79.勇者から勇者へ
「足を引っ張るでないぞ!」
「そっちこそ」
勇者と魔王が互いの顔を見て、小さく笑う。
こんな状況だというのに、どこか楽しそうで、思わずホッとしてしまった。
そんな俺たちに構うことなく、モードレスが茨を伸ばす。
全員を吹き飛ばした時と同じ量の茨が襲う。
「【止まれ】」
全ての茨がピタリと動きを止める。
さっきより言霊の力が強まっている。
ルリアナが魔王の力に目覚めた影響なのか?
俺の中にある先代魔王の一部が、彼女の変化を感じ取って、共鳴するように力が湧き上がる。
「【聖属性】」
宙を舞う無数の剣に付与して、モードレスに剣の雨を降らせる。
聖剣程の力はないから、彼を倒すことは出来ない。
だけど、力を削ぐことは可能だ。
それに……
「何だろう?」
不思議な気分だ。
今なら――
何でも出来る気がする。
「【燃えろ】」
止まっていた茨に炎がともり、一瞬で全ての茨に燃え広がった。
炎はモードレスにも届き、苦しんでいるように見える。
「う、うおあ……燃える。燃えている? なぜ、なぜだぁ!」
「やるなエイト!」
「凄い。こんなことまで出来たんだね!」
「いや、出来なかったよ」
「え?」
キョトンとするアレクシアに俺は言う。
「今、ようやく出来るようになったんだ」
「そうなの?」
「ああ。俺もまだまだ強くなれるみたいだ」
そう思うと嬉しい。
「さぁ来るよ! あれくらいで倒れる相手じゃないからな」
「妾に任せるのじゃ!」
ルリアナが宙に浮かび、モードレスの頭上に移動する。
炎を振り払うモードレス。
強く地面を踏みしめようとした瞬間、モードレスの身体が浮く。
地面から足が離れたことで、力がスルリと抜け倒れる。
そこへ今度は押しつぶす重力をぶつける。
「このまま潰れてしまえ!」
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおお」
重力を自在に操れるのであれば、自身の身体を浮かして飛ぶことも容易だ。
そして彼女の力は、操るのではなく支配すること。
浮かせられるのは自分だけではない。
周囲の重力を支配することで、モードレスを浮かせて落とし、文字通り手玉にとる。
「今じゃアレクシア!」
「うん!」
動けないモードレスは瞬時に新たな茨を生成。
両手で聖剣を振りかぶるアレクシアは身構える。
「【散れ!】」
アレクシアに迫る茨が四方へ弾かれる。
視界は良好、本体は動けない。
反撃はない。
「行け、アレクシア」
「うん!」
聖剣の輝きが周囲を明るく照らす。
その光はかつて勇者だった者たちの目にも――
「ああ、やっと……やっと終わる」
肉体のない鎧から、一滴の涙が流れ落ちた。
アレクシアは聖剣を振るう。
輝かしい聖なる力が、穢れてしまった力を浄化していく。
ピキピキ――パキンッ!
漆黒の剣が砕け散る音が響く。
それはかつて聖剣だった。
彼女が今、手にしている剣と同じ。
多くの人々の期待を背負い戦った勇者と戦友。
「ボクには……裏切られる悲しさはわからない。その辛さを分かち合うことはできないよ」
アレクシアは倒れた鎧に話しかけている。
たぶん、モードレスにではない。
その中にいる大先輩たちに向けて話しているんだ。
「昔のことは知らないし、ボクは馬鹿だから難しいこともわからない。裏切られる……こともあるのかな」
「アレクシア」
「でもね! それでもボクは最後まで戦うよ! だってボクは勇者だから! 困っている人がいたら助けたいし、一緒に悩みたい。何もしないでいたら……そっちのほうが後悔すると思う!」
アレクシアらしい言葉だ。
そんな彼女の言葉に、鎧から声が返ってくる。
「それ……で、こそ……勇者だ……」
「うん! ボクは勇者だよ」
今、この瞬間。
彼女は大先輩たちから認められたのだろう。
「最後……に、頼む」
「え?」
「もう……抑え……ない」
鎧騎士からどす黒いオーラがあふれ出す。
「アレクシア! 一旦下がれ!」
「う、うん!」
あふれ出したどす黒いオーラはさらに膨れ上がり、抉れた大地に黒い沼を作る。
液体のように濃い魔力だ。
さっきモードレスから放たれていた力とは違う。
もっと濃くて、嫌な感じがする。
それは雲が高く膨れ上がるように膨張して、影の巨人に変化した。






