戦闘準備
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──戦闘準備
通販で注文した品が届いた。
「タクティカルベストは一番小さいのを選んだが、レヴィアにはギリギリだな」
「むー。レヴィアも早く大きくならなきゃいけないのね」
人数分のタクティカルベスト。
フォルネウスを除いて一番小さいサイズのものを選んだが、レヴィアには少しサイズがあっていなかった。だが、動けないというものでもない。
一先ずはこれでよしと久隆はタクティカルベストの装着を終える。
「それから無線機だ。そして、ライト。ライトは指示があるまでつけるな。無線機で余計なお喋りも厳禁だ。マガジンポーチにはポーションを入れるといい」
「おお。便利ですね、これは」
アメリカ軍も使用しているタクティカルベストは銃と同じようにアタッチメントが自分で組み替えられる。全員が左胸の位置に無線機、右胸の位置にライトを装備する。残った部位にはやけくそのようにマガジンポーチを装着し、ありったけの魔力回復ポーションを詰め込んだ。
「どうだ? 防弾チョッキと重ね着になるが、動けるか?」
「動けるの。問題なしなのね」
レヴィアがVサインを送って返す。
「それからバックパックだ。応急処置キットが入っている。これの使い方を名医の朱門先生が特別に教えてくださるからよく聞いておくように」
「畜生。この野郎……」
朱門は今朝がた、もう患者に命の危険はないと言ってしまったばかりに、軍医として応急処置の訓練を任されることになった。
「では、まずキットを広げて──」
朱門は傷口の消毒。局所鎮痛剤の使用方法。包帯による止血とテーピングのやり方など基本的な応急処置について教えていく。レヴィアたちは熱心に話を聞き、しっかりと朱門の話す内容を覚えていった。
「応急処置については以上だ。バックパックには応急処置キットの他に2食分の食料とチョコレートが入っている。チョコレートはおやつじゃないぞ。いざというときのエネルギー源だ。食料は万が一、ダンジョン内でバラバラになった場合の非常用だ。基本的には俺が全員分の食料を運ぶ。だが、俺も死なないという保証はないし、捜索班がダンジョン内でバラバラになる可能性も無きにしも非ずだからな」
ダンジョン内ではもはや何が起きるか分からない。
捜索班は全員で一種類の敵と戦うというのはなくなりつつある。捜索班は部隊を分け、戦うことが多くなってきた。そうであるが故に分断されることを久隆は恐れているのだ。分断され、バラバラになった捜索班がダンジョンの上層と下層に別れる可能性もある。その場合、補給は行えない。
だからこそ、久隆はそれぞれに災害非常食を持たせことにしたのだ。
「重さはそこまでのものではないだろう? 重く感じたら体力不足だ。きっちり鍛えるぞ。ダンジョンは体力がないもののためにサービスはしてくれないからな」
「了解なの」
レヴィアたちがコクコクと頷く。
「さあ、では準備もできた。出発だ。今日はアガレスに会って、50階層より下の情報について聞く。それ以上のことはしない。また偵察部隊が行方不明にでもなっていない限りはな。今度はレラジェたちも用心しているだろう」
久隆はそう告げて、ダンジョンに潜った。
50階層に拠点を移したのはいいが、50階層までたどり着くのが一苦労になった。
久隆は物資を融通して、10階層おきに避難所を設けている。食料と休憩のためのマット、そして魔力回復ポーションが置かれている。魔族たちはダンジョンを掃討する際に、このような避難所を利用して戦うことになる。
何はともあれ50階層。
ここまで来るのに相当な時間を使った。
アラクネクイーンの残していた蜘蛛の糸は綺麗に消え去り、広い空間が広がっている。ここから地上まで掃討するのにも時間がかかるだろうなと久隆は思った。
「アガレス。救助した魔族は命に別状はない。ただ、回復するまで地上で面倒を見る」
「助かる、久隆殿。そなたの優しさには助けられてばかりだ。魔族として、ヴェンディダードの魔族として礼が言いたい」
「気にしないでくれ。俺が勝手にやっていることだ」
久隆は金が目当てでもなかったし、名誉や名声が目当てでもなかった。
ただ、居場所が欲しかっただけだ。自分が必要とされる居場所が。
「それよりもレラジェたちは戻ってきているか?」
「戻ってきている。偵察結果の報告も既に行われた。この資料を」
既に翻訳魔法はかけられているようであり、久隆はそれを読み解けた。
「出没する魔物はミノタウロス。ただし、重装ミノタウロス。他にオークロードやオークシャーマンの存在を確認。54階層までは重装ミノタウロスのみ。55階層からはオークロードやオークシャーマンが混じる。またモンスターハウスは57階層」
オークの上位互換がまだ出没するということはまだまだダンジョンの深部には近づけていないのだろうかと久隆は考える。
だが、ミノタウロスの上位互換が出没している。これはダンジョンを確実に踏破しつつあるということの証明に他ならないのではないだろうか?
分からない。情報が足りない。
「エリアボスは……ケルベロス……。俺が知っているケルベロスは地獄の門を守っている三つ首の化け物なんだが」
「その通りだ。伝承では地獄の門を守ってると言われる。三つ首の怪物で、魔法を巧みに操る。人語を理解するとも言われているが、それについては真偽不明だ。その可能性もあるという話だろう」
「魔法を操るぐらいの知性があれば人語を理解するって理屈か?」
「まあ、そうだ。だが、それならばゴブリンシャーマンだって人語を理解するはずだ」
「全くだな」
今度のエリアボスは魔法を駆使してくる敵。
非常に厄介な相手だ。勝てるかどうかまだ分からない。魔法の脅威は久隆ももはや十二分に知っている。敵に回せば非常に面倒な相手であると。ゴブリンシャーマンはだから、魔法を詠唱する前に可能な限り仕留めてきたのだ。
だが、それがエリアボスともなるとなかなか攻略は難しい。
「しかし、ケルベロスは犬だ。犬ならば嗅覚も発達しているのではないか?」
「まさしく。レラジェたちが十二分な偵察を行えなかった理由はそこにある。姿を隠し、音を消しても臭いでバレるならば偵察は行えない」
「厄介な犬ころだ」
軍用犬は遥か昔からあったものだが、それは非常に合理的だからだ。
主人に忠実。優れた感覚器。攻撃性能。あらゆる点でドローン発明前の世界で、ドローンと同じ役割を果たせるようになっている。
今でも犬は麻薬探知や爆発物探知、侵入者探知などの分野で使用され続けている。犬はただの愛玩動物ではない。人間の戦友でもあるのだ。
久隆は軍用犬に追い回された経験はないので分からないが、サクラは東南アジアで軍用犬──というには訓練されていないが──に追い回された経験があるらしい。犬の優れた嗅覚は熱光学迷彩するら無効化するのだ。
そのような相手ならば、何かしらの対策は用意しておくべきだろう。
防犯グッズにある唐辛子スプレーでも効果はあるかもしれない。それかもっと刺激臭を発して、相手の嗅覚を潰すもの。それが必要だ。
「ケルベロスについてはこちらでも準備する。まあ、あまり期待せず待っていてくれ」
久隆はそう告げてアガレスに別れを告げた。
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