93.開戦
目の前には魔物の大群。
それを率いる幹部の眼光が鈍く光り、俺たちを威圧する。
アレクシアとルリアナ、そして俺が目指すは大群の後方に構える城だ。
あの城の中に、現魔王がいる。
「まずどう突破するか……」
俺はぼそりと呟いて大群を改めて見る。
幹部もいるし、簡単には通してくれないだろう。
あまり消耗したくはないが、言霊で行動を制限してから一気に突破するべきか。
そう考えていたことがユーレアスさんにはわかったらしい。
「待ちたまえよ」
彼はポンと俺の肩を叩く。
「ユーレアスさん」
「こういう時は僕の出番だ」
そう言って、俺たちにしか聞こえない声で囁く。
「僕が杖で叩いたら、耳と目を塞いで」
彼はニヤリと笑みを浮かべ、持っていた杖をクルリと回転させる。
そのまま杖の柄を地面にぶつけた。
すると瞬間、まばゆい光と耳に響く高音が鳴る。
ベルゼドも思わず耳と目を塞いだ。
「っ、これは――」
「今だよ!」
続けて彼の魔法で、光の橋を生成した。
橋は俺の手前の地面から、大群の奥へと伸びている。
すかさず飛び乗り、そのまま一気に駆け抜けた。
悪魔と魔物たちが光と音で足止めされているうちに。
「こっちは任せて! その代わり魔王は任せるよ!」
「うん! 行ってきます!」
「任せるのじゃ!」
「後で合流しましょう」
そうして俺たちは別れた。
片や魔王との決戦に向い、残った彼らは大群と雌雄を決する。
互いに自分たちの役割を果たし、再び会う時は全てが終わった後になるだろう。
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「……行ってしまったね」
三人を見送ったユーレアスは、視線を隣に向ける。
彼の隣にはレナが立っていた。
レナはエイトたちが走り抜けた先をじっと見つめている。
「本当に良かったのかい?」
「何のこと?」
「エイト君たちの方に行っても良かったんだよ? 僕らは止めなかったし、彼も拒まなかったんじゃないかな?」
僕らというのこの場に残った全員を指していた。
セルスを含めて、レナがエイトに抱いている特別な感情を知っている。
エイト自身も知っているし、端から見ても明らかだ。
決戦の時。
泣いても笑っても、この戦いで全てが決まる。
だからこそ、大切な人の傍で戦いたいと思うのは、考えてみれば自然なことだ。
「ふっ」
けれども彼女は笑う。
強がりではなく、呆れた笑いを見せる。
そんなこともわからないのかと言いたげに、ユーレアスの顔を見つめる。
「馬鹿ね。そんなことありえないわ」
「どうしてだい?」
「私の力は一対一より多勢相手のほうが向いているわ。それは私が一番わかっているし、エイトだってそう思っているはずよ。みんなだってそうでしょ?」
「それはまぁ……そうだね」
レナの力と戦闘スタイルは、彼女の言う通り多勢に向いている。
彼女一人いるだけで、数での不利が打ち消されるほどだ。
だからこそ、彼女は残ることを選んだ。
愛する人の背中を、信頼できる仲間たちに任せて。
「そうは言っても心配じゃないのかい?」
「くどいわね。心配なんてしてないわ。だって、彼が負けるはずないもの」
レナは涼しい顔でそう断言した。
彼女は知っているのだ。
エイトが持つ強さを……その力が魔王なんかに劣らないことを。
それだけではない。
今の彼には勇者と魔王もついている。
「わかったらいい加減構えなさい」
「ふふっ、そうだね。どうやら迷いなんてなかったらしい」
「最初からそう言っているでしょ」
二人とも臨戦態勢に入る。
アスランとフレミアも同様に武器を構えた。
魔物の群れに注意しつつ、中央に堂々と陣取る悪魔も警戒する。
誰が最初に攻め込むべきかを、言葉ではなくアイコンタクトで探っていく。
その最中に、セルスが口を開く。
「失礼ですが皆さん、ベルゼドの相手は私にお任せして頂けませんか?」
セルスは鋭い眼光でベルゼドを睨み続けていた。
四人とも視線は前に固定しながら、セルスから発せられる殺気と怒りを感じる。
彼は続けて四人に言う。
「あれは私の弟子です。私が残してきた汚点でもある……どうかここは、私に自らの不始末を片付ける機会を頂きたい」
「そいつは構わねぇが……いけんのか?」
「無論です。アスラン殿」
数秒の沈黙を挟む。
「……わかった。じゃあ任せるからな」
「ありがとうございます」
「よし、オレたちは周りの魔物どもを蹴散らすぞ」
「「「了解」」」
合図はなく、全員の呼吸が揃ったタイミングでユーレアスが魔法を展開する。
「いくよ」
ユーレアスの足元に展開された巨大な魔法陣は、彼の頭上に無数の火球を生成。
流星のように火球は魔物たちへ降り注ぐ。
続けてレナが地面を割り、魔物たちを分断。
アスランは右を、レナは左を相手取る。
フレミアはユーレアスより一歩下がり、三人の支援に専念する。
そして――
「待たせましたね、ベルゼド」
「はい、先生」
燃え上がり揺れる戦場で、師弟が向かい合う。






