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地下でのトレーニング

……………………


 ──地下でのトレーニング



「この中で戦闘時に恐怖を感じない人はいますか?」


 久隆がアガレスとの会談を終えて、帰ろうと思っていたとき、サクラの声が聞こえてきた。サクラの姿を探すとフロアの隅の方で5名ばかりの魔族たちになにやら講義をしているようだった。


「いませんね。しかし、恐怖を感じることで動けなくなった経験のある人は? 恥ずかしからずにどうぞ」


 5名全員が手を上げた。


「それは普通の反応です。我々はあまりの恐怖に準備もなく遭遇すると、脳の処理が追い付かず、フリーズします。それから次に起きるのはアドレナリンが分泌されることによる『戦うか逃げるか』の反応です。兵士である皆さんならば戦うでしょう」


 魔族たちが頷く。


「しかし、戦闘とは1秒の遅れでも命取りになりかねません。脳がフリーズしてから行動するのでは、遅すぎる場合もあります。それをなくさなければなりません。つまりは適度な緊張感を維持するのです」


 サクラが行っていたのは、ナノマシンが投与できない兵士──東南アジアの現地政府軍のようなもの──に対する緊張感のコントロールの訓練だった。


 心臓の鼓動を適切にするための呼吸方法。歩幅で呼吸のリズム感を掴む方法。いきなり敵と遭遇してもすぐさま戦闘に移れる頭の中でのシミュレーションととその訓練方法。それを魔族たちにサクラはレクチャーしていた。


 このような訓練は日本海軍の兵士には不要なものだ。日本国防四軍の兵士は全員がナノマシンの投与を受けている。そして、適度な緊張感を維持したまま、戦闘を行える。だが、この手のナノマシンは精密機械であるからにして安いものではない。


 東南アジアの現地政府軍のほとんどは資金不足から特殊作戦部隊以外の兵士にこの手のナノマシンを投与することができず、昔ながらのやり方で戦わなければならなかった。すなわち、自分の勇気と殺意で敵を殺し、生き残る。


 そのための心理学について日本海軍の士官や下士官たちも講義を受ける。いつでもナノマシンが正常に稼働するとは限らない。ナノマシンがない状況での戦闘も訓練を受けておくのが普通のことであった。


 そして、それを東南アジアの現地政府軍に伝えた。


 適切な緊張感。引き金を引くのを躊躇わない方法。罪悪感の取り除き方。


 日本海軍の現地政府軍に対する軍事教練の任務にはそういうものも含まれていた。いくら銃が撃てるようになっても、いざという時に的に銃口を向けて引き金が引けなければ何の意味もないのだ。


 今、サクラは東南アジアの現地政府軍に対して行ったのと同じことを魔族たちに行っている適度な緊張、適度な緊張、適度な緊張、確かな殺意。


「サクラ。熱心だな」


 講義も一段落したところで久隆がサクラに話しかけた。


「ああ。久隆さん。戦力は少しでも強化された方が望ましいでしょう?」


「それもそうだ。しかし、東南アジアを思い出すな。あのような講義を聞くと」


「我々が訓練を施した兵士たちは生き延びているでしょうか?」


「東南アジアの戦争はまだ続いている。俺にも分からん」


「そうですね」


 サクラも東南アジアのことを夢見ているのだろうか。


 久隆と同じようにまたあそこに戻りたいと思っているのだろうか?


「サクラ。東南アジアの戦争をどう思う?」


「地獄でしたよ。正真正銘の。ですが、どうしてでしょうね。あそこでの記憶は美化されてしまうのです。本当はそんなに美しかったわけでも、やりがいがあったわけでも、楽しかったわけでもないのに、あそこの思い出はいい思い出に分類されているんです。一部の記憶を除いて」


「そうか。俺もだ。俺もたまに東南アジアに戻りたくなる」


「戻りたい、ですか。戻れますよ。民間軍事企業(PMC)は私たちが見てきたように、東南アジアでの現地政府軍に対する軍事教練も引き受けていますから。前線に出るのは無理でも、またかつてのように」


民間軍事企業(PMC)か……」


 第二の人生を始めるのにはまだ遅くない。まだまだ時間はある。


 サクラとともに東南アジアに戻る。これ以上のことがあるだろうか?


「私は久隆さんについていきますよ」


 サクラはにこりと微笑んでそう告げた。


「ありがとう、サクラ」


 久隆たちの50階層での仕事は終わった。


 戻るためにレヴィアたちを探す。


「付呪は重ね掛けできます。それも重ね掛けした付呪は加算ではなく二乗されるのです。5のレベルの騎士に魔力を重ね掛けした場合、一段目の付呪で3足されたものが、重ね掛けされたことで9になるのです。これは大きな戦闘力の増大です」


 フルフルは同じ付呪師と思われる魔法使いたちに重ね掛けについてレクチャーしていた。重ね掛けはそういう仕組みなのかと久隆も納得した。


「フルフル、行くぞ。レヴィアたちを知らないか?」


「レヴィア様たちならば、向こうで騎士たちの慰問を」


「分かった。連れて帰ろう」


 久隆はレヴィアたちを探して50階層を見渡す。


「あそこか」


 久隆たちは多くの騎士たちが集まっている方に向かう。


「レヴィアの新しい魔法でアラクネクイーンは動きがにぶにぶになったのね! そして、魔法を叩き込む! どかーん! それでもアラクネクイーンは倒れないの……! だけど、そこで久隆が現れて、斧でどーんとアラクネクイーンの頭を叩き割ったのね!」


 どうやら50階層で起きた戦闘について語っているらしい。


「でも、敵もしつこいの! アラクネクイーンの体の中からアラクネの群れが現れたのよ。でもそいつらもレヴィアとマルコシアの魔法で一発! レヴィアたちは勝利したの。とても凄い戦いだったのよ?」


「流石です、レヴィア陛下!」


 万雷の拍手が響き渡っている。


「本当に魔族たちから愛されているんだな」


「ええ。レヴィア陛下は魔王。魔王はヴェンディダード統一の証です。かつては部族ごとに分裂していたヴェンディダードを初代魔王が統一してから1200年。魔王はずっと国家の象徴であり、魔族たちの崇拝する竜の代理人でした」


「そうか」


 大変な仕事だと久隆は思う。


 ヴェンディダードの統一の象徴ならば、全ての元部族たちに対等に接しなければならない。そうしなければ統一の象徴は象徴でなくなる。


 レヴィアはあの年齢で、そんな仕事をしているのだ。


 向こうの人間という敵を抱えながらも。


「あ。久隆! 久隆! レヴィアたちの武勇伝を語ってたのよ! 久隆も来るの!」


「遠慮しておく。さあ、地上に戻ろう」


「もー。久隆はノリが悪いのね」


 レヴィアの活動の意味を理解できない久隆ではなかった。


 彼女は騎士たちを元気づけようとしていたのだ。自分たちの活躍を語ることで士気を上げ、着実にダンジョンコアに進んでいることを示すことで戦いに終わりはあるのだということを示そうとしているのだ。


 そのことは分かるが、久隆には協力できない。


「さて、地上に戻ったら今後のことを考えよう」


……………………

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