三つ首の番犬の倒し方
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──三つ首の番犬の倒し方
「アガレスから情報を得た」
久隆が家のダイニングでそう語る。
「50階層以降は重装ミノタウロス、オークロード、オークシャーマンが登場するようだ。まだまだ先は長いということになる。それからエリアボスはケルベロス。それについてはマルコシアが詳しいだろう」
久隆がマルコシアに話を振る。
「そうですね。通称地獄の番犬。3つの頭がそれぞれ魔法を詠唱し攻撃を繰り出してきます。通常ですと右から水、火、風の属性魔法を行使してくるはずです」
「対処方法は?」
「ケルベロスも魔力回復に時間を有します。魔力そのものはダンジョンから半自動的に供給され続けるものの、体内に蓄積できる量には限りがあります。一気に魔力を放出し切った場合、魔力を蓄積するのに再び時間が必要です。それに加えて、フルフルの時と同じように魔力を解放しきって再びチャージというのを繰り返すと疲弊します」
「そこを叩けばいいわけだな」
「そういうことです。それ以外はひたすらに回避と防御に専念。ただし、超深度ダンジョンの60階層のエリアボスともなると、相当強力な魔法攻撃が放たれると思われます。フロアの地図が完成していれば防御に使えそうなものも分かったのでしょうが、それもないとなると……」
「ワーム戦のように盾を使うことは?」
「ありです。あの盾ならばある程度の攻撃は防げるかと」
「よし。希望が見えてきたな」
ワーム討伐に使用した盾は今は50階層に置かれている。
「けど、どうなんでしょうね。ワームと違ってケルベロスは方向転換が容易ですし」
「かと言って盾ひとつだけではレヴィア陛下たちを守れません」
問題は遮蔽物の少なさとケルベロスの機動力だった。
ワームは長い体のせいで方向転換が不可能に近かったが、ケルベロスにそのような弱点はない。自由自在に方向転換できるだろう。
前方を押さえるのに盾1枚を使ってしまうと、後方を守る盾が不足する。
「何を言っている。別に何から何までワーム戦と同じにする必要はないだろう。どっしりと2枚の盾を構え、後方にはレヴィアたち。レヴィアたちが魔法を浴びせかけ、俺とフォルネウスは踏ん張る。それだけだ」
「けど、ある程度火力を分散しないと単純計算でワーム3体分の火力ですよ?」
「それは……そうだな……」
3つの頭がそれぞれ魔法を駆使するならば、魔法の矛先をずらさないと、叩きのめされてしまう。いつもは久隆たちは魔物を魔法で袋叩きにしているが、今度は久隆たちが魔法で袋叩きにされる可能性があるのだ。
「ウァレフォルに協力してもらえないか頼んでみるか……?」
そのような発想が久隆の頭の中に浮かんだ。
しかし、ウァレフォルとの合同作戦は一度きりだ。そして、今回の60階層は廊下の幅はやや広いだけで迷路状になっている。狭い空間で意志疎通が不確かなふたつの部隊が行動するとなるといろいろとぞっとする。
「ウァレフォルなら協力してくれますよ、久隆様」
「そうだな。しかし、もう少しばかり合同作戦を経験してから出ないと連携は難しいぞ。50階層以降の攻略に付き合ってもらうしか手はないな」
ウァレフォルは決して無能な騎士ではない。優秀と言っていい。
だが、優秀な兵士だからと言って、必ずしも久隆たちと連携できるとは限らない。軍隊における連携の難しさは以前にも語った通りだ。
相互の作戦への理解。意志疎通の徹底。戦術の共有。それぞれの役割分担。統一された指揮系統。エトセトラ、エトセトラ。
日本国防四軍はいつも最大のパートナーであるアメリカ軍と訓練を繰り返してその点を徹底していたし、オーストラリア軍やインド軍とも合同作戦を行うことがあった。その点で地球において合同作戦において問題が生じたのは東南アジアでの戦争だけだ。
東南アジア諸国との合同演習はほとんど行われてこなかった。問題が生じたのも当然だと言える。いきなり本番をやろうとして、上手くいく演劇はないのだ。プロットを理解し、役者たちは役割を理解し、実際に動いてみて、監督がそれを指揮しなければ成功するはずがないのだ。
「今度、潜った時にウァレフォルに話を聞いてみよう。それから重装ミノタウロス、オークロード、オークシャーマンについては話が聞きたい。マルコシア、頼めるか?」
「はい。重装ミノタウロスはとある超深度ダンジョンの中層よりやや下で発見されたものです。だからと言って、それが目安になるわけではないですが……。ともあれ、重装ミノタウロスはかなりの脅威です。鎧はとても強固で、それでいて機動力はほぼ落ちていません。ミノタウロスの強化されたものが存在すると言っていいでしょう」
「首もがっちり守られているか?」
「そこまでは。ただ、遭遇した部隊は顔面を潰したと報告しています」
「顔面を潰す、か」
首は固くて叩けなかった。だから頭を潰したと取るべきか。
「フルフルの付呪があっても難しいか?」
「分かりません。けど、フルフルの負担がこれ以上増えるのは……」
「ああ。そうだな」
フルフルにはいざという時には付呪の重ね掛けをしてもらわなければならない。場合によってはレヴィアたちへの付呪も頼まなければ。そんな彼女に防具劣化の付呪まで行わせるのは無茶振りが過ぎると思われた。
「大丈夫ですよ。私ならなんとかなりますから。あれからレベルアップして魔力も増えたんですからね」
「レベルアップって……。フルフル、もしかして……」
「ええ。限界突破です。レベル11になりました」
「凄い、凄い、凄い! 立派になったじゃん!」
「えへへ。やはり経験を積むのが大事なんでしょうね」
フルフルは照れたように後頭部を掻く。
「だが、だからと言ってフルフルに無茶はさせられないぞ。フルフルは背負い込みすぎだ。そして、疲労を隠してしまう。部下のコンディションを把握するのも指揮官の役目だ。疲れたときは疲れたと言ってくれ」
「は、はい……」
「責めているわけではないんだ。ただ、こちらとしてもどこまでお前を頼っていいか分からなくなる。疲れたときは素直に疲れたと言ってくれいい。誰もそのことで責めたりはしない。約束する」
「分かりました」
フルフルが自己犠牲の上に勝利を得ようとしている。あるいは弱点をさらけ出せない内気な性格をしている点などについては久隆もよく把握していた。
だが、それでは困るのだ。
疲れたら疲れたと言ってもらわなければ。自分が倒れそうなのに、まだ戦えるという素振りを取るのをやめてもらわなければ。
部下のコンディションを把握し、戦闘計画を立てるのは指揮官の仕事だ。そのためには正確に部下のコンディションを知る必要がある。隠されては困る。
「では、オークロードとオークシャーマンについては?」
「恐らくですが、重装オークと行動を共にしているものと思われます。オークロードはオーク系の魔物全般の戦闘力を増大させ、オークシャーマンは攻撃魔法を使います。この階層までくると敵の魔法攻撃も無視できない脅威です。ですが、ゴブリンシャーマンと違ってオークシャーマンは一発撃つと次を撃つまでかなりの時間がかかります。そこを突けばどうにかなるかと」
「なるほど。魔法対策がますます重要になってくるな。少しばかり装備を強化した方がいいかもしれない。今のままでは不安がある」
久隆はそう告げて民間警備会社が開設している防犯グッズの通販サイトを開いた。
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