少しおかしな階層
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──少しおかしな階層
次の階層──43階層に降りる。
43階層に降りたと同時に久隆は索敵を始める。
「ミノタウロス10体、オークジェネラル及びオークロード10体。テンタクルと思しき反応複数。妙だな」
「ええ。妙ですね。戦闘が行われています。どういうことでしょうか?」
久隆とサクラの耳には遠くで金属音が響き、叫び声が上がるのを聞き取っていた。
「変なのね。魔物同士で殺し合いをすることは──。あーっ! きっとレラジェたちなの! あの子たちがここで足止めされているのね!」
「いや、魔族の戦闘じゃないのは明白だ。音が違う。これは魔物同士だ」
重々しい金属音の衝突。駆けまわる足音の重さ。これはレラジェたちではない。
「行ってみないと分からないの」
「そうだな。見てきてみるか」
久隆はバックパックを下ろし、無人地上車両を取り出すと、それを戦闘音のする方向に向けて走行させた。
やがて、音源の正体が見えてくる。何が戦っているかが見えてくる。
「ミノタウロスとオークジェネラルが戦っているな……」
「ど、どういうことなの?」
「俺が聞きたい」
久隆もどうして魔物同士で殺し合っているか謎だった。
「久隆さん、このカメラもっと上に向けられますか?」
「ああ。できるぞ」
フルフルの要請に久隆のカメラが上部を向く。
「やはり、混乱草ですね。これの花粉には混乱をもたらす作用があります。魔物も同じように影響を受けているのは初めて見ましたが」
「ふうむ。俺たちも花粉を吸いこむと不味いのか」
「とても。正常な判断は下せなくなります。周りの全てが恐ろしい怪物に見えるでしょう。少量ならば多幸感を得るだけで済みますが、大量になると危険です」
「ドラッグみたいだな」
久隆がそう呟く。
ドラッグでハイになった少年兵というのは大勢殺した。彼らを殺すためには頭に確実なダブルタップを決めなくてはならない。ハイになって痛覚のない子供兵は手足を撃っても反撃してくるし、負傷者を助けるという概念も持たない。殺すしかないのだ。それも確実に。
「しかし、今は連中が殺し合っているのを高みの見物でいいな。周囲に似たような植物がないか警戒してくれ。発見した場合マルコシアが焼き払う。その間、連中には殺し合いを続けてもらうことにしよう」
久隆たちは戦闘地域を避け、他の地域を探索し、ひとつひとつ混乱草を片付けていく。どういうメカニズムからしならないが、生物を混乱させて、殺し合わせて繁殖するとは趣味の悪い植物だと久隆は思った。
やがて、ダンジョン内で戦闘音が小さくなっていくのが分かった。
「いよいよ決着がついたらしい。勝ち残ったのは──」
久隆が再び無人地上車両を走らせる。
生き残っていたのはミノタウロスだった。満身創痍ながら勝利を手にしていた。
「ふむ? ミノタウロス同士で殺し合いが起きる様子はない。混乱草はミノタウロスには効かないのか?」
「分かりません。今まで得た情報が少なすぎるので」
「分かった。敵は5体のミノタウロスだ。軽く片づけられる。テンタクルを爆破して、連中に俺たちの存在を教えてやれ」
久隆はそう告げてマルコシアに合図する。
「了解! 『爆散せよ、炎の花!』」
マルコシアが確認できているテンタクルに一撃を食わえる。
テンタクルが壁の中から飛び出し、その蔦のような触手が痙攣しながら地面に崩れ落ち、金貨と宝石を残して消える。
同時にミノタウロスが動く振動も検知できた。
ミノタウロスたちは一心不乱に久隆たちの方向をめがけて突き進んでくる。
「一方からしかこない。フォルネウス、こっちだ。迎え撃つぞ」
「了解です」
ミノタウロスは挟み撃ちにする気はないようだ。それも混乱草の影響か、それとも生まれ持った習性か。少なくとも久隆たちは多正面作戦にならないことを感謝した。
「来るぞ」
久隆がそう告げた次の瞬間から、ミノタウロスの大群が久隆たちをめがけて押し寄せてきた。大群と言っても数は5体だ。だが、脅威であることに変わりはない。
武器は事前に分かっていた。長剣と盾だ。
盾は小さな円形状のもので、既にオークたちの攻撃を受けて破損している。
長剣の方は無傷で、ミノタウロスたちはそれを向けて久隆たちに突き進んできた。
「フルフル!」
「『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を!』」
フルフルが素早く久隆たちに付呪をかける。
「レヴィア、マルコシア! 叩き込め!」
「了解なの! 『吹き荒れろ、氷の嵐!』」
「『爆散せよ、炎の花!』」
これによって1体が倒れ、他4体も重傷を負う。
「斬り込むぞ、フォルネウス!」
「了解です、久隆様!」
久隆が斧を手に、フォルネウスが短剣を手にミノタウロスたちに襲い掛かる。
1体のミノタウロスが首に斧の刃を受けて倒れ、1体のミノタウロスが心臓に刃を受けて燃え上がる。1体のミノタウロスは後方から飛んできた矢を受けて絶命した。
残り2体。
久隆とフォルネウスがタイミングを合わせて襲い掛かる。
久隆はミノタウロスの頭を叩き割り、一気に落とす。フォルネウスはミノタウロスの喉に短剣を貫かせ、炎上させる。
これでこの階層にいるのはテンタクルだけになった。
「例の植物に気をつけて捜索だ。ここにレラジェたちが何か残していないとも限らない。今は手がかりが必要だ」
軍人でも警察のような仕事をする。
本人確認のための生体認証。パソコンやタブレット端末のHDDの解析。組織のトップが誰なのかを探るための尋問。
時にはこうして目標が残していった証拠を探ることもあった。相手が何かの情報を残していないか探るのは情報軍の仕事でもあったし、現場の人間の仕事でもあった。
「何も残っていないようですね」
「そうだな……。奇妙な話だ。この階層も無事に突破していった。混乱草の影響を知っていたわけだ。その上で突破できた。一体、レラジェたちは何に引っかかったんだ?」
レラジェたちは今のところ、どんな影響にも左右されず、突破していっている。彼らの死体はないし、遺留品もない。
彼らは一体どんな脅威に遭遇して、動けずにいるのだ?
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
「考えても仕方ない。次の階層に潜ろう。しかし、混乱草は使いようによっては……」
久隆の中にはひとつのアイディアが思い浮かんでいた。
だが、今は装備が足りない。作戦は後日ということになるだろう。
「今は進むのみだな。次は44階層。何事もなく突破できるといいのだが」
久隆は斧を握ると、44階層に向けて降りていった。
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