弓兵
本日2回目の更新です。
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──弓兵
翌日、久隆たちは朱門とサクラを連れてダンジョンに行くことになった。
「いよいよ、あの中身が見れるわけか」
「魔物には遭えんぞ。お前がいくのは掃討されたフロアだけだ」
「まあ、それでも構わんよ。ダンジョンというものを見てみるという好奇心は満たせる。魔物はそのうち頼むとするか」
「おい」
そう気安く魔物を期待されても困るのは久隆である。
「それよりお前の部下、相当美人じゃないか」
「ああ。サクラは昔から人気者だったよ。モテてたというべきか」
「彼女、お前に気があるんだろう?」
「プロポーズを受けた」
「おいおい。もうそういう関係かよ。結婚式はいつだ?」
「まだプロポーズを受けただけで返事はしていない。お互いをもっとよく知ってからということになっている」
「受けろよ。女ができれば人生は変わるぞ」
「じゃあ、まずお前が結婚してみせろ」
「俺は独身貴族の人生が性に合っているんだ」
勝手な奴と思いながら久隆はダンジョン内に入り、15階層を目指して進んでいく。
「おお。久隆殿。それから……」
「こっちは元軍医の椎葉朱門。こっちは元部下の瀬戸サクラ」
アガレスがいい澱んで告げると久隆がふたりを紹介する。
「あなたが医者か! 私の部下が世話になった。あなたの治療のおかげで部下たちは助かった。お礼をしたいところだが、あいにく今の我々には何もなくてな……」
「いや。礼は久隆から受け取っているので気にしないでくれ。それよりも治療が必要な部下などはいるか? 風邪を引いていたり、破傷風であったり。治療できる範囲のことなら手伝うから遠慮なくいってくれ」
「ありがたい。このダンジョン暮らしで体調を崩したものたちがいる。そのものたちを診てくれれば助かる」
「分かった。診てみよう」
朱門が頷く。
「そちらの女性は元部下というが久隆殿の捜索班に?」
「彼女がダンジョンを経験してやっていけると判断した場合はな。まだ彼女はダンジョンのことについて人伝に聞いただけだ。戦えるかどうか分からない。それを確かめるために19階層に向かう。それから可能であれば20階層のバイコーンを討伐し、この拠点を20階層に移そうと思う」
「バイコーンに挑むのか?」
「可能ならば。そちらからバイコーンについての情報を聞きたい」
久隆はまずは情報を求めた。
戦争の勝敗を分ける大きな要素は情報だ。無敵を誇った大日本帝国海軍空母機動部隊が壊滅させられたのはひとえに大日本帝国海軍の情報軽視にあった。いくら46センチ砲を搭載した戦艦があろうと、腕利きの戦闘機乗りたちがいようと、敵に自分たちの行動の情報が漏れていれば、返り討ちにされる。
それを知っているからこそ、今の日本は情報統制下にあるのだ。テロについても情報戦が重要になっている。テロの情報を事前に掴み、阻止し、敵を殲滅するために日本情報軍は警察とともに国民を監視している。情報を軽視せず、徹底して解析しているし、漏洩しないよう密告者たちを配置している。
「ふむ。バイコーンだが、その突撃がジャイアントオーガすら吹っ飛ばすというのは事実だ。正確には吹き飛ばすというよりも2本の角で串刺しにしてしまうのだが。体高は2メートル、重量は1トンを越える。速度は通常の馬よりも遥かに速く、音に敏感。目はそこまでよくはない」
「そいつはデカいな……」
体重1トン以上の馬とはペルシュロンという品種の巨大な馬ぐらいである。
「穢れたものを好む性格をしており、そういうものに対しては大人しい。だが、そうでないものには非常に攻撃的だ。穢れたものというのは浮気をしているなどのことだ。ことさら処女を嫌い、全力で殺そうとしてくる。あの耳と目でどうやって処女を見分けているのかは分からないが……」
「分かった。弱点は?」
「普通の馬と同じように心臓を貫くことや、首を叩き切ることで死ぬ。魔法による攻撃は耐性があって僅かにしか通らない。全く効かないということはないが、効果はあまり期待しない方がいいだろう」
「ふうむ……」
唯一と言っていい遠距離火力が封じられると困ったことになる。
魔法による攪乱と白兵戦のコンボは定石だった。これが使えないのは戦術の大幅な見直しを迫られる。
巨大なバイコーンのその強力な突撃をいかに躱し、かつダメージを負わせるにはどうすればいいのか?
フロアごとの出入り口で待ち伏せて、近接攻撃を浴びせる?
確かにそれならば効果はあるだろう。敵の進路を唯一制限できるのはフロアからフロアへの移動のタイミングなのだから。それ以外の場所ではバイコーンは自由に駆け回り、損害を負うことを避けてしまうだろう。
しかし、フロアからフロアに誘導するには誰かが囮にならなければならない。レヴィアたちにそれができるとは思えなかった。魔法が効果を発揮しない中で、レヴィアたちは正直、いないほうがいい。いても無駄な犠牲になる可能性があったし、バイコーンの誘導の際にミスが生じる恐れがあった。
フルフルにはいてもらいたいが、彼女もバイコーンから逃げきれるか。
あのマンティコアの速度を遅くした魔法をバイコーンにもかけてもらうというのはありだろう。問題はどのタイミングでその魔法を行使するかだ。
フルフルもバイコーンに魔法をかけ次第、上階に避難してもらいたい。だが、バイコーンが魔法に抵抗力を持つならば、フルフルの付呪に対しても抵抗力を持つのではないのかという疑問が生じてくる。
そのせいでフルフルを逃がすタイミングを間違うと、困ったことになる。フルフルの身体能力はお世辞にも高くはない。ジャイアントオーガすら吹き飛ばす突撃を行うバイコーンから悠々と逃げられることはまずないだろう。
何かで気を逸らし、その隙にフルフルに付呪をかけさせる?
何かとはなんだ?
「久隆さん」
「ああ。サクラ、何か意見があるのか?」
「私もお役に立てるかもしれませんよ」
そう言えば、まだサクラがダンジョンに何を持ち込んだかを聞いていない。
「何ができる?」
「これです」
サクラが鞄から取り出したのは弓矢だった。
いや、正確には──。
「コンパウンドボウか」
サクラが取り出して見せたのはコンパウンドボウとそれに使用する矢であった。
「実を言うと高校の時からアーチェリー部にいて全国大会で優勝もしたんですよ。海軍時代もいろいろと大会に出ていて、目立った成績は残せませんでしたけれど、準優勝とかなら何度か。民間軍事企業から声がかけられるまでは、パラアスリートとしてやっていこうかなって考えていたりも」
「サクラ。獲物はデカいが、とても素早い。当てられる自信はあるか?」
「ないかあるかで言えばあります」
「よし。頼りにさせてもらおう」
この状況で使えるものは何でも使いたい。
サクラがコンパウンドボウを使えるというのならば使わせてもらう。少なくともバイコーンは魔法に耐性があっても物理攻撃に耐性があるとは聞いていない。
「情報に感謝する、アガレス。無事に20階層を奪取したときにはそちらに連絡するので、20階層に移ってくれ。そこならば魔物も出没しなくなるし、拠点としては使いやすくなるはずだ。そして、より深部に向けて足がかりとなる」
「感謝する、久隆殿。そなたは本当に人間とは思えないほどだ」
アガレスはそう告げて頭を下げた。
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