94.師弟剣舞
魔王配下の悪魔と魔物の大軍勢。
視界を埋め尽くす群れに、アスランとレナが戦いを挑む。
「この数だ。悪いが手抜きはなしだぜ」
アスランは魔槍の力を最初から完全開放して構える。
突き穿つ一撃は、鋼鉄の鎧すら紙きれ同然のごとく貫いて見せる。
さらには最速の脚で翻弄し、悪魔にも魔物にも捉えられない。
「くっそ槍使いが!」
「ちょこまか逃げるな!」
「はっ! だったら掴まえてみろ!」
翻弄される悪魔たちを一突きで倒し、止まることなく次の獲物へ駆け抜ける。
一騎当千の戦いを見せるアスラン。
しかしそんな彼に悪魔たちは臆さない。
「こっちにかかってこいよ槍使い! お前らを殺せば幹部になれるんだ!」
「幹部ね。そうやって焚きつけられたか」
「ひゃっはー!」
「だけど残念だが、お前たちじゃ敵わないぜ」
死の恐怖をなくし、捨て身攻撃もアスランには届かない。
本気になった彼の速度に追いつけるとしたら、勇者であるアレクシアくらいだろう。
そして大地を裂かれた反対側では、レナが大群と相対していた。
「女だ! ガキだ! 轢き殺せー!」
「うるさいわね」
レナが地面を踏みつける。
直後に襲い掛かってくる悪魔たちだったが、地面が不自然な盛り上がり方をしていることに気付く。
「あ? 何だこれ――」
「ぶっとびなさい」
「おえっ!?」
巨大な柱が地面から突き出て、襲い掛かってきた悪魔たちを吹き飛ばす。
何が起こったのかわからないまま、悪魔たちは後方の魔王城に叩き落とされた。
続けてレナは大地を操り猛追する。
彼らに迫るスキを与えぬまま次へ次へと攻撃を繰り出す。
豪快な攻めを前にして一方的になぶられる悪魔と魔物たちだったが、特大な地響きと共に攻撃が止む。
「おいおいチビガキ~ いい気になってんじゃねーぞ~」
レナを上から見下ろす巨体。
十メートルはゆうに超えているその男にも悪魔の角を持っている。
「オーガ? それともギガントとのハーフかしら」
「うあっはっはー! 俺にはそんな小さい攻撃なんて通じねーぞ!」
巨大な悪魔は問答無用にレナを踏みつぶそうとする。
レナはすかさず地面を変形させ大地の拳を突き上げた。
巨大悪魔の足と大地の拳がぶつかる。
パワー比べには自信のあるレナだが、この勝負は足の方に軍配が上がる。
「ちっ」
「へーあっはっは! 効かんと言っただろうが馬鹿が!」
「……さっきからチビとか馬鹿とか……腹立つわね」
「あん?」
イライラしながらレナは地面を踏む。
そのまま踏んだ地面が盛り上がり、どんどん形を変えていく。
「どっちがチビか確かめてみる?」
「な、な、ななな……」
出来上がったのは土人形、ゴーレムだ。
それも特大サイズ。
巨大な悪魔の巨大さが霞むほど大きな……雲にすら手が届くゴーレムだった。
それはまさしく、レナの苛立ちの大きさを表している。
「お、お、おおおお……」
「見上げたまま潰れなさい……おチビさん」
「ぐっ、ごえあ!」
特大ゴーレムの震脚で周囲の地形が歪んでしまう。
衝撃は四方へ伝わり、当然味方にも影響する。
ただ彼らはレナの性格と力を知っていたから、そこまで驚かない。
慌てふためく敵の隙を見つけてはついていくだけだった。
「いや~ 相変わらず派手だね~」
「ちょっとユーレアス。貴方もちゃんと働きなさい」
「わかってますよー、フレミアさん。ちゃーんと援護はしますから。さて……」
ユーレアスが真剣な表情で見たのは、セルスとベルゼドの様子だった。
戦闘が始まり数分。
彼らは未だ動かない。
「あっちは……とりあえず援護はいらないか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
向かい合う師弟。
周囲で轟音が響き、大地が揺れようとも眉一つ動かさない。
ただまっすぐ己が相手を見据えている。
「良かったのですか?」
「何がです?」
「彼らを通したことですよ。貴方のことだ……虚を突かれたとしても策は準備していたはずでしょう」
「ふっ、さすが先生ですね。その通りですが、何の問題もありませんよ」
ベルゼドは余裕の表情を見せる。
それに対してセルスは眉を顰め問いかける。
「問題ないとは? 貴方の役目は我々の足止めだったはず」
「ええ、ですが元から彼らは通すつもりでいました。まぁ先代の子孫は予定外でしたが……さして問題にならないでしょう。魔王様が負けることなどありえない」
「……過剰な自信ですね」
「適切ですよ。それより先生はご自分の心配をされた方が良い」
刹那。
ベルゼドが剣を抜く。
文字通り一瞬のうちに接近して、セルスの喉元に刃を向ける。
しかしこれを読んでいたセルスは問題なく剣で受けとめた。
「心配とは?」
「ふっ、この程度は受けますか。ならばお教えしましょう。私はもう先生を超えているということを」
剣と剣の応酬が始まる。
常人は当然、達人ですら取られるのがやっとな攻防が繰り広げられる。
互いに動きを知っている者同士。
読み合い、駆け引きを交えて剣を打ちあう。
「先生の剣技は素晴らしいです。ただ貴方は老いている。それも事実」
「くっ」
セルスが徐々に押され始める。
「わかりますか先生、膂力も魔力も私のほうが上回っている。かつての私ではない! 老い続ける貴方ではもう勝てないのですよ!」
「っ……」
「どうしますか? 今ならまだこちらに戻ることも出来ますよ? 先生の力は魔王様も高く評価されています」
まさしく悪魔のささやき。
「戻る? 私の主はもとより一人、貴方たちとは違う」
「それは残念です。ならばここで――」
「それともう一つ」
激しい剣劇の応酬の中で、セルスは大きく隙を作る。
わざとらしく開けられた胴に、ベルゼドの剣が反射的に反応した。
「しまっ」
と思っても手遅れ。
わざと隙を作っていたセルスは簡単に躱し、ベルゼドの肩を斬りつける。
「ぐっ……」
「確かに膂力も魔力も貴方が上です。しかし剣技において、私が貴方に後れを取ることはない」
「……先生」
「覚悟しなさいベルゼド。年季の違いというものを教えて差し上げましょう」






