82.懐かしく感じる
転移の水晶。
同じ水晶同士をつなぐ魔道具。
魔力を込めることで発動し、有効範囲内にいる者を対となる水晶へ転移させる。
「じゃあ行ってきます」
「うん。何かあったら連絡しに行くから、いつでも戻れる準備はしておいてね」
「はい」
転移発動。
光に包まれて視界が真っ白になり、次に見えた景色は王城の一室だった。
「研究室?」
「ここ俺の部屋だ」
「エイトの?」
「本当だ! 前に来たことあるから知ってるよ!」
王都を出てからそんなに長い時間は経っていない。
冒険者として過ごした期間のほうが圧倒的に長いし、この部屋で過ごしたのも一月前後だ。
それなのに凄く懐かしく感じてしまうのは、これまでの旅が劇的だったことと、この場所の居心地が良かったからだろう。
「ここで寝泊まりしていたの?」
「ううん。ここは仕事部屋だからね。寝室は別であるんだよ」
「へぇ~ 良待遇ね」
「一応これでも宮廷付きだからね」
最初の頃は自分でも信じられなかったけど。
「そう。なら今夜は私もエイトの部屋で寝るわ」
「あーずるいよレナ! ボクもエイトと一緒のベッドが良い!」
「え、あ、いや確かに大きいベッドだけど、さすがに三人も一緒だと狭いよ?」
「大丈夫!」
「くっつけば問題ないわ」
「そうそう! 問題ないよ!」
いや……問題はあるだろう。
ここが王城だってことを忘れてないか?
トントントン――
不意に扉をノックする音が響く。
俺たちは扉へ視線を向ける。
「誰かいるのですか?」
この声は……
ガチャリと扉が開く。
「ここはエイトの作業部屋です。許可なく立ち入っては――エイト?」
「はい。ただいま戻りました、姫様」
「エイト!」
パァと姫様の表情が明るくなる。
勢いよく俺の近くまで駆け寄ってきて、両手を握る。
「お帰りなさい! いつ戻ってきていたのですか?」
「ついさっきです。余裕が出来たので、旅の報告もかねて一度戻ることなって」
「そうだったのですね。元気そうで良かった」
「姫様も」
姫様の声を聞いていると安心する。
それに元気そうでホッとした。
「あの~」
「私たちもいること忘れてるわよね?」
「え、あ、アレクシアにレナさんも」
「今気づいたの!?」
「そうみたいね。というよりいつまで手を繋いでいるのかしら?」
レナに言われて気付き、姫様が慌てて手を離す。
恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
そんな表情をされると、俺も恥ずかしくなってしまう。
「ねぇレナ……」
「言わなくても大丈夫よ。同じこと考えているから」
ギロっと二人が俺を睨んできた。
何で睨まれているんだろう?
「え、えっと報告をしてもいいですか?」
「あーでしたらロランド騎士団長も交えて」
「そうですね」
一先ず場所を移すことになった。
道中、二人に両脇をつねられてわかった。
我ながら気付くのが遅い。
二人とも嫉妬していたのだろう。
廊下を歩き、別の部屋に入る。
部屋にはすでにロランド騎士団長が待機していた。
俺たちが顔を出すと、彼は驚いたように目を丸くして立ち上がる。
「勇者アレクシアにレナ殿、それにエイト殿も!」
「お久しぶりです。ロランド騎士団長」
「ああ。しかしなぜここに?」
「彼らは旅の報告に来て下さったのです。経緯は今からお話していただきます」
姫様が俺に視線を送る。
お願いしますという合図だ。
俺は旅の経過と、これからの決戦についてを説明した。
説明を終えると、騎士団長は噛みしめるように言う。
「な、なるほど……色々と驚かされたが、遂に魔王を倒すときが来たのだな」
「はい。あと一歩です」
「そうか。ようやく平和が……」
騎士団長は嬉しそうに笑顔を見せる。
でもすぐに真剣な表情に戻って、自分の報告を始めた。
どうやら俺たちが旅を続けている間に、他国との間で小競り合いがあったらしい。
元々友好的ではない国同士。
魔王討伐に戦力を削いでいる今がチャンスと考えて、戦争をしかけてくる気配があったそうだ。
今は友好国と協力して、戦争を未然に防ぐ努力を続けている。
「しかし時間の問題だ。準備が完全に整えばあちらは攻めてくる」
「呆れる話ね。人類の危機だっていうのに」
「本当だよ。なんで協力できないのかな~」
俺もそう思うけど、悪魔同士で争っているのと同じように、人間でも分かり合えない相手はいる。
目先の利益しか見えていない者と、先の未来を見据えている者では、どうしたってかみ合わないだろう。
「魔王討伐が近いことは我々にとっては朗報だ。魔王を倒せるほどの者たちがいる。そう認識すれば、さしもの彼らも引き下がるだろう」
「ボクたちが勝てば戦争を未然に防げる?」
「ああ」
戦う理由がまた増えたな。
「報告は以上ですが、皆さんはこの後どうされるのですか?」
「一晩はこっちで過ごす予定です。出発までに二日かかるので」
「そうですか。でしたらエイトは自室がありますし、二人の部屋を用意しますね」
姫様がそう言った後、俺は嫌な予感がした。
「その必要ないわ」
「ボクたちはエイト君の部屋で一緒に寝るから!」
「……え?」
嫌な予感は早々に的中した。






