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戦場への渇望と絶望

本日2回目の更新です。

……………………


 ──戦場への渇望と絶望



 久隆はいつも通りに6時に目を覚ますと朝食の準備を始めた。


 今日は物資が届く。災害非常食が段ボールでどっさりと。ペットボトル入りの水も届く。別に怪しまれない買い物だ。このような田舎では唯一の道路が地すべりなどで閉鎖されると、外部から孤立する。だから、そのようなことに備えるのはおかしくない。


 それに武器や弾薬のような物騒な代物でもないし、追跡IDなしの銃のような非合法な品でもない。普通に届くだろう。


 久隆はパンをトーストし、ベーコンエッグを焼き、バナナを添えた朝食を作ると、続けて今日の弁当の作成に入った。災害非常食を昼食にするのはもったいない。昼は弁当で済ませ、それ以降は災害非常食を使うつもりだった。


「お、おはようございます」


「ん? もう起きたのか? 顔は洗ったか?」


「身支度は整えています。馬鹿にしないでください」


「誰も馬鹿にはしてない」


 フルフルは被害妄想が強すぎると久隆は内心でため息をついた。


「しかし、この家の家事は全てあなたがしているのですか?」


「そうだが。昔と違って便利になった。掃除は自動掃除機がしてくれるし、洗濯機はしわにならないように服を乾かすところまでやってくれるし、台所回りも掃除しやすくなっているし。男所帯でも苦労はしない」


「いや。しかし、家事というのは女性がやるべきなのでは……?」


「そっちの世界の価値観ではそうかもしれないが、こっちの世界では男女問わず家事はするものだ。それに俺には飯を作ってくれるような女性はいない」


「……顔立ちは嫌悪感を催すものでもないですし、金銭感覚がおかしいわけでもなさそうですし、戦闘での腕は一応認めてあげてもいいレベルですし、何がダメなんです?」


「褒めてるのか、貶してるのか分からない問いかけはやめてくれ」


 ウィンナーを焼いて弁当箱に詰めながら久隆が渋い顔をする。


「まあ、原因は子供だろうな。こっちの世界の女性は今、みんな子供を持ちたがる。国が大きく補助してくれるおかげでペット気分で子供が産めるんだ。だが、俺は子供はほしくない。子供とはあまりかかわりあいたくない」


「何故です? レヴィア陛下には普通に接していたではないですか」


 フルフルが首を傾げる。


「俺は軍人だった。戦争にも行った」


 久隆が語る。


「そっちの世界ではどうだったか知らないが、こっちの世界には子供でも大人を殺せる武器があって、それを使う子供兵というのがいた。俺たちの敵はそういう子供兵を使う連中だった。連中は子供兵に爆弾を巻き付け、薬物で恐怖をマヒさせ、人ごみで爆弾を炸裂させるようなことすらする連中だった」


「そ、そんなの卑怯ですよ。恥知らずです!」


「ああ。敵は恥知らずだった。だが、子供兵がそういう使われ方をする以上、俺たちは敵の子供兵を殺さなければならなかった。たくさんの子供兵を俺たちは殺した。まだ学校に通って、心を豊かにする文学や自然を学ぶ理科などの授業を受けているはずの子供たちを殺し続けた。殺しに、殺した。そして時には殺されもした」


 久隆の戦友の内8名は子供兵に殺されている。6名は子供兵に久隆のような後遺症の残る傷を負わされた。戦場と日常の境界が曖昧なゲリラ戦においては、いつ自分たちに死が降りかかるか分からなかった。


「それから帰国して、カウンセリングを受けた。精神を扱う専門家だ。ナノマシンによる精神治療も受けた。それでも俺は子供を見ると、東南アジアの子供兵を思い出す。恐怖ではない。嫌悪感でもない。望郷に似た感情だ。まるで自分が今いるべき場所は今なおあそこなのだというような感情だ。戦場ではない、この平和な祖国で落ち着くまで、かなりの時間を病院で過ごした。それでもまだこの感情は消えない」


 東南アジアの地獄から帰って、平和な日本国の土を踏んだ時から高血圧が続いた。戦場に近いフルダイブ型VRシミュレーションを行っているときは血圧は下がった。あまりにも戦場に適応しすぎたために、平和が受け入れられなくなっていたのだ。


 そして、子供兵は、子供は戦場を連想させた。子供たちが公園で遊んでいるのを見ると、彼らが突然自分たちに向けて手榴弾を投げ込んでくるのではないか、自分の銃はどこだと混乱することがあった。


 戻れるならば戦場に戻りたかった。仲間たちとまた苦難を乗り越えたかった。


 子供を見るとその思いが浮かび、今の自分がとても惨めに思えてしかたなかった。


「俺と付き合っていた女性は子供を望んだ。だが、俺は子供を、自分の子供を見て戦場を連想するなどごめんだと思った。だから、別れた。今後、俺が誰かと付き合うことはないだろう。俺はあの地獄に行ったときからおかしくなってしまったんだ」


「そうですか……」


 少し話しすぎたなと久隆は思った。


 フルフルとは長くても1、2か月程度の関係だろう。そんな短い付き合いの女性に、自分の異常さを語るなどどうかしていると久隆は思う。こういうことはいちいち他人に説明したりしないと久隆は決めていたはずなのだ。


 話しても無駄。話すことに意味を感じない。話してもどうにもならない。


 そういう達観が久隆の頭にはあった。


「よ、よかったら、次から家事は私が手伝いますよ。私もひとり暮らしが長かったので服の畳み方もちゃんとしっていますし、確かにヴェンディダードには料理の風習が廃れて暫く経ちますが、食材の下ごしらえぐらいはできるつもりです」


 フルフルがそう提案するのに久隆は目を見開いてフルフルを見ていた。


「まだ寝ぼけているわけじゃないよな?」


「ち、違います! 私からの好意の申し出です! それに別にあなたのためではないのですよ。陛下が不自由されることのないようにと思いまして、その……」


 フルフルが言葉を濁らせる。


「それならありがたく手伝ってもらおう。洗濯物も増えたからな。料理については教えるから、材料が手に入ったらそっちの世界でも作ってみるといい。バランスのいい食生活ってパンフレットを診療所でもらっているからそれもつけてやる。バランスよく適量を食べて、運動していれば贅沢病とやらにはならんからな」


「う……。そ、そ、そうですね。料理について教えてください。こ、これも陛下のためですからね! 陛下のためですからね!」


「分かってる、分かってる」


 フルフルがこうも動いてくれるとは嬉しいものだ。最初は猜疑心の塊みたいな存在だったのに。少しずつだが、人間という存在に心を開いてくれている。


 これからはより安心して背中を任せられる。


「ふわあ。おはようなの。朝ごはんはできてるの?」


「できてるぞ。食ったら顔洗って、歯磨きな。それから今日は荷物が届くのを待つぞ」


「分かったの」


 レヴィアは椅子に座るとさっそくトーストした食パンにバターを塗って食べ始めた。フルフルも食パンにジャムを塗って食べ始める。


 今度はフレンチトーストなんかも試してみるかと考える久隆だった。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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