83.姫様が怖い
不穏な空気が部屋の中に漂う。
じとーっと姫様が俺を見つめていて、両脇で二人が俺の腕に抱きついていた。
「では私は先に失礼します」
「え、あ、はい」
「――まぁ頑張れ若者」
そう言い残し、騎士団長は部屋を出て行った。
頑張れと言われても……どうしよう。
「エイトの部屋ってどこなの?」
「ボクが知ってるよ! 難しい話も終わったしボクも疲れたな~」
「そ、そうだね。それでは姫様、俺たちもこれで」
「え、ちょっと――」
「失礼します!」
俺は逃げるように部屋を出た。
すみません姫様。
この状況で何を話せばいいのかわからないんです。
というより何で姫様がショックを受けているような……まさかな。
自室に戻ると、俺よりも先にアレクシアがベッドに飛び込んだ。
「わぁ~ ふっかふか~」
「良い部屋に住んでたのね」
「本当にね」
姫様のご厚意にあやかって、随分と贅沢な暮らしをしていた。
旅に出てから、王城での暮らしが夢だったように感じることだってある。
「えーっと、本当に二人とも今晩はここで寝るつもり?」
「もちろん!」
「当たり前でしょ」
「そ、そうか」
まぁわかっていたけど。
二人とも冗談でそんなことをいう人じゃないし。
「ボクたちが一緒じゃ嫌?」
「嫌じゃないって」
「それとも私たちより、姫様のほうが良かった?」
「な、何言ってるんだよ! そんな畏れ多いこと考えるわけないだろ」
「ふぅ~ん」
レナが疑いの目を向けてくる。
じとーとみられて嫌な汗が流れる。
「まぁ良いわ」
俺はふぅと息を漏らす。
すると、扉をノックする音の後に、姫様の声が聞こえた。
「エイト、私です」
「ひ、姫様?」
ムッとするレナとアレクシア。
「どうしましたか?」
「お休みの所すみません。後で一度エイトの作業部屋に来ていただけませんか? 騎士団倉庫のことでロランド騎士団長がお話をしたいそうです」
何だ、そういう話か。
騎士団倉庫の武器防具に付与してから、中途半端に預けてしまっていたことも気がかりだったから、話が出来るのは丁度良い。
二人の顔をチラッと見ると、同じようにホッとしているようだ。
「わかりました。十分後に行きます」
「はい。お待ちしております」
ん?
待っているのは騎士団長なんだよね?
姫様の言葉に疑問を感じつつ、時間になって俺は作業部屋に足を運んだ。
そんなに長くかからないだろうし、二人には部屋で待っていてもらっている。
「あれ?」
「お待ちしていました」
なぜか姫様が部屋で待っていた。
騎士団長の姿はない。
「どうして姫様が? ロランド騎士団長はどこに?」
「すみません嘘をつきました」
「へ?」
「騎士団長からお話というのは嘘です。ああいえば、エイト一人で来てくれると思ったので……」
「姫様?」
姫様がモジモジしながら、俺の顔をチラッと見る。
「そ、その……エイトにお聞きしたことがあります」
「何ですか?」
「あの……それは……あ! そう! 先ほどのお話にあった先代魔王の娘のことです」
「え? ルリアナのことですか?」
「はい! 人間と共存を望んでいるという話だったので」
てっきり部屋で待っている二人のことを聞かれると思っていたけど、どうやら違ったらしい?
一先ず安心して、俺は姫様の隣に座った。
それからルリアナのことと、自分の力のことも併せて話した。
「ではエイトの中に?」
「はい。俺の中には、先代魔王の力の一部が宿っているんです。今まで何度も助けられました」
「そうだったのですね。私たちも、知らないうちに魔王に助けられていたんですね。何だか不思議な気分です」
「はい。でも、だからこそ信じられるんです。悪魔との共存も夢じゃないって」
「はい。私もそう――って違います!」
姫様は突然大きな声でそう言った。
「え? 違う?」
「ち、違わないですけど、そうではなくて、私が聞きたかったのは別のことで」
姫様は混乱しているようだ。
あたふたする姫様は珍しくて、見ていて新鮮だった。
姫様は落ち着くために大きく深呼吸をして、決意したように俺を見つめる。
「エイトはその……アレクシアたちとは仲良くやっていますか?」
「え、それはもちろん」
「そうですか……ちなみにそれは、仲間として?」
「あ、えっと」
「……もう言わなくてもわかります」
姫様は悲しそうにため息を漏らす。
「どちらとですか?」
「はい?」
「ですから、どちらとそういう関係なのかなと」
「いや~ どちらというか、両方というか、どちらでもないというか……」
「……はい?」
姫様の表情が少し変わった。
これは良くない気がする。
「私はどちらかと聞きましたよ?」
「そ、そうですね」
「なぜ答えられないのですか?」
「その……」
素直に言って良いものか?
二人の気持ちは知っていて、どちらも尊く思っていて、自分でも決めかねていると。
あと肉体的なあれやこれやもしているとか。
言っていいのか?
「エイト」
「は、はい!」
「詳しくお聞かせいただけますか?」
「……はい」
姫様の笑顔が怖くて、俺は素直に話すことにした。






