指揮官の素質
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──指揮官の素質
指揮官には求められることが多い。
それは当然のことだ。指揮官の判断によって部下の生死が決まるのだ。指揮官はただ勝利を手にすればいいだけではなく、自分が国家から、国民から、兵士たちの家族から預かった部下を生きて祖国に帰れるように努力しなければならない。
偉大なる勝利が得られ、それが大いなる国益になるならば、犠牲はいとわないと言うかもしれない。だが、部下を大勢殺して得た栄光などたかが知れている。
今は2045年。先進国の兵士の価格はインフレが止まらない。だから、軍は民間軍事企業に犠牲を肩代わりさせ、アフガン方式で現地政府軍を使い、空爆や巡航ミサイルによる攻撃などに頼っている。
畑から兵士が取れる時代は終わったのだ。
先進国はどの国も犠牲を恐れる。犠牲による国防への影響と、世論への影響と、選挙への影響を恐れる。だから、先進国の軍隊はドローンを使うし、無人地上車両も使う。とにかく兵士の犠牲を抑えることに尽力する。
国家がそうならば現場指揮官もそうでなければならない。
何より国家が恐れている大局的な影響のみならず、指揮官と部下は信頼し合える関係でなくてはならい。部下を犠牲にするような指揮官の命令には兵士は消極的になるし、逆に兵士たちを上手く生かす指揮官は信頼され、さらなる成功に繋がる。
人と人。魔族と魔族。どちらの事情も同じだと久隆は思っている。
部下が安心して命令に従える指揮官でなければ、指揮官の素質はない。
「バルバトス。これから62階層に潜る。最初はお前が指揮を執ってみてくれ」
「自分がですか? しかし……」
「確かめたい。お前がどれほどの素質を持っているかを」
久隆がバルバトスの肩に手を乗せてそう告げる。
「分かりました。指揮を執ります」
「安心しろ。いざとなったら俺を置いて逃げればいい」
「そんなことは……」
「自慢ではないが重装ミノタウロスのモンスターハウスを単騎で突破したんだ。無理な時は頼っていい。だが、頼りすぎるな。自分たちでどこまでできるかだ。そして、俺のことも部下としてこき使ってくれ」
「りょ、了解!」
そして久隆たちは62階層への階段を下り始めた。
「さて、お手並み拝見だ」
久隆はバルバトスを見る。
「まずは索敵を。戦闘は避けて、偵察部隊の情報を基にこの階層の魔物を確認する」
バルバトスたちは久隆のように音と振動だけで魔物の数や位置を把握できない。なので、自分たちの目で確かめるしかないのだ。
「静かに行動するんだぞ。俺が先頭をいく」
バルバトスはそう告げて足音を立てないようにしながら偵察部隊の地図と現在地を確認しつつ、適切な偵察を実施する。敵に気づかれず、敵の数と装備を確認し、そして気づかれぬように離脱していく。
偵察は入念に行われ、この階層の重装ミノタウロスの数と装備が判明した。
「重装ミノタウロスは16体。装備はハルバード。この場合はどうするべきか……」
久隆はバルバトスが考え込む様子をしっかりと観察していた。
「基本は重装ミノタウロスを前衛で押さえ、そして後衛が魔法攻撃で叩く。とすると、戦う場所として最適なのは……」
バルバトスが地図を真剣に見つめる。
「この廊下だ。61階層への階段までの一本道で、挟み込まれる心配はない」
久隆はバルバトスが最適解を出したことで満足した。
だが、問題はここからどう部下の信頼を得るかだ。指揮官としてそこまでできなければ、まだ指揮官の素質があるとは言えない。
作戦を的確に説明し、部下に作戦を指示し、そして部下たちがそれに納得するかだ。
「みんな、来てくれ」
バルバトスが告げる。
「これから重装ミノタウロスを迎え撃つ。重装ミノタウロス戦の基本は前衛が後衛をしっかりと守り、後衛は魔法でダメージを与え続けることだ。そのためには挟み撃ちにされることは避けなければならない。よって、この位置で迎撃したい」
「ここなら背後からは襲われませんね」
「そうだ。それが重要だと思う」
バルバトスはそう告げて全員を見渡す。
「納得してくれるか?」
そして、そう尋ねた。
「もちろんです。指揮官はいつも上手くやってたじゃないですか。信頼しますよ」
「ええ。あなたの立てた作戦なら納得できます」
どうやら部下の信頼は獲得しているようである。
「では、この作戦で行こう。久隆様はどう思われますか?」
「いざという場合を考えておくべきだな。前衛に負傷者が出たりなどして突破された場合の対応策。だが、この編成なら柔軟に運用できるだろう。戦闘計画としては合格点だ。さあ、始めよう、バルバトス」
「了解」
まずはミノタウロスたちを誘導することから始める。
大声で呼び寄せてもいいのだが、バルバトスは奇襲で損害を与えておきたいと攻撃によって誘導することにした。久隆もバルバトスの判断には口を挟まなかった。
部下は上官の命令に従う。それは軍隊での鉄則だ。もちろん、上官が致命的な過ちを犯していた場合に指摘しないのは自分たちの命を投げ出すような愚かな行為だ。命に危険があるならば指摘する。
だが、基本的に上官の命令は絶対だ。部下が上官の命令に意見し、上官がころころと作戦を変えるようでは、軍隊は機能しない。部下は作戦をころころと変える指揮官は信頼できないと思うし、指揮官の優柔不断は失敗に繋がる。
これと決めたら、部下に納得させ、決行する。
軍隊も規模が大きくなれば参謀たちが現れ、指揮官の頭脳を補佐するが、決断するのはあくまで指揮官だ。そして、参謀のいない前線指揮官においては自分の能力と意志で作戦を進めなくてはならない。
部下との信頼は大切だ。部下は指揮官を信頼し、指揮官は部下を信頼する。その上で戦闘計画は進められるのである。
「このミノタウロスにしよう。撃破にはこだわらない。魔法を叩き込んだら、即座に迎撃予定地点に移動する。いいな?」
「了解です」
その点、バルバトスは部下と信頼し合っている。問題ない。
バルバトスたちは慎重に重装ミノタウロスを魔法の射程内に収める。
「今だっ!」
そして、号令は下された。
「『吹き荒れろ、氷の嵐!』」
「『削り取れ、砂の嵐!』」
「『焼き尽くせ、炎の旋風!』
重装ミノタウロスに強力な魔法が叩き込まれた。
重装ミノタウロスたちは混乱し、対応が遅れる。
その隙にバルバトスたちは移動を開始した。
立ち直った重装ミノタウロスたちはバルバトスたちの後を追い、撃撃予定地点まで誘導される。そして、迎撃予定地点で戦闘が始まった。
「前衛は後衛を守り切れ! 相手を殺すのは十分に魔法攻撃が叩き込まれてからでいいからな! さあ、やるぞ!」
「了解!」
作戦の趣旨を徹底し、部下に無駄なことはさせない。
いい指揮官だと久隆は思った。
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