翼竜の寝床
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──翼竜の寝床
久隆とサクラは80階層の階段を下る。
まだワイバーンの姿は見えない。だが、偵察報告にあった通りに階層そのものは明々としている。他の階層と比較しても明るい。
「見えるか?」
「いえ。何も」
「ふうむ」
階段は螺旋階段となっており、手すりはない。間違えれば地上まで真っ逆さまだ。
「いた。目標視認」
久隆が指さす。
広げた翼の大きさは8メートルほど。頭から尻尾の先端までは15メートルほどの翼の生えた爬虫類が地上を闊歩していた。相手は久隆たちに気づいた様子はない。
「どの程度の防御力なのかが知りたいな。サクラ、狙えるか?」
「ええ。狙えます」
「試してみてくれ。その後、速やかに離脱だ」
「了解」
久隆の指示でサクラが地上のワイバーンを狙う。
狙いは頭部ではなく、狙いやすい胴体。動目標に対して無理やり頭部を狙うのはあまり得策とは言えない。胴体でも矢が刺されば打撃を受ける。銃弾でも腹部銃創は致命的だ。もっとも、相手が薬物を使用している場合は腹部を撃たれても反撃してくることがあるので、久隆たちは頭を狙うように指導されてきた。
東南アジアの民兵たちはそろいもそろって薬物とセットだったからだ。
「狙撃可能」
「撃て」
「了解」
サクラの放った矢がワイバーン目指して突き進んでいき、ワイバーンを背中から貫く。ワイバーンは悲鳴を上げて、首をもたげた。
「いけるな」
「ええ。攻撃は通るようです」
「それが分かれば十分だ。撤収」
久隆たちは逃げるように階段を駆け上っていく。
ワイバーンの方は自分に攻撃を加えてきた存在に気づいたのか、翼を広げ、それをはばたかせて、久隆たちを追いかける。
「速度はかなり出ているな。厄介な」
久隆たちはそれでも逃げ切り、79階層に滑り込むように帰還した。
「久隆! 大丈夫だったの?」
「ああ。大丈夫だ。しかし、ワイバーンというのは面倒な相手だな」
今回は油断しているところを狙えたものの、相手が本気で警戒していたら、あの速度で飛行して襲ってくるのだ。レヴィアたちの魔法を当てるのも難しい。
「ワイバーンもリザードマンと同じく、冷気で動きが鈍る、なんとことはあるか?」
「ありますよ。しかし、リザードマンよりは冷気耐性を持っています。そうですね。レヴィア陛下の新しく覚えられた魔法ならば有効だと思います」
「冷気を相手に叩きつける魔法か」
「ええ。あれならば」
レヴィアの魔法は範囲攻撃として周辺の温度を下げるものがある。その極致に近いものをレヴィアは魔導書から学習している。
それで動きを鈍らせれば、後はサクラの狙撃でもどうにかなるかもしれない。
いや、流石にあの速度が多少鈍った程度ではサクラの矢で致命傷を狙うのは難しいかもしれない。何か、相手の行動をもっと制限する方法が必要だ。久隆はそう考える。
「相手の攻撃手段は?」
「噛みつきと火炎放射、爪による攻撃ぐらいです」
なるほど。火炎放射だけが脅威だなと久隆は思う。
「レヴィアの魔法と組み合わせで相手を制圧しよう。今回は俺たちだけで勝負できるはずだ。グリフォンとヒポグリフの時と違って相手は1体のみ。いけるはずだ」
「やってやるのね!」
レヴィアは意気込んでいる。
「では、準備のために一度地上に帰るぞ。アガレスにも報告しておかないとな」
べリアが仮に80階層を通過したとして、どのように通過したのだろうかと久隆は考える。レラジェたちのように『姿隠しの外套』を装備しているか。その程度の欺瞞措置でワイバーンは欺けるのか。
それとも攻撃を叩き込んで一時的に撃退したのだろうか。そこまでするなら、完全に撃破して行ってもらいたいものだと久隆は心の中で愚痴る。
いずれにせよ、べリアは久隆たちよりも遥かに先に進んでいるとみていい。
どうしてそこまで単独行動をやろうと考えたかは謎だが、べリアは他者を頼ることなく、数名で地下に潜り続けている。
補給はどうなっている? 魔力に限りはないのか?
謎だ。べリアは何かしらの方法を取っているとしか分からない。
一度、アガレスにも相談してみるべきかもしれないと思いつつ、久隆たちは70階層へと戻ってきた。70階層では食料の管理や魔力回復ポーションの作成などが淡々と行われている。地上までのルートを開拓する部隊も今は休みのようだ。
「アガレス。ワイバーンを確認した」
「おお。それは。80階層までの道のりができたということだな?」
「その通りだ。80階層までの道のりは確保した。問題はワイバーンそのものだ」
「ワイバーンか。協力できることは?」
「今回は俺たちだけでも大丈夫だと思われる。下手に人数を動員して、敵の注意を引きすぎるというのも困る。ただ、回復魔法使いは79階層に待機させておいてくれ」
「分かった。手配しよう」
「それからべリアについてだが」
「何かわかったことが?」
「いや。聞きたいことがある。彼女はどうしてこうも深層まで潜れるんだ? 仲間は2名だけだと聞いているぞ」
「うむ。べリアの魔法は他のものたちよりも遥かに強力だし、レラジェたちのような魔道具も整えている。それが要因であろうよ」
「つまり、レラジェたちもやろうと思えば、もっと深層まで潜れるわけか?」
「いや。それは難しいだろう。レラジェたちは魔法が使えると言っても限定的だ。べリアのようにはいかない。強力な敵を退けなければならなくなったときには行き詰まる。アラクネクイーンのときのように」
「そうだな……」
アラクネクイーンのような相手に『姿隠し外套』だけでは戦えない。
「それならば仕方ない。レラジェたちにべリアにそこに留まるように言ってもらおうかと思ったが、やはりこちらが追いつくしかなさそうだ」
「それしか道はないのだろうな……」
アガレスには疲労の色が見える。
ここまで魔族たちを率い続けてきた彼には重圧がある。魔族たちは彼が元の世界に戻してくれると期待している。だが、実際に魔族たちを元の世界に戻せるのはべリアとダンジョンコアだけだ。
終わりの見えない戦いを戦い続け、魔族たちのダンジョン内での精神的支柱であり続けるのはかなりの苦労が伴うはずだ。久隆は彼のような重々しい責任を背負った人間を見てきたことがある。久隆の上官たちは前線指揮官である久隆たちよりも背負っているものが大きく、常に責任を背負わされていた。
「アガレス。まだ希望を失ったわけではない。べリアの死体は見つかっていない。生き残っている可能性も高い。今は迅速に地下に潜り続けることであるし、地上との連絡線を維持し続けることにある。指揮官らしく、堂々としていてくれ」
「すまない、久隆殿。分かってはいるのだが、やはり心が折れそうになる」
上官がこれでは部下も相当な精神的負荷を受けているだろう。
久隆もなるべく迅速にべリアを探すことを決意する。
「必ず上手くいく。上手くいかないはずがない。どうにかしていこう」
「ああ。希望を持とう」
しかし、その希望は地下何階層にいるのだろうか?
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