休息と挑戦への熱意
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──休息と挑戦への熱意
久隆たちは90階層の偵察を終え、89階層に戻ってきた。
「やるべきことが分かった。だが、今は体力を回復することが優先だ。一度80階層に戻るぞ。攻略はそれからだ」
「むー。いけるのね」
「ダメだ。絶対に万全と言える状況でなければ仕掛けない」
久隆は慎重だった。何せ、エリアボスに挑むのだ。準備は万端にしておきたい。
少しの疲労も許されない。戦闘がどれだけ続くかも、相手がどれだけ粘るかも分からないのだから。
戦闘が長期化したときに疲労していて、途中で戦闘不能になれば、全員がリスクを負う。それだけは避けなければならないのだ。
「さあ、80階層に戻って飯を食って、ひと眠りしたら挑むぞ」
「ぶー。分かったの」
レヴィアは渋々と同意して、80階層に戻っていく。
「おお。久隆殿。90階層はどうなった?」
80階層ではアガレスたちが出迎えてくれた。
「今のところは偵察だけだ。本格的に仕掛けるのは休息を取ってからになる。相手が相手である以上、少しの体調不良も許されない。ちゃんとした体力を整え、それから行動に移りたい。分かってくれるな?」
「もちろんだ。我々に何か手伝えることは?」
アガレスにそう聞かれて、久隆はアガレスたちを頼るという選択肢を考えていなかったことにようやく気づいた。
「囮になる兵士が数名と魔法攻撃を叩き込む魔法使いが数名。参加出来たら参加してほしい。相手は巨人だ。魔法もどれほど通じるか分からない」
「うむ。それにサイクロプスは魔法に耐性を持つというしな」
それは初耳だと久隆は思った。
だとすると、魔法を打撃力としたのは間違いだったかと思う。
「ああ。もちろん、全く通用しないということはないぞ。だが、仕留めるまでにはかなりの魔法を行使しなければならないだろう。だが、我々が手を貸せば、久隆殿の捜索班も強化され、確実にサイクロプスを打ち倒せるだろう」
「そう願いたいな」
レヴィアたちの魔法をフルフルの付呪で強化すれば、倒せないことはないかと久隆は考える。最悪の場合、魔法に対する付呪の重ね掛けも考えるべきだろう。
フルフルの負担は増えるが耐えてほしいと久隆は祈った。
「では、私は作戦参加者を募ろう。久隆殿はここで休息を?」
「そのつもりだ。迷惑か?」
「とんでもない。久隆殿たちに確保してもらった拠点だ。自由に使ってほしい」
アガレスはそう告げた。
久隆たちはアガレスの許可も取れたので、80階層で休息の準備に入る。マットを敷き、寝る準備を整え、それから災害非常食を加熱して、食事にする。
「カレーはやっぱり美味しいのね!」
「本当にカレーが好きだな」
レヴィアはカレーの味に満足していた。
「でも、レヴィアは久隆が作ってくれるカレーの方が好きなの」
「嬉しいことを言ってくれるな」
男料理でも美味しいと言ってくれるならありがたい限りだ。
「サイクロプスを倒したら焼肉に行く?」
「行ってもいいぞ。お祝いだからな」
「やったのね!」
レヴィアたちにとっては地球は美味しいものに溢れた土地なのだろう。
「さて、食ったら休め。サイクロプス戦に備えるんだ」
「分かったの。ふわあ……」
レヴィアは欠伸をして、マットの上に横になった。
久隆とフォルネウスはレヴィアたちから少し離れた位置に敷いたマットに横になる。
いつでも眠れるのは兵士として必須の技能だ。砲撃が鳴り響いていようと、眠れるときに寝ておけ。次はいつ休めるのか分らないのだから。それが兵士というものだった。
久隆はすぐに眠りに落ち、体を休める。人工筋肉には体内から栄養素が供給され、疲労の原因となる物質は分解されるか、中和される。それによって疲れは癒される。
久隆は人工筋肉の疲労を感じない。人工筋肉はナノマシンで知覚するように結びついているだけで、ナノマシンは疲労という情報を脳にあるナノマシンに伝えない。だから、突然動けなくなる、などということもあり得るのだ。
もっとも、人工筋肉内にいるナノマシンは疲労を中和するように働きかけるので、滅多なことでは疲労によって久隆やサクラが動けなくなることはない。これは現在の強化外骨格やアーマードスーツでも使用されている技術である。
久隆が眠りに落ちてからどれほど経っただろうか、彼の肩をゆする感覚が伝わる。
「どうした?」
「久隆、久隆。サイクロプスは負傷していた?」
久隆を起こしたのはレヴィアだった。
「どうしてそんなことが気になるんだ?」
「負傷していたならベリアが通った後なの。でも、そうでないなら、ベリアは……」
レヴィアががっくりと肩を落とす。
「安心しろ。ベリアの死体はなかった。魔族の死体もなかった。サイクロプスに殺された魔族は存在しない。ベリアも無事のはずだ」
「そうなの?」
「ああ。そうだ」
久隆は胸が痛むが、レヴィアに嘘をつかざるを得なかった。
階層内を全て探索したわけではない。魔族の死体はあったかもしれない。だが、腐臭がしなかったことは確かだ。あそこには恐らく魔族の死体はない。恐らく。
レヴィアには希望を持ってもらわなければならない。サイクロプス戦では彼女の活躍に大きな期待が持たれているのだから。
「ほら、休んでおけ。体力が回復してないとサイクロプスは倒せないぞ」
「分かったの!」
レヴィアはそう告げて再び眠った。
久隆はぼんやりと作戦のことを考えていた。
発炎筒とダクトテープはまだ持っている。あの薄暗い中でもサイクロプスを照らし出すのに十分な数はある。
問題はどれほどサイクロプスに魔法抵抗があるのかどうかだ。
魔法抵抗が高ければ、レヴィアたちは何度も攻撃を繰り返さなくてはならない。それはレヴィアたちの消耗を意味する。
消耗が酷ければ、フルフルのときのようになってしまうのではないか?
そういう思いが久隆の中にはあった。
あのような失敗はもう犯したくはない。そう思っても現実が厳しければ、同じことの繰り返しになってしまうことは避けられない。サイクロプスに魔法が通じにくいならば、久隆はどうするべきなのだ?
久隆は自分にそう問いかけ続け、眠りについた。
考えても答えは出ない。現場の思い切った判断こそが状況を変える可能性があった。
アドリブでどうにかする。前線指揮官には時にはそうしたことが求められる。戦闘計画に囚われず、即興で作戦を組み立てなおすことが。
もちろん、そういう計画が破綻しやすいのは言うまでもない。
だが、時として事前に立てた戦闘計画より大きな成果を生みこともある。
もはや、ギャンブルの部類だ。軍人は常にギャンブルをしているようなものだが、それをポーカーフェイスだけでどうにか切り抜けようとしているようなものだ。
何とかなることを久隆はこのダンジョンを見守っている誰かに祈った。
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