されて呻き声をあげる。
「いくぞ」
巨大なジャイアントオーガを見上げて久隆が駆ける。
戦闘プランは既に組みあがっている。どのように最初の敵を倒し、どのように続けるかというのは確実にプランに組み込まれている。
だが、戦闘はあくまで柔軟に。
戦闘計画をがちがちに決めたところで、ちょっとイレギュラーが起きればパーになることを久隆は何度も体験している。結局のところ、事前の情報から決定されるブリーフィングの戦闘計画はあくまで指標に過ぎないということだ。
いかなる戦術も眼前の敵には無力だ、と言ったのは誰だっただろうか。確かにいかに完璧な戦術を事前に練り上げたとしても、それが現場で通用するかは分からない。完璧であるが故に冗長性がなく、破綻する計画もある。
戦争はシミュレーションゲームではない。実際に戦うのは血を流す人間であり、生き残るためにならば何だろうとする。それが計画を狂わせる。
久隆は戦闘プランを頭に置きつつも、相手の出方を窺った。
ジャイアントオーガはハルバードを振り回している。ただし、視界が潰されたので、むやみやたらに振り回しているだけだ。ジャイアントオーガの間でハルバードの間合いに入らないように間が生まれ、それが連携を阻止する。
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