リザードマンの脅威
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──リザードマンの脅威
「お前ら。これから72階層以降に潜る」
70階層の拠点にて久隆が宣言する。
「リザードマンというものが出没するそうですね」
「ああ。大きさはミノタウロス程度。だが、脅威なのはサイズじゃない。その体を覆っている装甲のような鱗だ。サクラなら分かるだろうが、鱗の頑丈さは耐地雷・伏撃防護車両のそれに匹敵する。鱗の材質は不明だが、俺が力任せに斧を叩き込めば割れないことはない。これは俺の方がおかしいのか、分からないが」
「耐地雷・伏撃防護車両? 本当ですか?」
「ああ。全身が覆われている。これまでの重装シリーズのように頭部だけに隙があったりはしない。狙うとすれば眼球か。それぞれの武器の威力の程度は分かるか?」
サクラが信じられないという顔をするのに久隆が捜索班の面子を見渡した。
「レヴィアの魔法の威力? すっごく強いの!」
「レヴィアの魔法はミノタウロスの筋肉も引き裂くほどだからな。少なくともまるで効かないということはないだろう」
「そうなのね! それにリザードマンは冷気に弱いの!」
「ああ。連中、一応爬虫類なのか」
爬虫類は体温の維持が環境に影響される。活動できる体温を維持するためには、それなりの温度の環境にいなくてはならない。冷気は天敵だ。
「マルコシアも魔法も威力としては十分だろう?」
「ど、どうでしょう。リザードマンは冷気に弱い反面、熱に耐性が。爆発の魔法でもリザードマンの鱗が攻撃を防いでしまう可能性がありますので……」
「ふうむ。確かにあれは爆発には強いだろう」
リザードマンの鱗は地雷や即席爆発装置の攻撃に耐えるように作られた耐地雷・伏撃防護車両の装甲に匹敵する頑丈な鱗を有している。耐地雷・伏撃防護車両は並大抵の攻撃には耐える。最新のモデルだと榴弾を束にしたものを車内に詰めた即席爆発装置の中でも厄介な車爆弾の爆発にも耐える。
155ミリ榴弾砲の砲弾の数発の爆発にも耐えるのだ。タフである。
そして、リザードマンの鱗はその最新モデルの耐地雷・伏撃防護車両の装甲強度に相当している。
マルコシアの魔法が無力だとは言わないが、正直なところもう少し爆発のエネルギーの指向性を高めるなりなんなりしなければ、ただ爆発をぶつけても衝撃を鱗に吸収され、リザードマンに致命傷を負わせることはできないかもしれない。衝撃によって攻撃を行う燃料気化爆弾や同種のサーモバリック弾もソフトターゲット──非装甲目標──には効果的だが、ハードターゲット──装甲車やバンカー──には効果が薄い。
また炎による攻撃は全くの無意味だろう。装甲車を炎で焙っても撃破はできない。
リザードマン戦ではマルコシアの魔法をどう使うか、考えなければ。
マルコシアの魔法を全く使わないという選択肢はない。久隆の捜索班は6名しかいないのだ。1名とて無駄な要員とするわけにはいかない。
1発の爆発は鱗によって防がれるかもしれない。だが、2発、3発となれば?
装甲車の装甲は確かに爆発などの衝撃から兵士たちを守り、砲弾の破片などからも兵士たちを守る。だが、何度も殴られて平気でいられるほどタフなのは、もはや装甲車は装甲車でも戦車ぐらいだ。大抵は何らかの内的損傷を負って、走行不能になる。
リザードマンの場合も何発も打撃を加えれば、内臓破裂を引き起こせるかもしれない。少なくともマルコシアの魔法にはミノタウロスの頭部に致命傷を負わせるだけの威力があるのである。
「フォルネウスは鱗の部位を相手にするな。恐らくは無意味だ」
「ええ。そう思います。リザードマンに刃は通らないのが通常です。となると……」
「目だ。目を狙え。それか口に刃を突っ込んでやれ。鱗に覆われていないのはそれぐらいだ。まともに鱗に短剣を振り下ろしてもダメージにはならない。だが、敵に致命傷を負わせられなくとも、敵の攻撃からレヴィアたちを守ることはできるぞ」
「そうですね。戦線を支えることはできそうです」
フォルネウスが頷く。
「サクラ。そのコンパウンドボウはまだ成長しているのか?」
「ええ。もしかすると、かもしれませんが、大口径ライフル弾並みの威力は発揮できるかもしれません。何か証明するためのものがあればいいのですが」
「では、あれを使おう。ワーム戦とケルベロス戦で使った金属の盾。あれの厚さは流石に最新の耐地雷・伏撃防護車両並みとはいかないが、2枚重ねればそれなりだ。試している価値はありそうか?」
「試してみましょう」
いざという場合に備えて、久隆たちは装備とともに70階層に降りている。
あのワーム戦やケルベロス戦で役立った金属の盾も一緒に運んでいる。
「フォルネウス。手伝ってくれ」
「了解」
金属の盾は重さは問題ないが、2枚同時に持つのは難しい。
久隆とフォルネウスは金属の盾を抱えて70階層の壁に重ねて立てかける。
「これでいいか?」
「はい。では、試してみましょう」
サクラはそう告げて矢を番える。
コンパウンドボウに番えられた矢が、人工筋肉と滑車によって通常の弓では発揮できない威力を生み出す。だが、その威力はライフル弾には及ばないはずだった。確かにサクラの所持している狩猟用のコンパウンドボウは獲物を確実に仕留められる威力を有するが、軍用の大口径ライフル弾と比べれば威力は落ちる。
そのはずだった。
サクラがよく的を狙い、矢を放つと、それは2枚の鉄板を完全に貫通し、ダンジョンの壁に深く突き刺さった。
「出ますね、威力」
「驚きだな」
金属の盾は持ち運び可能な重さと厚さしかないが、それでも2枚重ねのそれを完全に貫通するとはライフル弾並みの威力はあるということは証明された。
「これならリザードマンの鱗も抜けるかもしれない。基本は目を狙え。だが、いざという時は心臓や頭を狙ってくれ」
「了解」
生きている武器であるサクラのコンパウンドボウは日々進化し続けているようだ。
「フルフルはリザードマンの鱗を劣化させられるか? ワームのときは無理だったが」
「できます。リザードマンの鱗は付呪の影響を受けますから。ですが、あまり期待はしないでくださいね……。敵を劣化させるか、味方を強化するか。どちらかを選択しながら戦わなければ、私も以前のようなミスは犯したくありませんから……」
「分かっている。劣化でいこう。武器や魔法が通るなら、リザードマンを相手に付呪による身体能力ブーストや魔法の強化は必要ないはずだ」
久隆は敵の弱体化を選ぶ。
リザードマンの防御が崩れるのは一種の火砲による火力支援になる。友軍を強化しても同じような効果は得られるかもしれないが、その場合は友軍を援護する機関銃の支援射撃に留まるだろう。
味方の突撃を支援する機関銃の射撃でバンカーや装甲車と戦うよりも、火力支援でバンカーや装甲車を吹き飛ばし、無防備になった敵を叩く方が味方が満遍なく活躍しやすい。久隆はそう判断した。
それに友軍への支援は管理が大変だ。いつまで付呪の効果が持続するのか、近接と魔法のどちらに付呪を振り分けるのか。そういうことを戦闘中に考えるよりも、一概にリザードマンを弱体化させるという方針で挑んだ方が単純な分、ミスが少ない。
「では、以上だ。ワイバーンをどう始末するかは考えなければならないが、まずは80階層までの道のりを切り開くことだ。ワイバーンは実物を見てからしか考えられないこともあるだろうし、装備の準備も必要になる」
だが、久隆はこの時点である程度、ワイバーン討伐のための方針を決めていた。
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