35階層攻略
本日2回目の更新です。
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──35階層攻略
久隆が告げる民間軍事企業への忌避感。
「それでいいと思いますよ」
呆気ないほどあっさりとサクラはそれを受け入れた。
「だが、一緒に民間軍事企業で働こうと言っていただろう?」
「いいんです。久隆さんがそうならば。無理をする必要はありません。民間軍事企業と威勢のいい名前をつけたところで、それが雇われ兵であることには変わりありませんから。祖国が養ってくれた軍事技術を切り売りする。そういうことに忌避感を示すのはある意味では当り前のことでもあると思いますよ」
「そうか」
「しかし、となると何をして食べていきましょうか? 傷病兵手当だけでは寂しいですし、何より生きがいがないですよね」
「さてな。俺も退役したばかりだ。退役軍人に何ができるのか分からん。朱門からは絵を描いたり、小説を書いたりしてみてはどうかと言われた」
「面白そうじゃないですか」
「俺には無理だ。才能がない」
「そうやって決めつけるのはよくないですよ」
そう告げてサクラはクスクスと笑った。
「今回の経験を基に小説書いてみたら案外売れるかもしれませんよ」
「文才がないからな……」
久隆は本を読むのは趣味だったが、実際に自分で書いてみようと思ったことはなかった。彼自身、入試の際の小論文や報告書ぐらいしか書くものがなかったこともある。
「さて、そろそろ1時間だ。出発の準備を始めよう。起きろ!」
久隆が声を上げる。
そうすると、もぞもぞとレヴィアたちが起き出す。
「ふわあ。まだ眠いのね」
「しっかり目を覚ませ。またミノタウロスとの激戦だぞ」
「うう。大変なのね」
久隆からチョコレートと麦茶を受け取ってレヴィアが唸る。
「全員、改めて確認する。35階層に降りてもやっていけるか?」
久隆の確認に全員が頷いた。
「よし、では行くとしよう。油断はするな。自分の油断は味方の死に繋がると思え」
久隆はそう告げて35階層に続く階段を降りていく。
そして、すぐに索敵を始める。
「ミノタウロス15体。3か所に分かれているな。1か所につき5体。また34階層と同じ方法を取るか、それとも逃げまわる手段を選ぶか」
「逃げ回るには全員が体力を消耗しています」
サクラが意見具申する、
「そうだな。では、1か所に誘導しよう」
久隆はレラジェの偵察部隊が残していった地図を見る。
「この地点がよさそうだ。この地点に敵を誘導しよう」
久隆は地図で行き止まりになっている地点を指さす。
「魔力の方はまだ余裕はあるな?」
「大丈夫です」
「なら行くとしよう」
久隆たちはひっそりと移動していき、途中で無人地上車両を展開する。無人地上車両はミノタウロスを捕捉し、武装などの情報を送ってくる。
「この階層のミノタウロスは長剣を装備だな。それもかなり刀身が長い。ハルバードに比べると隙が無いのが面倒だ」
久隆はミノタウロスたちの得物を確認すると目的地点までたどり着いた。
「よし。ここで呼ぶぞ!」
「こっちに来やがれなの!」
久隆たちの叫びに応じてミノタウロスたちが全力で久隆たちの方向に向かってくるのが分かる。ミノタウロスの足音は地響きを生じさせ、その筋肉量と重量を感じさせる。
「レヴィア、マルコシア。焦らず慎重に狙え。フォルネウス、俺たちは後方を守る。サクラは適時援護。フルフル、付呪を」
「分かりました」
フルフルが付呪をかけ、久隆たちが迎撃準備を整える。
「フォルネウス。今回はハルバードのような分かりやすい隙は生まれないだろう。だが、攻撃の機会はある。相手は戦術的に行動していない。頭を使っていない。そうであるが故に隙が生じるはずだ」
「了解」
長剣はハルバードのように分かりやすい隙が無いことは明白だ。ハルバードより軽く、取り回しやすい武器なのだから。だが、その分攻撃力は下がるし、敵がでたらめに振り回せば隙は生じる。
後は如何にして、そのタイミングを見測るかである。
「──来た」
ミノタウロスの群れが久隆たちに向けて突撃してくる。
「『降り注げ、氷の槍!』」
「『爆散せよ、炎の花!』」
レヴィアとマルコシアが同時に詠唱し、ミノタウロスが一斉に魔法攻撃に晒される。肉体を氷の槍に貫かれたミノタウロスが絶命し、頭が弾けとんだミノタウロスが倒れる。
15体のミノタウロスのうち先陣を切った5体が纏めて撃破される。
「来るぞ、フォルネウス!」
「はい!」
1分間の魔法のリキャストタイムの間にもミノタウロスは突撃してくる。
久隆たちはミノタウロスとの交戦状態に突入した。
長剣の振るわれる速度はハルバードより遥かに早い。迎え撃つのも一苦労だ。だが、やれないことはない。
前衛をいちいち相手にしてくれるミノタウロスと踊りながら、久隆は長剣を振るった直後のミノタウロスの腕を斬り飛ばす。ミノタウロスの長剣は腕ごと吹き飛び、ミノタウロスが悲鳴を上げている間に、久隆はミノタウロスの頭部に一撃を加えた。
フォルネウスの方も長剣を躱しつつ、カウンターを繰り出している。
サクラもフォルネウスが攻撃を受けないように矢でカバーしている。
その間にもリキャストタイムは過ぎ、魔法攻撃の第二撃が叩き込まれる。
ミノタウロス3体が倒れ、久隆たちが倒したのと合わせて11体のミノタウロスが撃破された。残り4体だ。
「全員、最後の1体は残しておいてくれ。試したいことがある」
「了解」
久隆はここで付呪の重ね掛けについて試してみるつもりだった。
上手くいけば36階層のモンスターハウス攻略に役立つ。
そして、ミノタウロスが押し寄せてくる。
魔法攻撃が叩き込まれ、2体を撃破。残り2体が久隆とフォルネウスに襲い掛かる。
久隆は攻撃の回避に専念し、フォルネウスかサクラのどちらかがもう1体のミノタウロスを撃破するのを待つ。フォルネウスは攻撃を回避し、カウンターとしてミノタウロスの腕に炎を纏った短剣を突き立てる。それと同時にサクラがミノタウロスの頭部を射抜いた。これで残り1体だ。
「フルフル! 試してみてくれ!」
「分かりました……! 『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士にさらなる力を!』」
久隆は心臓がドクンと波打つのを感じた。
全身に力がみなぎる。本来は自分の手足ではないはずの義肢にすら力が行き渡るのを感じる。いつもの付呪による体の軽さではなく、ずっしりとした力の重みを感じる。それでいて、体そのものは羽根のように軽く感じる。
いける。
そう判断した久隆はミノタウロスに突撃した。
ミノタウロスが長剣を振り下ろしてくるのを斧で叩き切る。長剣は真っ二つに切り裂かれ、ミノタウロスが困惑の呻き声を上げる。だが、彼にはそれ以上の時間は久隆から与えられなかった。
久隆は斧をミノタウロスの頭に振り下ろすと、そのままミノタウロスを両断した。ミノタウロスは頭部から股間まで引き裂かれ、痙攣しながら倒れた。
「こいつは、凄い。だが、制御が難しい。フルフル、付呪を解いてくれるか」
「わ、わ、分かりました。『汝にかけられし魔法よ、解けて、消え去れ』」
久隆が肩で息をするのにフルフルが慌てて解呪を行った。
「これは使えるぞ、フルフル。これがあればミノタウロスの集団でも恐ろしくはない」
「ですが、今制御が難しいと」
「ああ。訓練は必要だろう。幸い、訓練に必要な的は下の階にわんさかいる」
久隆はそう告げてにやりとサディスティックに笑った。
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本日の更新はこれで終了です。
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