緊急離脱
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──緊急離脱
久隆はそのまま偵察活動を続行し、化け物の正体を探った。
「いた。こいつだ。こいつはなんて魔物だ、マルコシア?」
「アラクネクイーンです。ダンジョンの最下層レベルの敵ですよ。最下層が近いのか。それともこのダンジョンが異常なのか」
「今は分からないな」
久隆は無人地上車両を引き上げさせた。
「さて、レラジェの位置は分かった。準備が必要なものは何なのかを──」
「フルフル!」
久隆が全員に向けて説明しようとしたとき、フルフルが突如として崩れ落ちた。
「フルフル! どうした! 何があった!?」
「す、すみません……。少し疲れて……」
「分かった。すぐに40階層に戻ろう」
久隆はバックパックをサクラに預け、フルフルを背負うと、40階層を目指してレヴィアたちとともに大急ぎで40階層のパイモン砦を目指した。
「アガレス! 回復魔法が使える術者がいるか!?」
「ああ。何があったのだ?」
「フルフルが倒れた」
久隆はそう告げるとフルフルとマットの上に寝かせる。
「本当に、少し疲れただけですので……」
「そうは見えない。もっと早く引き返すべきだった。急ぎすぎてしまった。すまん、フルフル。俺は指揮官として間違った決断をしてしまった」
「気にしないでください……」
フルフルはそう告げて目を閉じた。
そして、回復魔法の使える宮廷魔術師が大急ぎでやってきた。
「急性魔力欠乏症なのか?」
「いいえ。魔法の使い過ぎです。それも強力な魔法の。魔力を空にしたり、満タンにしたりをあまりに短いサイクルで繰り返すと、こういう疲労が一気に表に出るんです。幸い、命に別条はありません。疲労回復魔法をかけておくのでゆっくりと休まれてください」
「助かった」
「我々も助けられましたから」
「そう言ってくれると助かる」
フルフルに回復魔法使いが治癒の魔法をかけていくのを久隆はじっと見つめていた。
「あ、ああ。私は……」
「大丈夫だ。フルフル。ここは40階層だ」
フルフルが頭を押さえて起き上がろうとするが、久隆が押しとどめる。
「今から地上に戻る。地上で1、2日しっかりと休養してから50階層に挑もう」
「そんな。私ならもう戦えます」
「ダメだ。倒れたんだぞ? 朱門にも診てもらう。疲労がそこまで蓄積していたということは、病気を引き起こしている可能性もある。それに、どのみち今の俺たちに50階層を攻略するための方法はない」
久隆たちは手詰まりの状態だった。
50階層のアラクネクイーン。あの巨大な怪物を倒す手段は見つかっていなかった。
部屋中が糸だらけで、引っかかればアラクネクイーンが反応する。それにあの糸は強力な粘着テープのようになっており、剥がすのに苦労する。恐らくレラジェたちの偵察部隊がやられたのも、あの糸に引っかかって位置を測定されたに違いない。
では、どうやってアラクネクイーンを倒すのか?
フロアごと焼き払ってしまうのが一番早いだろうが、相手には人質がいる。魔族を何名も捕らえ、それを人間の盾にしている。
周辺に被害を出さず、確実にアラクネクイーンだけを仕留めなければならない。
その方法は思い浮かばなかった。
少なくとも今はお手上げだ。
「何か策はないのですか?」
「今はない。少し考えてはいる。アラクネクイーンの気を逸らす方法があれば」
アラクネクイーンの気を逸らしている間に生存者を救出し、生存者を離脱させてから、本格的な戦闘に移る。それが理想的であった。
だが、あの粘着質な糸をほどくことはたやすいことではないし、どうやって糸に触れただけで即時に反応するアラクネクイーンの気を逸らすのか。
課題は山積みだ。そう簡単には攻略できない。
「とりあえず、地上に戻る。そろそろ物資も必要になる。立ち上がれるようになるまで休んでいてくれ。俺はアガレスと話し合ってくる」
「はい……」
フルフルはがっかりしているようだった。
自分が足手まといになってしまっていると思っているのだ。実際は彼女はやるべきことをやったのだ。必死に魔力回復ポーションを飲んで、魔力の過度な増減から来る疲労感に耐え続けて、久隆たちに付呪をかけていたのだ。
できることをやった。だから、彼女が悔いる必要はない。それでもフルフルは自分が足手まといになってしまっていると思っていた。
「アガレス。レラジェたちの居場所が分かった50階層のエリアボスのいる場所だ」
「なんと。それで、エリアボスは?」
「アラクネクイーンだ。階層中に糸を張り巡らせていて、それで気づくようになっている。そして、レラジェたちは生きている。下手に戦闘に踏み込むと、レラジェたち生き残りが巻き添えになる可能性がある」
「そうか……。アラクネクイーンとは……」
アガレスが頭を抱える。
「何かそちらで対処方法は確立されていないのか?」
「アラクネクイーンは炎を恐れる。炎で追い詰め、そしてトドメを刺すというのはセオリーだ。エリアボスであるならば油を詰めた樽を放り込み、炎を放ってしまうのが一番早い。だが、今の状況ではその方法では犠牲が出る」
「ふうむ。炎か」
また火炎瓶の出番かと久隆は思う。
「炎以外の弱点は?」
「頭部に対する打撃だな。アラクネクイーンも頭を落とされれば死ぬ」
「結局はそうなるか」
「後は冷気に弱いと聞くが、炎に弱く、冷気にも弱いとなると随分と虚弱な魔物だなと思われる。どこまで信じたものか」
「歴戦の猛者も燃やされて、氷漬けにされたら死ぬ。考えておこう」
アガレスからはここまでのようだったので久隆は引き上げる。
「久隆! 久隆! 凄いものが見つかったの!」
いつの間にかフルフルの傍にいたレヴィアがきゃいきゃいと騒いでいた。
「どうした。フルフルはそっとしておいてやらないといけないんだぞ」
「大丈夫なの! フルフルも元気になるものを見つけたの!」
「何が見つかったんだ?」
「魔導書よ!」
じゃんっ! というようにレヴィアが分厚く、古めかしい本を取り出して見せた。
「魔導書? そういえば、新しい魔法を覚えるには魔導書が必要だったんだよな」
「そうなの。これには強力な魔法が秘められているのよ。これを覚えたら、レヴィアはとーっても凄い戦力になるのね!」
「だが、何の魔法か分かっているのか?」
「……それはこれからなの」
「はあ。今の魔法でも十分に役に立っているぞ?」
「でも、それじゃ足りないの。フルフルに負担が増えるの」
「そうか」
レヴィアはレヴィアなりにフルフルのことを思っているのだろう。
「フルフル。レヴィアが強い魔法を手に入れたら、もう付呪は必要ないから、他のことに専念していいのよ」
「は、はい。しかし、陛下のお手を煩わせて……」
「これも君主の義務なのね」
レヴィアは笑ってそう告げた。まるでフルフルを安心させるかのように。
「ありがとうございます、陛下……」
フルフルの瞳に涙が浮かんだ。
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