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戦勝祝い

本日1回目の更新です。

……………………


 ──戦勝祝い



「できたぞ。席に座れ」


「待ちかねたの!」


 レヴィアが椅子に腰かけてすき焼き鍋がテーブルの中央に置かれるのを待つ。


「生卵は平気か? 溶き卵に混ぜて食べると美味いんだが?」


「お腹壊さないの?」


「ちゃんとした卵だから大丈夫だ」


 久隆はそう告げて卵を割って、お椀に入れた。


「な、生のまま卵を食べるなんて蛮族ですよ……。わ、私は遠慮しておきます……」


「レヴィアは試してみるの」


「陛下っ!?」


 フルフルがレヴィアの発言に目を見開く。


「久隆の作ってくれる料理はどれも美味しいの。だから、久隆の言う通りにしておけばもっと美味しくいただけるの。けど、卵が上手く割れないの……」


「割ってやる。貸してみろ」


 トンと机の角で叩くとパカッと卵のからを割り、お椀の中に卵を入れる。


「よくかき混ぜろ。そしたら肉や野菜をつけて食べて見るんだ」


「分かったの!」


 その様子をフルフルがじーっと見ていた。


「……あー……。フルフル、お前も試したいのか?」


「べ、別にそういうわけでは……。ただ、見聞を広げるには、その、何事も挑戦かと少し思ったりして……」


「ほら、食べても平気だ。ちゃんと管理された卵だからサルモネラ菌の心配はない」


「さるもねら菌?」


「卵で食中毒の原因となるものだ。この卵にはついてない。安心して食っていいぞ」


「うー……。蛮族的ですが……」


 かちゃかちゃと卵をかき混ぜるフルフル。


「お肉食べるの!」


「野菜も食えよ。惣菜で買ってきたほうれん草の和え物もあるからな」


 レヴィアは真っ先に肉に食いついた。


 いつもレヴィアが宮廷で食べる食欲の湧かない焼いた肉と違って香ばしい香りがする。きっと素敵な材料で味付けしてあるに違いないと思って、溶き卵に浸すと、ほどよい熱さになったところでパクリと口に運んだ。


「ん!」


「ど、どうしました、陛下! やっぱり、お腹痛くなりましたか!」


「これ、凄く美味しいの!」


「……本当にですか?」


「本当なの。フルフルも食べてみるの」


 そう言いながら、レヴィアはまた肉を食べる。


「肉を食うなら春菊と一緒に食うと美味いぞ」


「春菊。この葉野菜ですね。では……」


 フルフルは恐る恐る肉と春菊を卵に浸すと、これまた恐る恐る口に運んだ。


「これは……確かに美味しいです……。生卵を合わせる意味が分かります。や、やっぱり蛮族的なことは否めませんが」


 そう言いながらも再び肉に手を伸ばすフルフル。


「ちゃんと白菜も食えよ。味が染みてて美味いぞ。焼き豆腐もいい」


「栄養バランスなのね」


「ああ。すき焼きだけじゃ偏るから和え物も食べろよ」


 わいわいと食事は進み、4人前はあったすき焼きはあっという間に空っぽになった。


「ああ。美味しかったの! こんな御馳走が食べられるなんてこの世界の住民は恵まれているのね。食文化は文明のレベルを測る上で欠かせない要素だとレヴィアは昔本で読んだことがあるの。それに合わせるとこの世界の文明はとっても高度なの」


「まあ、食い物ぐらい美味くなくちゃ、やってられん社会だからな」


 戦争。経済混乱。気候変動。


 社会は危機に遭遇する度に変化してきたが、ここ数十年の変化は急激だった。


 核融合炉が実用化されエネルギー危機が解決すると同時に中東の産油国が経済破綻していき、車はほぼ電気自動車になってガソリンスタンドが電気スタンドに代わり、台湾海峡に端を発した戦争が7年も続いてアジアの経済は大混乱に陥り、日本において軍部が75年の年月を経て再び権力を握り、アメリカはついに民主主義の輸出を止めた。


 たった数十年で冷戦崩壊後のように世界は目まぐるしく変わり、民衆は変化を受け入れつつもただただ昔ながらの生活を懐かしんだ。それが一番の贅沢だというのに。


 唯一、民衆に残されたのは食文化だった。戦争の最中でも、経済危機の最中でも、気候変動の最中でも、政治的激動の最中でも、民衆は昔ながらの食文化を続けた。


「さて、遅くなったが乾杯といこう。お前らは酒はダメだろうから、ウーロン茶な」


「フルフルはお酒が飲める年齢なの」


「それだとお前だけ飲めないだろ? ノンアルコールな戦勝祝いも乙なものだ」


 それぞれのグラスに久隆がウーロン茶を注いでいく。


「それでは、10階層到達及びマンティコア撃破を祝して」


「乾杯なの!」


 カンと3つのグラスが音を鳴らす。


「それにしても本当にマンティコアを倒したの! 猛獣キラーなの!」


「ああ。あれはまさしく猛獣だったな。事前情報がなかったらやばかった」


 久隆がウーロン茶のグラスを傾ける。


「フルフル。お前の情報のおかげでマンティコア対策が練れて、無事に全員が揃って帰って来れた。感謝している」


「か、か、感謝しても何も出ませんよ……。それにそもそもマンティコアを倒してもらって助かってるのは私たちですし……」


 フルフルは俯きながらウーロン茶をちびちびと飲む。


「この調子で15階層を目指すが、厳しい戦いになるんだろうな。装備の類も揃える準備はしておかなければならない。防弾チョッキは必要だな。ヘルメットもあればいいか? もっとも、オーガにぶんなぐられたらヘルメットごと叩き潰されるだろうが」


 戦争の歴史は防御と攻撃のせめぎ合いだった。


 大砲、城塞、機関銃、戦車、対戦車ミサイル、アクティブディフェンスシステム。


 防御側が強ければ、それを破壊できる兵器を開発する。攻撃側が強ければ、それから守れる兵器を開発する。その繰り返しだ。それが戦争の歴史だ。


 今の状況、オーガやオークに殴られたら防災用のヘルメットでは頭を守りきれない。ただ、天井から落下してくるかもしれない瓦礫や、ゴブリン弓兵の弓矢に対しては身を守れるかもしれない。


 時折、特殊作戦部隊の隊員は正規の装備を身に着けない。ヘルメットではなく、ブッシュハットやブーニーハットで済ませる。それはヘルメットをつけているとどうしても聞き逃す敵の足音や会話を聞き逃さないようにするためであり、機動性を上げるためであり、カモフラージュ率を上げるためでもあった。


 海軍時代も長期潜入作戦ではヘルメットを身に着けないことはあった。ヘルメットだけでも1キロはある。長期間の作戦中、ずっとそれを装備しているのは負担だ。もっとも短期間の作戦ならもちろん身に着けた方がいい。最近のヘルメットはロシア製の重機関銃の射撃に耐えることも十分にあるし、砲弾の破片からも身を守ってくれる。


 しかし、現状手に入る防災用ヘルメットはそこまでの性能はない。あれは地震が起きたときなどに落下物から身を守る程度の性能しか求められていないのだ。それに目立つ色に塗装されているためカモフラージュもなにもあったものではない。


 それでもゴブリンの弓兵からは身を守れるし、ホームセンターで購入できる。


「とりあえず、明日は買い出しだな。医者も呼ばなきゃならん。来てくれるといいが」


……………………

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[一言] 締めのうどんは無い地域かぁ・・・美味いのに。。
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