稀少個体と40階層
本日1回目の更新です。
……………………
──稀少個体と40階層
「わ、分かりました。『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士にさらなる力を』」
「一気に叩く」
久隆は体内でのたうち、うねり狂う暴力性と戦いつつ、それで得られた膨大な力を手にしてミノタウロスに突撃する。
ミノタウロスは盾をがっしりと構えて迎撃の構えを取り、ハルバードを突き出すタイミングを狙っている、だが、攻撃は予想外の方法で行われた。
久隆は予備の斧を投擲したのだ。投げられた斧が真っすぐ、ミノタウロスめがけて飛んでいく。ミノタウロスはその攻撃を受け止めるために盾を構えなおさざるを得なかった。そして同時に盾を構えたことで前方の視野を失った。
そこに久隆が飛び込む。彼は勢いをつけた回し蹴りをミノタウロスに叩き込む。
ミノタウロスは攻撃を受け止めきれず、10メートル近く後方に吹き飛ばされる。
久隆はすぐさま一瞬で10メートルの距離を詰めてミノタウロスを追撃する。
ミノタウロスは既に姿勢を立て直し、ハルバードで久隆を狙ってくる。だが、久隆は今度はハルバードを回避するようなことはせず、ハルバードを叩き切った。ハルバードは熱したナイフでバターを切ったかのようにあっさりと切断され、ミノタウロスはこれで攻撃手段をひとつ失った。
ミノタウロスに残されているのは盾で殴るという方法だけ。久隆はミノタウロスが構える盾めがけて斧を振り下ろした。
すると、金属製の盾が真っすぐに切り裂かれてゆき、ミノタウロスの腕すらも引き裂いた。ミノタウロスは悲鳴を上げて、これ以上の傷を負う前に盾を投げ捨て、身軽になった。だが、これでミノタウロスは肉弾戦をするしかなくなる。
ミノタウロスは拳を握りしめて久隆に向けて繰り出す。久隆はそれを躱しつつ、腕を掴み、一気に自分の下にミノタウロスを引き寄せる。
後は斧をミノタウロスの頭に振り下ろせば、終わりだ。
だが、相手もそれに気づいたのだろう。ミノタウロスは腕を強引に捻り、久隆の斧を回避した。そしてカウンターと言わんばかりに左足の蹴りを久隆の脇腹に叩き込む。
久隆はその攻撃を事前に察知し、ミノタウロスの筋肉で覆われた足が自分の脇腹を抉る前にミノタウロスの手を突き放し、ミノタウロスから距離を取って、叩き込まれたかけた足を腕で掴み、そのまま投げ飛ばした。
ミノタウロスは20メートルほど投げ飛ばされ、痙攣している。
久隆はすぐに倒れているミノタウロスに迫り、頭に斧を振り下ろした。
「なんとか片付いたな……」
「やったの! 久隆、凄いの!」
久隆が噴き出した汗を拭うのにレヴィアが歓声を上げる。
「こいつは異常に強かった。他の魔物とは段違いだ。どういうことだ?」
「えっと。恐らくは稀少個体だと思われます。5000体に1体ほどの割合で生まれる個体で、その個体は魔族や人間のように戦うと聞きます。魔物なのに知性があるのではないかと思われていますが、どうやらそうではないようです。これまで目撃した魔族や人間の動きを、ダンジョンコアが単純にコピーしているだけだと」
「そうか。そういうものも存在するのか。ダンジョンとは油断ならない場所だな……」
久隆はそう告げて唸った。
「久隆なら倒せるの」
「だといいんだが、フルフル。解呪を頼めるか?」
レヴィアが楽観的に告げるが、久隆は渋い顔をしてフルフルにそう頼んだ。
「『汝にかけられし魔法よ、解けて、消え去れ』」
「助かった、フルフル。この力のままでは周りに害が及びそうでな」
「大丈夫ですよ。あなたならきっとコントロールできます」
フルフルは少し微笑んでそう告げた。
「では、39階層だ。39階層はそこまでのミノタウロスはいないはずだ。また稀少個体なんてのが出てきたら大変だが、そうならないように祈るとしよう」
「おや。久隆さんは無神論者ではありませんでしたか?」
「助かるなら空飛ぶスパゲティーモンスターにだって祈るさ」
サクラが小さく笑って告げ、久隆がそう返した。
そして、久隆たちは39階層に降りる。
「ミノタウロス4体。本当に数が少ないな」
「片付けてしまいましょう」
ミノタウロス4体を片づけるのは楽だったとしか言いようがない。3体はレヴィアとマルコシアの魔法で屠られ、残った1体は久隆に屠られた。
久隆たちは39階層の殲滅を確認すると40階層に続く階段を見つめた。
「レヴィアたちはここで待っていろ。俺とサクラで偵察してくる」
「大丈夫なの? ワームは恐ろしい怪物なの……」
「大丈夫だ。見てくるだけだ。すぐに戻ってくる」
久隆はそう告げて、サクラの方を向く。
「サクラ。相手の様子を見たらすぐに戻るぞ。武器の使用は許可があるまでするな」
「了解」
ここら辺は訓練された軍人だ。引き金を引くのも軍では徹底的に管理される。
「では、行ってくる」
久隆たちは40階層に降りる。
そして、すぐに索敵を始める。
「デカいな。8トン近い重量がずるずると這いまわっている。頭から尻尾まで相当長いし、それでいて速度はそこまで遅くない」
「面倒ですね。重量はそのまま装甲厚を示す指標にもなりますから」
「だな」
久隆もサクラも手慣れた様子でワームの現在地を把握する。
長さ6メートルほどで体重は8トンほど。BTR-60装甲車が全長7メートルほどで重量10トン、そして装甲は5ミリから9ミリなので、ワームもそれに近い装甲を持っているものと思われる。5ミリから9ミリの装甲というのは軍用車両としては薄いものだが、生身の人間が相手にするには分が悪い相手だ。しかも、フルフルの付呪では劣化させられないときている。
「敵の戦力評価はどのように?」
「戦闘は避けるが、挑発ぐらいはしてもいいだろう」
久隆はそう告げてワームのいる方向に向けて進んでいく。
ワームのずるずると這いまわる音がする。無限軌道とも異なる不気味な音だ。ワームはぐるぐるとダンジョン内を這いまわりながら、獲物を探しているようだった。
久隆はある程度近づくと無人地上車両を展開する。
無人地上車両は音も立てずに静かにワームに近づく。そして、その姿がカメラに収められた。
竜のような頭を持ち、蛇のように長い胴体を持つ怪物。それがずるずると這いまわっている。顔面の角は確かに何ものかの攻撃を受けたようで、額から伸びる2本の角の1本はなくなっている。
敵の姿は概ね分かった。後は敵がどのような攻撃を行うかである。
火炎放射とは聞いているが、現代の火炎放射器のように長い射程距離を誇るのか、それとも火炎弾を遠方に投射するタイプなのか。あるいは近接戦専門なのか。
それを確かめるには相手を挑発してみるしかない。
威力偵察だ。敵の守りがどれほどなのかを実際に攻撃してみて確かめる。敵がこの攻撃を威力偵察だと理解していれば、反撃は敢えて抑えられるだろうが、相手はそのようなことを理解するはずもない魔物だ。
いや、このワームが稀少個体だった場合はあり得るかもしれない。だが、5000体に1体という割合でしか含まれていない稀少個体が続けて出てくるとも思えなかった。
もちろん、久隆たちは最悪を想定する。敵はこの攻撃を威力偵察だと理解する可能性があると。その上で、威力偵察とは思えない攻撃を仕掛けるわけである。
……………………




