78.魔王の特権
「な、何じゃ?」
世界が白黒になり、全てが静止している。
誰も動かない。
自分だけが自由に動ける。
ルリアナは困惑して辺りをぐるっと見渡す。
「何が起こって……」
――力だ。
彼女の耳にだけ声が聞こえた。
その声は懐かしく、誰かに似ていた。
「父上? 似てる……でも違うのじゃ。誰じゃ!」
私は力だ。
「力じゃと?」
そう。
私は眠っていた。
君の中で眠っていた。
呼び起こされたんだ。
叫びを聞いて、奮い立ったんだよ。
「何を言っておるのじゃ?」
助けたいのだろう?
力がほしいと願ったのだろう?
「――そうじゃ! 妾は爺を助けたいのじゃ! みんなも!」
ならば私を使うと良い。
優しい声と共に、ルリアナの左胸が光り出す。
私は君の力だ。
君と共にあり続けた――魔王の特権。
「魔王の特権?」
胸の輝きが強まっていく。
ルリアナは自身の中で湧き上がる力の渦を感じながら、最後の声に耳を傾ける。
心して使いなさい。
君は魔王――支配者だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
負傷したアレクシアを守ろうとするセルスさんがいる。
情けない。
こんな時、彼女を守るのは俺でなくてどうする?
「くそっ……」
茨の攻撃からみんなを守るために、言霊を広範囲に使ってしまった。
お陰で喉が潰れている。
フレミアさんが必死に治療している。
自分も傷を負っているのに、構わず俺を回復させようとしてくれていた。
他の皆も、アレクシアたちを守ろうと立ち上がる。
フラフラで、血を流しながら。
でも、間に合わない。
諦めかけた瞬間、地響きが鳴る。
モードレスが地面に押しつぶされ、両手両ひざをついて這いつくばる。
「こ、これは……」
「爺は妾の家族で、皆は妾の友人じゃ」
「ルリアナ……様?」
赤黒い髪は白く、瞳の色はより赤く。
全身から漏れだす魔力がオーラのようにハッキリと見える。
他者を圧倒するほどの魔力量。
そして、鋭き眼光――
「不敬じゃぞ」
「そのお姿は……魔王様」
「遅くなってすまなかったのじゃ、爺」
「遂に……遂に特権を発動されたのですね」
「うむ。どうやらそうらしい」
魔王の特権。
先代から聞いた話によれば、魔王になる者は、それぞれ強力な特権を持っているという。
魔王とは支配者。
その特権も、支配の形の一つ。
「ぐぉ、おおおおおおおああああああ」
「うるさいのじゃ。下がれ」
モードレスが吹き飛ぶ。
さっきは押しつぶす力で地面に縫い留め、今度は弾くように吹き飛ばした。
先代魔王の支配力は、空間に特化していた。
周囲の空間を支配して、自分だけの新しい異空間を生み出す。
言霊も、言葉による支配の形。
そして、ルリアナの場合。
支配力が向く先は――重力。
「重力操作。それが彼女の特権か」
この世に生を受けた瞬間から、全ての生物は重力に抗っている。
ルリアナはその力を支配し味方につけた。
モードレスが立ち上がる。
その様子を見ていたインディクスが、ぼそりと呟く。
「ふむ。どうやら訂正しなくてはならないようだな」
「何がですか? 元マスター」
「元か、まぁ呼び方はどうでもいい。私は彼らに、モードレスに対抗できるのは聖剣だけだと伝えた。だが、今となっては間違いだ。勇者に対抗できる力は……もう一つある」
勇者と対を成す存在……それは魔王。
魔王の力に目覚めた彼女もまた、穢れた勇者に対抗できる存在となった。
「ここから先は妾に任せるのじゃ」
「しかし、お待ちください。ルリアナ様は力を発現させたばかりです。長く保てないでしょう」
「うむ。もってあと五分じゃな」
解放したばかりで不安定な力だ。
彼女自身もそれに気づいていた。
「じゃが心配はいらん。妾はもう……一人ではない」
「――開門」
無数の剣が空を舞う。
「ありがとうございます。フレミアさん」
「いいえ。後はお願いしますね」
「はい」
フレミアさんの治療を終えて立ち上がる。
「信じておったぞ。父上に選ばれたお前が、立ち上がらないわけないと!」
「ああ、そうだな。俺たちは託されたんだ」
力と想いを。
こんな所で負けていられない。
「ちょっと、二人だけで話を進めないでくれるかな?」
「何じゃ? お前も動けるのか?」
「当たり前だよ。ボクは勇者なんだから」
ボロボロになりながらアレクシアは立っていた。
彼女は聖剣の力で肉体を活性化させ、治癒能力を高めている。
セルスさんが庇い、ルリアナが時間を稼いだことで、徐々に傷が癒えていく。
「そうじゃったな。まさか……勇者と共に戦う日が来るとは……父上も思っておらんかったじゃろう」
「ボクだって考えたこともなかったよ」
「良いじゃないか。きっと……あの人は喜ぶと思うよ」
人間と悪魔が手を取り合う。
勇者と魔王が共に立ち上がり、巨悪に立ち向かう。
出来れば直接見せてあげたかった姿だ。
「勝つよ!」
「ああ」
「当然じゃ!」






