再偵察
本日1回目の更新です。
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──再偵察
「グリフォンとヒポグリフは例によって音と光に反応するものだと思われる。静かに行動すれば偵察の継続は可能だ。リスクを抑えるために俺だけで再び30階層に潜る。螺旋階段の高さと戦場の広さについて把握し、こちらが投入可能な戦力について調べる」
「……我々は必要ないと?」
「俺のわがままだ。一緒に来て一緒に死んでくれとは言えない」
久隆はそう告げて立ち上がった。
「レヴィアもいくの!」
「ダメだ。今回のは今までになく危険だ。俺だけで行く」
「うー……。必ず帰ってきてね?」
「帰ってくる。約束だ」
久隆が30階層への階段に向かっていく。
「『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を』」
フルフルが階段に向かう久隆に付呪をかけた。
「絶対に帰って来てください」
「ああ。約束する」
フルフルはそう告げて久隆を見送った。
久隆は再び30階層に降りていく。
30階層は依然として暗いがライトは付けない。闇に目が慣れるのを待ってゆっくりと階段を降りていく。一歩一歩、カウントしながら久隆は階段を降りていく。
翼の音はする。近くなったり遠くなったり。だが、まるで光のないこの暗闇の中だ。やはり敵の索敵手段は音だろうと久隆は憶測を行って自分を落ち着かせる。
実際のところ、あんな巨大な化け物に地球の生物の理屈が当てはまるとは思えないが、それでも少しでも焦りをなくし、自分を落ち着けるためにはそれが必要だった。
焦りはミスを生み、ミスは死を生む。
心拍を抑え、呼吸を適切に行い、適度な緊張感を維持する。焦るな、焦るな。敵はまだこっちには気づいていない。ここからはたき落とされることはない。久隆はそうやって自分を管理していた。
螺旋階段を降り続けること10分。ようやく地面に到達した。地面には何もなく、広大な空間が広がっている。この広さがあれば、敵は自在に飛び回れるだろうし、好きなように攻撃を仕掛けられるだろう。相手にとって優位な地形だ。
だが、久隆たちにとってもそう悪い地形ではない。
これだけの広さがあれば、20階層の部隊を展開できる。敵を数で押すことが可能だ。
数による暴力で敵を叩く。ダンジョン内でこのようなことができる機会も少ないだろう。しかし、部隊の展開には用心しなければならない。友軍が螺旋階段通行中に攻撃を仕掛けられては、大打撃を受けることに繋がる。
やはり少人数の部隊を先行させて、陽動を行い、その隙に部隊を下層に降ろすというのが適切なように思われた。
久隆がそのようなことを考えながらダンジョンの周囲を歩いていると、久隆は魔族の死体を見つけた。グリフォンと戦って死んだのだろう。生々しい爪の傷跡が刻み込まれている。久隆は黙って頭を下げ、ダンジョンの広さの確認を行った。
広さは20階層にいる全部隊を投じても自由な行動ができるほどの広さ。ただし、遮蔽物となるようなものは一切ない。上空から攻撃を受けそうになったら、受け止めるか、逃げるかしか選択肢はない。
そして、やはりグリフォンとヒポグリフは音に反応しているのだろう。久隆が地上を歩き回っても攻撃は行われなかった。
陽動作戦は上手くいきそうだと久隆は安堵する。
さて、後はこの情報を生きて29階層のレヴィアたちに持ち帰るだけだ。
生きて帰ると約束したのだから、なんとしても生きて帰らなくてはならない。久隆は可能な限り音を立てないようにして、ダンジョン中央に位置する螺旋階段を昇っていく。
恐怖から焦りすぎないように。安心して緩まないように。適切な緊張感を維持したまま久隆はゆっくりと、ゆっくりと螺旋階段を昇っていく。音を絶対に立てないように、登山靴で久隆は29階層を目指して進み続けた。
だが、そう簡単に敵は久隆を帰してはくれないようだ。グリフォンが螺旋階段の途中で羽休めをしていた。その周囲からはヒポグリフのはばたく音が聞こえる。久隆は手に握った斧をしっかりと握りしめた。
ある意味では今はチャンスだ。敵は久隆の手の届くところにいる。攻撃すれば攻撃は命中する距離にいる。
だが、リスクが大きすぎる。相手は空を飛ぶのだ。迂闊に手を出してここから29階層まで追われることになれば生きて帰れる保証はなくなる。
久隆は息を殺し、じっとグリフォンが飛び去るのを待つ。5分、10分、15分と時間が過ぎていくのを感じながらじっとグリフォンが飛び去るのを待ち続ける。
やがてグリフォンは再び羽ばたき、空に飛び去っていった。
ふうと久隆は軽く安堵しかけるも、まだまだ29階層にはついていないと気を引き締める。そして、また黙々と階段を昇っていく。
そして、ようやく29階層の明かりが目に入った。
久隆は最後の階段を踏み越え、29階層に辿り着いた。
「帰ったぞ」
「久隆ー!」
久隆が29階層に上がると同時にレヴィアが抱き着いて来た。
「安心しろ。俺は無事だ。それよりも30階層の詳細な情報が分かった。アガレスたちを通じて魔族全員と共有しておきたい。30階層の掃討には20階層にいる戦力を全て投入するかもしれないからな」
「大規模戦闘なのね」
「ああ。そして、俺たちの果たす役割は大きいぞ」
「どんとこいなの!」
レヴィアは自慢げに胸を張った。
「では、一旦20階層に戻ろう。戻ってアガレスに報告しなければならないし、先に救助した連中の様子を見なければならない。やることはいろいろとある」
久隆はそう告げて20階層を目指して進み始めた。
だが、久隆はひとつ迷っていた。
30階層の魔族の死体だ。
あれは1体だけではなく、数えただけで10体はあった。あそこにレヴィアが降りて、動揺しないだろうかと。20階層の死体はレヴィアたちが見ることはなかった。20階層が拠点化された時点で死体は片付けられていた。
だが、30階層ではそうはいかない。
「久隆、久隆。何を悩んでいるの?」
「ちょっとしたことだ」
「絶対ちょっとしたことじゃないのね。正直に話すといいの」
レヴィアはそう告げて久隆を見上げる。
「レヴィア。このダンジョンのダンジョンコアが暴走してから何人死んだか、実感はあるか? アガレスやべリアのような重要人物たちだけではない。多くの兵士たちが死んだという実感はあるか?」
子供にこういうことを尋ねるのは卑怯だと久隆は思った。
こういうことは大人である自分たちが背負うべきだ。子供に背負わせてはならない。だが、事実を伝えなければならない。30階層には死体があって、それがダンジョンが死に満ちた場所であることを示しているのだから。
「……分かっているの。考えないようにはしていたけれど、大勢が犠牲になったの。アガレスからも聞いているの。近衛騎士も大勢が死んだって。そのことは受け止めなくてはいけないの。レヴィアは魔王だから。彼らが忠誠を誓った魔王だから」
「そうか」
レヴィアは乗り越えられるだろうか。本当の死という犠牲を目の前にしたとき。
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