地下9階層を目指して
本日1回目の更新です。
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──地下9階層を目指して
「さて、飯も食ったし、7階層を目指すぞ。10階層に到達できるかどうかだ。恐らくは行けるんじゃないかという気もするが」
当初はダンジョンで夜を超すことも考えていた久隆だったが、この調子で進めば10階層の手前までは20時ごろに着きそうである。
ただし、到着したからと言ってすぐに戦闘に移れるかは問題になる。
これからさらに7階層、8階層、9階層と潜る際に疲労するだろう。それに加えてレヴィアやフルフルの魔力もいつまで持つか分からない。
休憩は必要だろう。一休みしてから挑むことになる。
一度地上に戻ってもいい。その方が疲労は取れるだろう。だが、時間をロスする。ダンジョンの魔物は6、7日で再生成されるのだ。地下から地上への道のりは所によっては30分ほどかかる場合がある。短期間の休憩を地下9階付近で行い、態勢を整えてから、万全と言える状態でマンティコアには挑みたい。久隆はそう考えていた。
まずは7階層だ。10階層にひとつというモンスターハウスは攻略したので、残るは普通の道のりのはずだ。だが、地下に潜るにつれて魔物はより強力なものになっている。まだ飛び道具こそ使ってこないものの、それも時間の問題というのはフルフルの話から分かる。それに表面的には同じように見えても、より強靭になっている場合もあるのだ。
「オーガが4、5体。オークが9、10体。この階層は確かにモンスターハウスとやらではなさそうだ。面積も広いようだしな」
「よ、よく分かりますね……」
「長年の経験だ」
海軍時代は装甲車の無限軌道やタイヤの音だけでどれぐらいの敵なのか知ることすらできた。今になってはナノマシンの補正を失い衰えているぐらいだ。
「サクッと倒して、サクサク進むの」
「いや。用心して進む。ようやくここまで来たんだ。これまでの努力を無駄にはしたくないだろう?」
「むー……。それもそうなの。久隆は慎重なのがいいところなのね」
「ああ。慎重であって困ることはない」
それから7階層での戦闘が始まった。
このころになると久隆ももう完全に魔物の識別ができるようになっていた。オーガ、オーク、ゴブリン。全て把握できる。
そして、久隆は気づいたが、魔物の目には知性の色がない。犬や猫にだって見受けられるだろう知性の色が欠片もない。イノシシのような獣にだって生き残るための知性はあるものだが、魔物にはそれがない。まるで操り人形のようだった。
それがダンジョンコアによる影響なのかは分からないが、久隆は気味の悪いものを感じていた。魔物をこのようなものに創造するダンジョンコアとはどれほど禍禍しい存在なのだろうかと。
「レヴィア!」
「『吹き荒れろ、氷の嵐!』」
それから7階層の戦争でレヴィアとフルフルのレベルが上がった。
レヴィアはレベル8に、フルフルはレベル7に。
「これまではレベル6だったのか」
「そ、そうですよ。わ、悪いですか! レベル6のくせに使えないとか思ってますね! それはレベル3なのにレベル10以上のステータスのあなたからすればクソ雑魚かたつむりの観光客かもしれませんが!」
「そんなことは思ってない。これからますます成長してくれれば今でも頼りになるのが、なおのこと頼りになると思っただけだ。レヴィアの魔法も強力だが、フルフルの付呪は俺が戦ううえで欠かせない。これからも頑張ってくれ」
「え、あ、はい……」
フルフルはおどおどと視線を俯かせた。
「人間のくせに魔族を頼りにするとか変ですよ……」
「魔族だとか、人間だとかはここでは関係ない。生き延びて、元の世界に戻ることを考えるんだ。お前たちなら絶対に帰れるし、俺も全力を尽くす」
「う……。そ、そうですか。で、で、でも、私たちが頼んだわけじゃないですからね? 後でお礼をしろとか言われても、その、困りますから……」
「そんなことは言わないから安心しておけ」
トントンとフルフルの肩を叩く久隆。
「それよりも次の階層だ。この調子で進めればいいんだが」
「きっと大丈夫なの。久隆もいるし、フルフルもいる。レヴィアもレベルが上がって、もっと強い魔法が使えるようになったのだから!」
「それもそうだな。だが、こういうものは悲観的に準備しろという。最悪を想定しておくぞ。出て来られると困るのはフルフルの話にもあったゴブリン弓兵だ」
オークが隊列を組んで前衛を固め、後方からゴブリンが矢を浴びせてきたら流石の久隆も苦労する。だが、これについてはひとつの解決手段を久隆は考えついている。
「では、8階層だ。いくぞ」
8階層に降りるといつものように索敵から始まる。
「オーガが6、7体。オークが10、11体。それから近くにゴブリンの足音が5、6体程度。この階層でゴブリンが出てくるということはフルフルの言っていた奴かもしれない」
「ゴブリンの弓兵ですか……? あれは10階層以降だと思っていたのですが……」
「とにかく上を目指して走ったんだろう? 見落とすこともあるだろうさ」
いよいよ飛び道具を使う可能性のある代物が出てきた。どのような弓かにもよるが、リーチはこれまで魔物たちが使ってきた武器とは比べ物にならないだろう。
「まずはゴブリンを片づける。レヴィア、フルフル。しっかりついて来てくれ」
「了解なの」
久隆たちはゴブリンの足音がする方向に向かっていく。
「いた。ゴブリンの弓兵だ。弓はさほど大きくないし、作りも簡素だ。あまり命中率も射程も高度ではないだろう。だが、相手が飛び道具を持っているということ自体が脅威だ。こっちには応戦できるのはレヴィアしかいないんだからな」
久隆は手鏡で曲がり角からその先にいるゴブリン弓兵を確認してそう告げる。
「レヴィア。嵐の魔法を叩き込み続けてくれ。威力は高くなくてもいい」
「何をするの?」
「重要なのは風だ」
よほどの強弓ならともかく、あの程度の弓ならば矢を放つ際に風の影響を受ける。ゴブリンが使うような小さな弓なら、レヴィアが魔法で嵐を巻き起こしていれば、まず真っすぐに飛ぶことはない。
命中率は大きく下がり、久隆たちは安全にゴブリンを排除できる。
それが久隆の考えていたアイディアだった。
ここがアメリカなら防弾チョッキでも簡単に買えるのだが、あいにくここは日本だ。銃はそこまで広がっていないから防弾チョッキの需要もなく、ネット通販で細々と販売されているのみ。だが、防刃チョッキ程度は仕入れておくべきかと久隆は思った。
フルフルの付呪があるので防刃チョッキを纏っても、今のパフォーマンスを維持して戦える自信があった。それに防刃チョッキなどには追跡IDはない。ただ、ネット通販ぐらいでしか買えないというだけだ。
そして、海軍時代のものとは性能が極端に落ちるだろうことも予想しておかなければならない。海軍時代の防弾チョッキは磁性流体を使用した高度なものだった。お値段はそれなり以上だ。民間人にはまず手が届かない。
「いくぞ、レヴィア」
「おうなの!」
レヴィアが飛び出す。
「『吹き荒れろ、氷の嵐!』」
細かな氷が刃となり、ゴブリンたちの体に傷を負わせる。レベルアップして威力も向上しているように思える。以前は皮膚を軽く切り裂く程度だったのが、がっつりと裂傷を負わせるまでになっているのだ。
そして、なにより嵐が吹き荒れている。
「レヴィア! 俺が突っ込むまで続けろ!」
「任せるの!」
そして、久隆が突撃する。
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