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頑張っている臆病者

……………………


 ──頑張っている臆病者



 重装ミノタウロスは勢いよく突撃してくる。


 その突撃をまともに受ければ、軍用装甲車ですら止められただろう。


 だが、今の久隆には大したものではない。


 殺す。殺す。殺す。とにかく殺して生き残る。


 久隆の頭には戦闘計画なるものはもはや存在せず、目の前の敵をいかに殺すかだけに集中していた。殺し続け、屠り続け、仕留め続ける。


 重装ミノタウロスの頭は何度も、何度も叩き割られ、そのたびに重装ミノタウロスが果てる。長剣の攻撃は久隆を掠めることすら叶わず、受け流されるか、弾かれるかして、次の瞬間には武器を奪われ、奪われた武器が自分の頭を貫いてしまう。


 重装ミノタウロス40体以上が久隆ひとりに襲い掛かっているというのに、重装ミノタウロスは久隆に一太刀も浴びせられない。何の損傷も負わせられない。


 それでも重装ミノタウロスは突撃を繰り返す。


 レミングの自殺は作り話だったが、ダンジョンの魔物の突撃は現実だ。


 前の仲間が倒れていようと、どれだけ悲惨な死を遂げていようと、重装ミノタウロスたちは恐れることなく突撃を繰り返す。突撃し、突撃し、突撃し、そして殺される。


 まるで第二次世界大戦中にアメリカ軍の陣地に万歳突撃する旧大日本帝国軍のようだが、久隆は機関銃で武装していなければ、キャニスター弾を搭載した37ミリ砲も保有していないし、迫撃砲の援護もない。


 この場合、無謀なことをしているのは久隆の方だ。


 久隆は戦車1台でノルマンディーに上陸したイギリス軍を相手に暴れまわったミハエル・ヴィットマンのように単騎で暴れまわっていた。しかし、ヴィットマンですら戦闘計画は持っていただろうが、久隆の場合は何も持っていない。


 突如として現れ、暴れまわる化け物。


 もはや、そんなものは戦場に存在しない。化け物的な偉業を成し遂げた人物たちでも、ここまで無謀ではなかった。戦車の装甲に守られているわけでも、空を飛んでいるわけでもない。自分より巨大で強力な化け物を相手に、生身で、小銃もなく斧だけで戦ってここまで持つなど人間の所業ではない。


 さらにはその魔物たちを今や久隆は駆逐しかけているのである。


 重装ミノタウロスが雄叫びを上げ、久隆に突撃する。


 もはや40体以上いた重装ミノタウロスは6体になっていた。


 久隆は重装ミノタウロスの突撃を受け止め、弾き返し、斧で反撃する。


 思わず間違って重装ミノタウロスの首を狙ってしまった久隆だったが、久隆の斧は重装ミノタウロスの鎧を切断し、重装ミノタウロスの首を刎ね飛ばした。


「行けるな」


 久隆はもはや重装ミノタウロスの鎧は脆いと判断した。


 久隆は大胆に重装ミノタウロスの首を狙っていく。


 アーサー王一行の行く手に立ちふさがった狂暴なウサギのように、久隆は首を刎ね続ける。自分より巨大な敵の鎧を破断し、首を裂く。重装ミノタウロスにできることはもはや何もなく、最後の1体は突撃することすらできず、自分から襲い掛かってきた久隆によって首を裂かれて死亡した。


 モンスターハウスだった場所には、今や大量の金貨と宝石が重装ミノタウロスの大量の死体の代わりに残されているのみである。


「片付いた、か……?」


 久隆は再度索敵を行うが、もはや何が移動している音は掴めなかった。


「ラル。大丈夫か?」


「お兄さんこそ大丈夫なの? 凄い音がしてたよ……?」


「俺は平気だ。傷ひとつない」


 久隆はそう告げてラルを引き上げた。


「わあ……。凄い数の魔物がいたんじゃないの?」


「いたな。だが、今はもういない」


 久隆はそう告げてマットを敷いた。


「疲れただろう。少し休め。俺も休む」


「うん」


 久隆は宝石や金貨の落ちていない場所を探して、マットを敷いた。


 そして、ラルと一緒にそこで横になる。


「チョコレート食うか?」


「お兄さんが食べなよ。お兄さんは戦ったんだから」


「お前だって戦ってきただろう。ここまでよく大人しくついてこれたな」


「ボクだって危険な目には遭いたくないからね」


 ラルはそう告げてにししと笑い、久隆の方を向いた。


「お兄さん。怖くはなかった? ここにはお兄さんとボクだけ。お兄さんが死ねば、ボクも死ぬ。誰もお兄さんの死を記録しない。誰も果敢な戦いを言い伝えない。全てがここで終わってしまうかもしれなかった。それでも怖くはなかった?」


「怖くはないと言えば嘘になる。だが、恐怖は乗り越えるものだ。恐怖を殺し、敵を殺し、生き残って勝利を勝ち取る。軍人としては当り前のことだ。元軍人だがな」


 久隆は天井を見上げてそう告げた。


「それに俺は残すものがなくてもいい。誰かを守れればそれでいい。そいつが俺のことを忘れてしまっても、誰かに話して聞かせなくても、守れたという事実があればそれでいい。俺はあまりに多くのものを守れなかったからな」


 部下たち。現地政府軍の若い兵士たち。民兵に拉致された子供兵。自分の両手足。


 久隆は多くを失ってきた。


 だからこそ、今は守れるものを守りたい。


 レヴィアたちのことも、ラルのことも。


「ボクは生きてここから出れたら、お兄さんのことを語り継ぐよ。勇敢なお兄さんのことを。あまりにも勇敢で、あまりにも強いお兄さんのことを」


「やめてくれ。俺は英雄譚の登場人物にはなりたくない。英雄譚の登場人物というのは得てして、どうしようもない連中だ。正気の沙汰ではないことをやらかして、褒めたたえられるなんてどうかしてる。軍の教本に英雄は登場しない。登場するのは臆病者の生き残りだ。臆病者でありながら、任務を果たし、祖国に貢献した連中だ」


「お兄さんはその正気の沙汰ではないことをやらかしたんだよ」


「そうかもな。だから、褒めたたえてほしくはない。こういう状況に陥らないことの方を語り継いでもらいたい。同じ目に遭う人間がでないように」


 久隆は英雄は好きではなかった。英雄は死ぬことで完成する。戦場で死ねば最高だ。いや、戦場で死ななければならない。生きて平和な世界を生きるには英雄は危険な存在だ。社会に混じり込んだ異物だ。


 久隆が理想とするのは任務を果たす臆病者。生き残り、経験を語り継ぎ、生き残る術を授け続けてくれる臆病者こそが理想だった。


 久隆は英雄などにはなりたくなかった。


 英雄とて所詮は人殺しなのだ。


「お兄さんは何かの負い目を感じているの?」


「何故そう思う?」


「普通の人は英雄になりたいと思うものだよ。お兄さんのように勇敢に戦い、勝利して讃えられることを望むものだよ。それなのにお兄さんはそれを望まないの?」


「望まない。だが、負い目か。そうだな。負い目はあるな」


 東南アジアで殺してきた子供兵。久隆が頭にダブルタップ(二連射)を叩き込んで確実に殺し、確実にその将来を奪い続けてきた子供兵。子供兵殺しが英雄を名乗っていいものなのか。仕方なかった。やむを得なかった。そういっても自分たちはまだ小学校に通っているような子供たちを殺してきたのだ。何も感じずに。


 東南アジアの現地政府軍の若い兵士たちだってそうだ。若くして徴兵され、戦争に巻き込まれた可哀そうな連中。戦争さえなければ死ぬこともなかっただろうに、日本政府と日本海軍の戦略が彼らを矢面に立たせた。彼らは日本の国益のために、日本という外国の事情で若くして死んでいった。


 久隆の部下たち。久隆のミスで死んだ者もいるのではないかと久隆は思う。久隆は完璧な指揮官ではなかった。指揮官としては平均的な素質の持ち主だった。確かに昇進するために勉強を重ねたが、それが部下の生死を左右するほどのものだったとは思えない。


 負い目は多くある。だから、久隆は英雄だと誇れない。


「お兄さんは凄い人だよ。誰かに頑張ったねって褒めてもらった?」


「ああ。海軍は勲章をくれた」


「そうか。それで満足してる?」


「そこまで自己承認欲求には飢えてないつもりだ。ただ、居場所が欲しかっただけだ」


 ラルは起き上がると久隆を見下ろした。


「お兄さんは頑張ってる。よく頑張ったねって褒めてもらわなきゃ。だから、ボクが褒めてあげる。お兄さん、頑張ってくれてありがとう。お兄さんは立派だよ。これからもしっかりと頑張ってね」


「ありがとう」


 久隆はラルが久隆の頭を撫でるのにそう返しただけだった。


……………………

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[気になる点] ラルちゃんは魔王様より幼いはず、なのにこの言動は…それに、現実的でない成果… 久隆さん、本当に今移d いや、この先の展開を楽しみにしてます(・∀・;)
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