90階層より下に希望はあるのか
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──90階層より下に希望はあるのか
久隆たちは補給と同時に休養に訪れる魔族たちに風呂や寝室を貸してやりながら、レラジェたちが偵察を終えるのをまった。
そして、3日後。久隆たちはダンジョンに潜る。
目指すは90階層。思えばここまで来るのに相当苦労したものだ。
90階層ではアガレスが待っていた。
「よく来てくれた、久隆殿。さきほど偵察報告が届いたところだ」
「早速見せてもらっても?」
「もちろんだ」
久隆は偵察報告の記されたノートを捲る。
「90階層より下は重装リザードマンと人狼の群れによって構成されている。ダンジョンの様子は一変し、まるでジャングルのようである。危険な植物などもみられるため、細心の注意を払われたし。モンスターハウスは97階。なお100階層のエリアボスはドラゴンゾンビ」
90階層より下はまさに危険な領域と化している。
「人狼というのは以前にも聞いたが、危険な魔物なのか?」
「ああ。動きが俊敏で、確実に喉笛を狙ってくる。とにかく近づけないことが一番いいのだが、そういうことができるほど、相手も生易しくはない。確実に距離を詰め、その牙と爪で攻撃を仕掛けてくるだろう」
「ふうむ。厄介だな」
防御力の次は機動力。
リザードマンの機動力も高かったが、人狼はそれよりレベルが違うように思われた。
近接戦闘はより一層厳しくなり、連携が重要視されてくるというわけだ。
「しかし、ドラゴンゾンビというのは? ドラゴンは友好的な種族だったのでは?」
「ドラゴンゾンビとドラゴンは異なるよ、久隆殿。朽ちたドラゴンの死体にダンジョンコアが魔力を注ぎ、思うがままに操るのがドラゴンゾンビだ。そして、ドラゴンゾンビが出没したということは、もはやダンジョンコアに近いということを意味する」
少し嬉しそうにアガレスはそう告げた。
「ついに終わりが見え始めた、というわけか」
「そうだ。ドラゴンゾンビは決まって最下層への入り口の番人だ。ドラゴンゾンビを起点にダンジョンは作られて行っていると言っても過言ではない。それだけ深層に近い魔物なのだ。後はベリアさえ無事に確保できれば……」
「偵察でもベリアは見つからなかったのか?」
「見つからなかった。しかし、彼女についていった宮廷魔術師の死体は見つかった。彼女が単身でドラゴンゾンビを突破したとは考えにくいのだが、彼女の痕跡がない以上、ベリアはドラゴンゾンビを単独で突破したと思われる」
何故進み続ける、ベリア。救援はすぐそこまで来ているというのに何故遠のき続ける。立ち止まって救援と合流してくれないのは何故だ。
このままではベリアはいつか死ぬのではないかという恐れがあった。
「ベリアを追いかけよう。だが、危険な植物というのはなんだ?」
「食人植物や混乱草の類だ。燃やしてしまえばなんてことはないが、うっかり気づかずに足を踏み入れると困ったことになる」
「ふうむ。これまでの階層とは大きく違ってきているな」
「それだけダンジョンコアに近いということだ」
アガレスはダンジョンコアまでもう少しで辿り着けることに期待している。
だが、過度の楽観的観測は過ちを呼ぶ。
久隆たちは慎重に備えなければならない。まずは100階層まで突破することを。そして、それからダンジョンコアを目指すことを。
ドラゴンゾンビがいるからと言って、ダンジョンの様相が様変わりしたからと言って、必ずしも終わるとは限らないのだろうから。
「問題はいくつかある」
久隆が告げる。
「まずは人狼。これがどういうものなのか、俺にはさっぱり分からない。分からない以上、対策が立てられない。まずは敵について知ることだ。なるべく魔物に詳しい人間からいろいろと話を聞いておきたい」
「それならばマルコシアに頼むといい。彼女は魔物に詳しい」
「それから植物類について。危険な植物とそうでない植物の区別が付けたい。これも植物に詳しい人間が必要だ」
「ふうむ。確か、イポスが詳しいはずだ」
「最後にドラゴンゾンビをどうやって倒すかだ」
「むむむ。そうだな。ドラゴンゾンビを倒さなければならないのだったな。ドラゴンゾンビを倒すには久隆殿たちだけでは戦力が不足するだろう。我々も加勢する。文字通り、腐ってもドラゴンだ。ドラゴンというのは強大な存在である」
「対策を練らなければならないな」
人狼について、危険な植物について、ドラゴンゾンビについて。分かる範囲のことを情報収集し、備えなければ。準備不足は死を招きかねない。
「まずはマルコシアに話を聞いてくる。イポスは待機しているのか?」
「している。こちらでも呼び止めておこう」
久隆が告げるのに、アガレスが頷いて返した。
「マルコシア」
「なんでしょう、久隆様。もう下に降りるんですか?」
「いや。その前に確認しておきたいことがある。人狼とはどのような魔物だ?」
久隆はそう尋ねた。
「人狼はですね。言われているほど人には似てません。頭はオオカミだし、両手は鋼鉄の盾すら寸断できるほどに巨大化していますし。けど、2足歩行形態で戦います。移動は四足歩行ですけれど。ああ。弱点とかですよね。炎に弱いです。炎をすごく怖がります。けど、近接戦闘はかなり危険です。奴らは魔族と人間の急所を知り尽くしています。致命傷を負わせる一撃を、狙って繰り出してきます」
「かなり速度が速いと聞いたが」
「はい。速度は野生のオオカミのそれです。けど、持久力はありません。長時間の戦闘になると疲弊し始めて、攻撃を凌いでいる限り、相手が先に倒れます」
「ふうむ。興味深い生き物だな」
「魔物ですよ。お役に立てましたか?」
「ああ。大いに役立った」
人狼ついてのイメージはある程度固まった。
次は植物についてだ。
「イポス。アガレスから話は聞いているか?」
久隆はイポスに話しかける。
「はい。聞いています。植物についてですが、これをどうぞ」
「これは……植物図鑑か」
「ダンジョンに出現する危険な植物にだけ印がつけてあります。どうか久隆様たちでご活用ください」
「しかし、これを俺たちが借りたらお前が困るんじゃないのか?」
「ちゃんと返してくださるって信じてますから」
イポスはそう告げて、羊皮紙でできた本を手渡した。書き込みがいくつもしてあり、本には詳細な植物のデッサン画が乗っている。どこをどうすれば危険なのか記してあった。イポスから託された本を久隆はしっかりと目を通す。
「ありがとう。必ず返す」
「ええ。生きて100階層でお会いしましょう」
イポスはもう久隆が生き延びることに疑問を持っていなかった。
そう、誰もが必ず久隆たちは生還すると思っている。どんなに危険な状況からだろうと脱出できると信じている。
それはもはや一種の信仰ですらあった。
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