4階層以降に向けて
本日1回目の更新です。
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──4階層以降に向けて
「それでは生体認証とサインをお願いします」
「これでいいか?」
「毎度どうも!」
久隆たちの待ちわびた物資は朝10時に届いた。
宅配便が荷物をどっさりと置いていき、レヴィアたちが宅配員が帰ったのを見計らって出てきては荷物を眺める。
「これがあればついに10階層以上にいけるのね!」
「ああ。だが、今回はまだだぞ。10階層までの道のりができていないし、10階層にいるマンティコアも撃破していない。まずはマンティコアの撃破だ。エリアボスは復活しないというなら、トラップを一度運び込めば、次からは問題なく通過できる」
「そして、エリアボスの階層にはエリアボスしか出現しないの。物資を置いておいたり、拠点を構えたりするにはもってこいなの!」
「そいつはいいな。ますます10階層を目指す意味が出てきた」
久隆はそう告げると出発の準備を始めた。
まずバックパックに3食分の災害非常食を詰める。それからペットボトルの水も3日分。災害非常食は軽いが、ペットボトルの水はそれなりの重さだ。
それからキャンプなどで使用するマットを丸めて詰め込む。冷たいダンジョンの床で直接眠れば、体は痛むし、体温も奪われて余分なエネルギーを損耗する。本当ならば人数分の寝袋があるといいのだが、久隆の持っている寝袋──両親がアウトドアが趣味だったので、遺産として残されていた──は嵩張る。
「こんなものか」
今日は1日中明日の朝までダンジョンで過ごすことを考えた装備が整った。
「後は罠を抱えていけばいい、と」
罠は重量がある。
丸太に釘を打った古典的なものから、火炎瓶。それら全てを箱に入れ、慎重に運ぶ。丸太は特に危険はないが、火炎瓶は慎重に扱わなければならない。今はガソリンなどは滅多なことでは手に入らず、古いストーブ用の灯油が販売されているだけだが、それでも十分な可燃性物質であり、危険ではないわけではない。
「さて、潜るぞ。まずは4階層までだ」
「荷物、重くないの? レヴィアも手伝うの」
「大丈夫だ。これでも鍛えている。海軍時代は重機関銃だって運んだ」
荷物はずしりとした重さだ。両手両足を義肢にしているとしても背中や腰への負担は大きい。それでも海軍時代にはもっと重い荷物を運んでいた久隆にとってはどうってことはない。彼は除隊してからまだ6か月しか経っていないのだ。
「じゃあ、出発だ」
久隆たちはダンジョンに入る。
レヴィアが言っていたようにダンジョンの魔物は駆逐された状態で復活してはいなかった。再構成は5、6日後だ。
それまでに何としても10階層までたどり着く。
時間的な余裕は分からない。フルフルは交戦を避けて、とにかく上層を目指して進んでいた。それに対して久隆たちはダンジョンを1階層ずつ魔物を壊滅させて、地図を作成しながら進んでいる。
逃げ続ける選択肢で1日につき4、5階層。
これから10階層を目指すのに時間は足りるだろうか?
「よし。ここに罠は置いていく。5階層の魔物を駆逐して、地図が作成出来たらまた取りに来る。地下10階層の手前までは最低でも目指しておきたいところだな。それ以降は疲労が溜まっていたりしなければ、マンティコアに挑む」
「早くアガレスたちと合流したいの」
「ああ。だが、急ぎすぎるのは禁物だ。二次遭難になってしまって意味がない。着実に、安全に進めていこう」
そう告げて久隆はライトをつける。
「じゃあ、5階層だ。行くぞ」
「おー」
久隆を先頭にレヴィアたちが5階層に入る。
まずすることは索敵。
「またデカいのが4、5体。オークは15体ほどか? ゴブリンはいないようだ」
振動と音から久隆がそう判断する。
「ま、また鎧装備のオーガとかじゃないですか……。前回は上手くいきましたけれど、今回も上手くいく保証はないですよ……」
「大丈夫だ。3人が力を合わせればやれる。レヴィア、フルフル。頼むぞ」
フルフルがおどおどすると安心させるように久隆がフルフルの肩を叩いた。
「任せるの」
「さ、さ、最善を尽くします……。で。でも、もし上手くいかなくても私のせいにしないでくださいね?」
レヴィアとフルフルが応える。
「気合十分。探索開始だ」
久隆は敵の気配に気を配りながらも、地図を作成し、時間を測定する。
3つの作業は同時に行わなければならず、そしてどれも重要だ。
地図は不可欠だし、ダンジョンの探索にどれほどの時間がかかるかも重要だ。地上に上がるときにはこの通路を通過するかもしれないのだ。
「デカブツ──オーガだったな。それが3体。金属の音がする。そっちのお仲間じゃなければ、4階層にいた鎧付きのオーガだ。レヴィア、一応確認してくれ」
「分かったの」
レヴィアが鏡を覗き込む。
「間違いないか?」
「間違いないの。いつも通り?」
「ああ」
そして、久隆がフルフルの方を向く。
「フルフル。頼む」
「分かりました。い、いきますよ。『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を』と……。て、敵はやっぱり鎧付きのオーガですか……?」
フルフルが尋ねる。
「それが3体なの。3体全部鎧付きなの」
「え、ええ……。それじゃあ、勝算は……」
レヴィアが覗いた鏡には3体の鎧を纏ったオーガが映っていた。
「勝てる。大丈夫だ。それぞれがそれぞれの役割を果たせば必ず勝てる」
「うう……。それって精神論じゃないですよね……? 体育会系は苦手です……」
フルフルはそう言いながらも次の付呪の準備に入る。
「では、レヴィア」
「行くの!」
オーガとの距離が十分なのを確認してレヴィアが飛び出す。
「『吹き荒れろ、氷の嵐!』」
レヴィアの攻撃の狙いは敵にダメージを与えることではない。攪乱し、抵抗力を低減させるためである。いわゆる攻撃準備射撃というべきものだ。
砲兵が攻撃前に敵に向けて砲撃を叩き込み、そして攻撃部隊が突撃する。
「よくやった、レヴィア!」
攻撃部隊──久隆が突撃する。
「フルフル!」
「は、はい! 『我が敵の守りを蝕み、錆びつかせよ!』」
突撃の際には攻撃部隊を直接支援するための攻撃が加わる。フルフルの付呪によってオーガたちが纏っている鎧が脆くなっていく。
そして、攻撃部隊が敵と交戦。
オーガたちは混乱した状態で今回はハルバードを振り回す。リーチの長さは圧倒的にオーガたちの方が上。その点で久隆は斧と軍用ナイフ、山刀を持っているだけ。
銃火器もない戦争。久隆はそのようなものを経験したことがある。海賊の根城を襲撃した際に、敵を制圧するのに軍用ナイフと山刀だけを使った。何故かと言えば、そこは交戦が許可されている作戦地域外で薬莢や弾丸そのものなどの証拠を残すわけにはいかなかったからだ。
深夜に実行された秘密作戦は成功に終わった。銃弾の一発も放たれることなく、久隆たちは海賊の根城を制圧した。
その時、相手は銃で武装していた。リーチはハルバードなどとは比べ物にならない。海賊の使う整備の行われていないカラシニコフでも距離200メートルからだろうと久隆たちの頭を撃てる。
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