成長する武器と42階層
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──成長する武器と42階層
これまではただの工業素材のひとつであった人工筋肉。
だが、このダンジョンの奇妙な影響を受けて、生きた人工筋肉を有するサクラのコンパウンドボウは生き物とみなされ、レベルが付与された。レベルが上がるたびに、久隆やサクラの人工筋肉の出力が増したように、このコンパウンドボウも成長していっているというわけである。
アーティファクトにはならなかったが、生きている武器にはなったというわけだ。
「生きている武器なのね……。伝説の武器なの……。これまで意志を持ったインテリジェンスウェポンというものは存在したけれど、本当に限られた数しかなかったの。それがこの世界にはあっさりと存在するだなんて」
「意志を持った武器の方がレアだろう。こいつはただ人工筋肉のせいで生きている認定されているだけだ。意志なんてない」
人工筋肉そのものに思考する力はない。あくまで筋肉が生きているに過ぎないのだ。思考するための脳を持たぬサクラのコンパウンドボウに意志などない。
「しかし、生きている武器ですか。ちょっと困りましたね。人工筋肉だけが強化されると全体に歪みが生じるのですが」
「これは推測だが、これまでのパターンから言って、全体的に強化されていると思うぞ。俺の人工筋肉の急激な成長も、脳内のナノマシンもオペレーティングシステムの最適化とともにあった。であるならば、この弓も全体的に成長したはずだ」
「なるほど。しかし、金属が成長するというのは……」
「職人が作った斧がアーティファクトとして壊れないようになるんだ。今さら驚くべきことでもないだろう?」
「それもそうですね」
ダンジョンを前にしては地球の常識は通用しない。
「じゃあ、これからは私に合わせてこのコンパウンドボウも成長するわけですね」
「そういうことだな。だが、扱えなくなることは避けてもらいたいものだ」
久隆はそう告げて顔をすくめた。
「では、次は42階層だ。これからは何が出るのか分からないぞ。注意しろ」
41階層をクリアにした久隆たちは、42階層に向かった。
しかし、人工筋肉を使用した素材が進化──いや、レベルアップするとは。生きている武器などというものが存在すること自体、久隆には信じ難かった。
だが、ここはダンジョンだ。久隆たちのつけているパラアスリート用の義肢が軍用強化外骨格の4倍以上の出力を発する場所なのだ。これぐらいのことは軽くあり得るのかもしれない。
今はダンジョンの攻略に専念すべし。
少なくとも弱体化したわけではない。むしろ、強化されている。サクラのコンパウンドボウは世界記録を塗り替える威力を発した。今どきのパラアスリート──すなわち、人工筋肉で駆動する義肢を有する選手による豪快な競技を行うものの記録を塗り替えたのだ。今のパラアスリートによる世界新記録は354メートル。目標を狙って当てられる距離はそれだけである。
この距離はカラシニコフの有効射程に等しい。速射性はないものの、射程だけならば現代の銃火器に匹敵している。威力については劣る。流石に世界で人をもっと殺している伝説的な7.62ミリ弾に匹敵する威力はない。
今はまだ。
これからさらにサクラのレベルが上がり、サクラのコンパウンドボウの威力が上がるならば、カラシニコフの放つライフル弾以上の威力の矢が放てる可能性もあった。
そうなれば大抵の魔物は撃ち抜けるだろう。
フルフルの付呪があれば重装オーガレベルの鎧ですら撃ち抜けるかもしれない。
そうなれば、サクラは今後のエリアボス戦においても重要な役割を果たしてくれそうだ。エリアボスというのは大抵厄介な性質をしているものなのだから。
「降りるぞ」
そして、久隆たちが42階層に降りる。
「ミノタウロスだ。ミノタウロスが8体。それから何かが壁の中で蠢いている」
「テンタクルなのね。注意して進むの」
「毎階層、魔物が違うわけではないよな……?」
これまでは10階層ごとの魔物の傾向にはランダム性はなかった。ゴブリンとオークならゴブリンとオーク+アルファという具合であり、一定の規則性があった。だが、今回挑むことになる40階層台は突如として魔物が入れ替わった。
いや、魔物が完全にランダムだと決めつけるのはまだ早い。まだ2階層潜っただけだ。これからさらに潜らなければ、ランダムとは言えない。
しかし、本当にランダムならば、レラジェたちが苦労したのも分かる。
「テンタクルの見分け方は壁の作りだったな?」
「そうなの。不自然に新しい壁はテンタクルが潜んでいるの」
「そして、それに対する対策は壁の爆破」
「そうそう、そうなの。壁ごと吹き飛ばしてやればいいの」
しかし、壁を爆破すればミノタウロスの注意を引く。理想的なのは壁を吹き飛ばす際にミノタウロスも吹き飛ばしてやることだ。
だが、そう上手くいくだろうか?
最悪の場合は乱戦を覚悟しなければならない。地図がない以上、どこにミノタウロスを誘導すればいいのか分からない。下手をすれば挟み撃ち。今の久隆たちにミノタウロスを二正面で同時に相手にすることは不可能だった。
どうにかして迎撃できる場所を見つけなければ。
「敵を刺激せずに慎重に進むぞ。テンタクルに警戒。ライトは俺が使う」
久隆はライトを壁の方に向けながら、壁に不自然な点がないか調べながら進んだ。それと同時に久隆は壁に手を付き、壁の中の振動を探りながら、ゆっくりとゆっくりと慎重にダンジョンの中を進んでいく。
「気を付けろ。壁の中になにかいるぞ」
「きっとテンタクルなの……」
久隆は壁の中に何かがいる振動を検知した。
「じゃあ、こっちの道はダメだな。別の道を探そう」
今はまだテンタクルを爆破はできない。ミノタウロスたちに挟み撃ちにされるリスクを犯すわけにはいかないのだ。
久隆たちは別の道を模索する。
だが、どの道にもテンタクルが待ち伏せている。一向にミノタウロスを迎撃できる場所が見当たらない。
「畜生。止むを得ん。ここでミノタウロスを迎え撃つぞ。フルフルは付呪を。マルコシアは壁を爆破。3カウントで作戦開始だ」
3秒のカウントが始まる。
3──2──1──。
「マルコシア!」
「『爆散せよ、炎の花!』」
壁が爆破され、そこから植物の蔦に似た触手がのたうって外に出ると、やがてそれは金貨と宝石に変わった。
だが、それと同時にミノタウロスが動き出す音がする。
「フルフル!」
「『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を!』」
「助かる!」
久隆、フォルネウス、サクラが迎撃態勢に入る。
「来るぞ」
ミノタウロスが通路の左右から押し寄せてくる。
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