95.私の罪
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ベルゼドは子供の頃から賢い悪魔でした。
生まれてすぐに言葉を理解し、魔力の使い方を理解して見せた。
人の間ではこういう者を天才と呼ぶようですが、まさしく彼はそれだった。
彼は生まれながらに特別で、何もかもが秀でていた。
そんな彼が――
「セルス様! 私に剣術を教えて頂けませんか?」
「君は……確かベルゼド」
「私のことをご存じなのですか? とても嬉しいです」
「君は有名ですよ。幼くして魔術を学び、大人顔負けな実力者となった。いずれは幹部になるだろうと噂されている」
噂は私の耳にも届いていました。
当時から魔王様の側近である私には、有能な人材の話が舞い込んでくる。
彼のことも知っていたし、魔王様も知っておられたでしょう。
「その君が、私に剣を習いたいと?」
「はい!」
「どうしてですか? 貴方は見た所、力を求めているわけでもなさそうですが」
「はい。力そのものを欲しているわけではありません。私は……セルス様の剣技を見て感動しました。これほど洗礼され美しい剣技を見たことがない。だから私も、セルス様のように剣を振るってみたいと」
彼は目を輝かせながらそう語ってくれました。
気持ちを込めた言葉で、わかりやすく言い換えれば憧れでしょう。
彼は優秀で大抵のことは習うまでもなく出来てしまう。
故に物足りなさを感じていたのだと推測できます。
そこで私の剣技を見て、自分にも出来るかわからない物を目の当たりにして、彼の興味はいっぱいに満ちたように。
「なるほど……」
私は一目見て理解した。
彼は純粋だ。
悪魔とは思えないほどに……いいや、ある意味悪魔らしいほどに。
だからこそ怖いとも思う。
純粋過ぎて、何色にも染まってしまいそうで。
「……駄目、でしょうか?」
「ふむ」
彼はまだ何色にも染まっていない。
綺麗で広いキャンバスを、私が染めてしまってよいのか……という思いもある一方で、不安もある。
彼は優秀で、いずれ強大な力を得るだろう。
そうなった時に、果たして我々にとっての味方になるのか。
純粋な彼が、どう染まってしまうのか。
いずれ敵となるなら……
「わかりました。君に剣を教えましょう」
「本当ですか!?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
別に感謝されることではない。
なぜなら私は、彼を近くに置くことで制御しようよしていたのだから。
魔王様や我々にとって害でなく、有力な味方となるように指導するつもりでいました。
「これからよろしくお願いします! 先生!」
「先生……ですか」
そう呼ばれたのは生まれて初めてで、少し新鮮には感じました。
最初はそれだけで、自分たちの都合で彼を弟子にして。
大人が子供を従わせるための教育みたいなもの……我ながらずるいと思いました。
しかし……時間が経つにつれ、私にも師としての自覚なんて意志が芽生えていったのです。
彼の成長速度は著しく、私が教えたことをどんどん吸収して大きくなりました。
そんな彼が誇らしく、育てた者として嬉しかった。
「先生!」
「何ですか? ベルゼド」
先生と呼ばれることも、彼が私を慕ってくれていると実感できて悪い気分ではなかったと思います。
そうして過ごすうちに、私はすっかり忘れてしました。
どうして私が、彼を弟子にしたのか。
別に忘れても良かったのでしょう。
所詮は大人の都合で、子供を上手く誘導しようとしていただけなので。
ただ……彼に関しては、それが正しかった。
私は彼の純粋さを知りながら、それを見誤ってしまったのだから。
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「年季の違い……ですか」
「ベルゼド、貴方は強くなりました。しかまだ……幼い」
「ふふっ、そうでしょうね。長い時間を生きてきた先生にとっては、私はまだまだ幼い子供と同じでしょう」
「……そういう意味ではありませんよ」
彼は成長した。
それでも尚、純粋さが残っている。
故に彼は、現魔王であるリブラルカの言葉に従ってしまった。
奴の言葉が、ベルゼドの内にある悪魔の本質に語り掛け、目覚めさせてしまった。
どれほど純粋で素直でも、彼は悪魔なのだと。
悪魔の本質である支配欲と、強さを求める貪欲さ……それらが彼の純粋さを染めてしまったのでしょう。
「私の失敗……私の罪ですね」
「何を言っているのですか? 先生」
「……いいえ、ただの独り言です」
そう、独り言です。
道を違えてしまった今は、何を言っても後の祭り。
ことここに及んでは、もはや戦う以外の選択肢はない。
今から思い返せば、私は最初から予感していた。
いずれ私たちが……こうなることを。
「ベルゼド、私からも問います。貴方は……こちらに戻ってくる気はありませんか?」
「……ふっ、残念ですがありえません。私はそちらに魅力を感じない」
「そうですか。そう言うと思いました……ならば続きを始めましょう」
「ええ、教えて頂けますか? 年季の違いというものを」
私たちは剣を構えなおす。
私はこの戦いで、弟子を殺すかもしれない。
それも含めて、私が犯した罪だ。






