92.最後の壁
目の前に宿敵の城。
あと少しでたどり着く。
気の緩みはなく、万全の準備で臨んだ。
それでも……
「あと一歩足りなかったようだな」
「終わったみたいに言わないでくれるかな? っ痛た……みんな無事かい?」
ユーレアスさんの声に四方から反応する。
「大丈夫ー」
「お尻をうったわ」
「くらくらするのじゃ~」
アレクシア、レナ、ルリアナが順に答えた。
他のみんなも衝撃で倒れはしたが、大きな外傷はなさそうだ。
制御室そのものも壊れてはいないらしい。
外の映像は変わらず見えている。
「お、落ちたんだよね?」
「ああ、墜落した」
「何でこの部屋はビクともしてないんだ?」
俺が尋ねると、インディクスは呆れたように鼻で笑う。
「ふっ、馬鹿か? ここは制御室だぞ? 核の次に重要な場所なのだから、頑丈に作ってある」
「ああ、そういう……」
お陰で助かった。
映像に映し出された外の建物は、さっきの衝撃で倒壊している。
これだけの質量が落ちたのだ。
衝撃でこの部屋以外バラバラになってもおかしくなかったけど……どうやらそれは免れたらしい。
ホッと胸をなでおろす。
「安心している場合か? よく見ろ」
「え?」
インディクスの視線の先。
映し出された映像の端に、蠢く影が見える。
徐々に近づくそれは、一つや二つではない。
「あれは……魔王軍配下の悪魔たちか」
「魔物も一緒にいるよ!」
「みたいだね。やれやれだ」
彼らはまっすぐこの城へ向かってきている。
何が目的なのかは考えるまでもない。
「あれを突破しないと魔王城へはたどり着けない。僕らが相手するしかなさそうだね」
「んじゃ行くか」
アスランさんは拳と拳を叩き合わせる。
気合は十分、覚悟も出来ているという表情で、俺たちにも問いかける。
「もちろん! そのために来たんだから! ね? エイト君」
「ああ」
ここにいる誰一人、覚悟の決まってない者はいない。
俺たちは戦うために来たんだ。
全員が立ち上がり、迫る敵の大群を見る。
「私はここに残る。城の回復を優先するが構わないな?」
「もちろん。じゃあエリザも残って、彼を手伝ってくれるかな?」
「了解しました」
「余計な気遣いは不要だよ」
「気遣いじゃない。必要だから言っているんだ」
そう言って、ユーレアスさんは杖で地面をたたく。
コンという音を合図に、インディクスとエリザ以外が消える。
「ふっ、まぁいい。早々に終わらせるぞ」
「了解しました。元マスター」
「その呼び方は止めてくれ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ユーレアスさんの魔法で俺たちは転移した。
場所は城の外周。
すでに眼前には、おびただしい数の魔物と悪魔たちが構えていた。
それを見てアレクシアが呟く。
「すごい数だね」
「つっても所詮は有象無象だ。数いりゃいーってわけじゃねぇーよ」
「いいえ、アスラン殿。雑兵ばかりではありませんよ」
そう言ってセルスさんは一点を睨む。
険しい表情で見つめる先に、アスランさんや俺たちも視線を合わせる。
大群たちの中心に、一人の悪魔が立っていた。
腰に剣を携え、二本の角を有し、黄金の瞳でこちらを見据える。
彼は微笑み、口を開く。
「お久しぶりですね、先生」
「ええ、久しいですね……ベルゼド」
「え、知り合いなのか」
「ベルゼドは爺の弟子じゃよ」
ルリアナの一言で、俺の疑問は早々に解消される。
さっきからセルスさんの顔が異様に怖い。
その意味は、相手が自分の弟子で、敵として立っているからに他ならない。
「勇者とそのお仲間の方々ですね? 初めましての方も多いようなので、ここで挨拶をしておきましょう」
彼は優雅に礼儀正しく振舞う。
さながら人間の貴族のように。
「私は魔王様の側近、ベルゼドと申します。魔王様の命により、皆さまのお相手をさせていただきます」
「はっ! 悪魔とは思えない振る舞いだな」
「アスランも見習ったら?」
「そ、そういうこと言うなよフレミア……んで、どうする? 馬鹿正直に相手するか?」
ベルゼドと大群を無視して、後ろの魔王城に乗り込むのも手だと、アスランさんは言いたいのだろう。
実際、魔王戦を控えている今、なるべく体力は温存しておきたい。
するとセルスさんが言う。
「ルリアナ様、ここは私にお任せいただけますか?」
「爺」
「貴女のお力は、リブラルカとの戦いに必要です。ですので」
「そういうわけだから、アレクシアとエイト君も行って良いよ」
そう言ったのはユーレアスさんだった。
彼と共にアスランさん、フレミアさんも前に出る。
そしてもう一人。
「行きなさい」
「レナ」
「本当は私も一緒に行きたいけど、ここは私の力が必要みたいだから」
「……そうだね」
大群が相手だ。
レナの強大な力は、こういう場でこそ発揮される。
「魔王は任せたわよ。それと、必ず帰ってきて」
「ああ」
「……じゃあ予約ね」
「え?」
不意に頬を挟まれて、気づけば唇が重なっていた。
唇が離れて、アレクシアの羨ましそうな顔が目に入る。
「帰って来なかったら思いっきり叩くわよ」
「死んだら叩けないけど?」
「その時は臨世まで行ってひっぱたくわ」
「はははっ、それは困る。じゃ……意地でも戻るよ。三人で」
「ええ、待ってるわ」






