プランターを運んで
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──プランターを運んで
翌朝はすっきりと目が覚めた。
いつもより30分早く目覚めた久隆は台所に向かう。
流石にまだサクラもフルフルも起きていない。久隆はひとり朝食の準備を始めた。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
そして申し合わせたようにサクラとフルフルが起きてきた。
「おう。おはよう。今日は弁当がいるから手伝ってくれるか?」
「え、ええ。もちろんです」
フルフルがコクコクと頷く。
「今日はダンジョンに?」
「ああ。40階層に購入したローズヒップの苗を植えたプランターを送る。あそこには非常用発電機とLEDライトがあるからな」
非常用発電機のガスも交換できるように久隆は替えを購入しておいた。
「それじゃあ、先に朝飯を済ませてくれ。弁当はその後で」
「了解」
フルフルとサクラと久隆が席について朝食を食べる。
「昨日はよく食べましたね」
「ああ。食ったな。だが、若い時のようにはいかんものだ」
「フォルネウスさん。凄い食べっぷりでしたよ」
「若者はしっかり食わんとな。フルフルも満足できたか?」
そこで久隆がフルフルには話を振る。
「ええ。昨日はごちそうさまでした。とても美味しかったです。特に海鮮丼というのがなかなかいいもので。お腹いっぱいになりました」
「それはよかった。満足してくれたなら何よりだ」
フルフルは少しぎこちなく笑った。
「それで今回のローズヒップの苗だが、上手くいくと思うか?」
「分かりません……。超深度ダンジョンで魔力回復ポーションを作成するなど初めてのことですので。ほとんどの場合、魔力回復ポーションは低深度、中深度ダンジョンで作成されるのです。その方が安全なので」
「確かに安全な作業環境とは言えないな」
地下に蠢くのは危険な魔物たち。
それも超深度ダンジョンの魔物は他のダンジョンの魔物より強力だという。そんな場所を作業場にしようと考える人間も魔族も少ないだろう。
ただ、試していないということは大成功する可能性もあるわけだ。事実、30階層など拠点を移すたびに栽培していたレモングラスはいい原材料になっている。今回も上手くいく可能性はある。
しかし、これはまた別種の植物なので失敗するリスクも当然ある。だが、戦争と違って科学の分野では失敗は恐れるべきことではない。科学の世界も望むならば挑戦せよ、だ。そして、失敗は次の成功の糧となる。
戦争における失敗は敗北だ。夥しい犠牲者と失地を以てして完結する。誰かが後世でその敗北を学び、同じ轍を踏むことを避けるかもしれないが、負けたものたちにとっては何も残らない。自身の死か、仲間の死か。それだけだ。
一度戦争に“失敗”して、国土のほとんどを焼野原にされた国の軍人としては、祖先の愚かさを思うばかりだったし、二度と同じ失敗を犯すべきではないと考えるものだった。そして、その反省は先の戦争に活かされている。敵は慎重に選べ。可能な限り、別の道がないか模索しろ。現場の暴走を決して許すな。
「さて、弁当を作ろう。今日の予定は全員が集まってからだ」
重箱に6人分の食事を詰め込んでいく。重箱は重なって他の荷物が持ちにくいので、久隆たちも災害非常食を使おうかと思ったが、災害非常食を既に数百人分注文している状態で、さらに注文するのはどうかと思われたのでやめておいた。
「ふわあ。おはようなの」
「おはようございますっ!」
そして、レヴィアたちが起きてきた。
「さて、全員、今日のスケジュールだ」
久隆が集まった面子を前に告げる。
「まずプランターを40階層まで運ぶ。40階層までの道のりで障害があれば排除する。40階層に到達後はプランターを設置し、魔力回復ポーションの完成を祈る。それからアガレスから今まで入っている情報を聞き、また負傷者などがいたら救助する」
久隆はそう告げて全員を見渡す。
「何か質問は?」
「ないの!」
「よし。朝飯を食ったら準備しろ。まだミノタウロスたちは再構成されていないと思うが、他の魔物は再構成されている可能性がある」
久隆たちはそう告げて朝食を終えると、準備を始めた。
久隆は斧の切れ味を確認してから革のケースに収め、肥料の上から重箱をバックパックに詰め込み、軍用ナイフと山刀を所定の位置に収める。これでいつでも戦える。
レヴィアたちも着替え、魔力回復ポーションの入った試験管を腰のベルトに巻き、準備を整えた。これでいつでも出発できるというものだ。
「よし。プランターは俺が持つ。苗の方を運んでくれ。気をつけてな」
「了解」
フルフルたちはローズヒップの苗を2つずつ抱えて、40階層を目指した。
ちゃんと掃討が行われてるらしく魔物には出くわさない。そのまま久隆たちは40階層まで降りていく。
40階層。ダンジョンの壁は消え、まっさらになった場所にパイモン砦が設営されている。LEDライトで照らされた植物も階段付近におかれていた。
「よし。プランターを設置しよう」
「はい」
久隆はLEDライトの照明を上手く調整し、新しく置いたプランターにも光が当たるようにし、その上でプランター内に肥料と土を詰め込んだ。
「後は任せた」
「お任せあれ」
マルコシアが慣れた手つきでローズヒップの苗を植えていく。
フルフルもそれを手伝ってひとつひとつ苗を植えていく。
ヴェンディダードに似たような植物があったかは不明だが、ふたりは5分程度で作業を終えてしまっていた。今やLEDライトに照らされたローズヒップの苗がプランターにチョコンと生えている。
「これで後は数日待つのみ!」
「上手くいくといいですね」
「きっといくよ!」
マルコシアは前向きにそう評価した。
まあ、失敗してもレモングラスが既に成功している。魔力回復ポーションが足りなくなるということはないだろう。
久隆は一応非常用発電機を一度止めて、ガスを交換してから再起動させた。
これで当分は問題なし。
「では、アガレスに話を聞いてくる。その間は好きにしておいてくれ」
久隆はそう告げて、アガレスに会いに向かった。
「アガレス。状況はどうなっている?」
「うむ。ちょっとばかり問題が発生している」
「問題?」
「偵察部隊が帰還しないのだ。5日が経つというのに」
不味いなと久隆は思った。
レラジェの偵察部隊は隠密特化だ。真正面からの戦闘には耐えられない。そこに何かトラブルが起きているとすれば、間違いなく敵と遭遇したとしか考えられない。
「救援は?」
「昨日、派遣した。だが、彼らも未帰還だ。一体何が起きているのか……」
「ふむ。これ以上は犠牲者を増やすだけになるかもしれない。俺たちが行こう」
久隆はそこでそう告げた。
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