8.宮廷付与術師になりました
「ただいま戻りました。姫様」
「エイト! 皆さんも……よくご無事で」
リッチーとの戦いを終え、俺たちは王城へ帰還した。
そんな俺たちを最初に出迎えてくれたのは、なんと姫様だった。
「皆さんが戻られたということは、リッチーを討伐できたのですね?」
「はい、何とか」
「そうですか。良かったです。これでもう、犠牲者が増えることはないのですね」
「ええ。アンデッドの群れも退治しましたので」
姫様は心の底から安堵している。
そうだとハッキリ伝わるくらい、安心しきった笑顔を見せていた。
場所を移し、城内の一室に入る。
部屋の中には俺と姫様、それにロランド騎士団長もいる。
リッチー戦の詳しい報告を、団長から姫様に伝えてもらった。
「では、こちら側の死傷者はいないのですね?」
「はい。軽症の者が数名いるだけです。すでに白魔導士が治癒を施していますので、何の問題もないかと」
「そうですか。素晴らしい戦果ですね。リッチーとアンデッドの群れを相手に、たったこれだけの被害で済むなんて」
「ええ。私も信じられないくらいです。これも全て、エイト殿のご助力があってこそだと思います。彼こそ百年、いえ千年に一人の逸材でしょう」
騎士団長は大げさに、声量を上げて俺を褒めてくれた。
嬉しいけど、さすがに褒め過ぎじゃないかな。
「買い被りですよ。俺はそんな大したことしてませんし」
「何を言うか。リッチーを倒したのは君だ」
「それはそうですけど、皆さんがアンデッドの群れを引き付けてくれていたお陰で、リッチーに隙が生まれたんです。もし純粋な魔法の撃ち合いとかになっていたら、さすがに厳しかった」
「仮にそうなっていたとしても、エイト殿なら何とかしていただろう。リッチーを倒した手際を遠目に見ていたが、あそこまで的確な動きが出来る者もそうはいない」
そうなのかな?
あんまり自覚はないけど、もし騎士団長の言う通りなら、たぶん冒険者を続けてきた二年の経験があるからだろう。
曲がりなりにも俺は、最前線で戦うSランクパーティーの一員だったんだ。
モンスターの動きとか習性はもちろん知っているし、色々な場面にも遭遇してきた。
ずっと見て学んできたことが、こうして実際に戦ってみて発揮されたのだとしたら、それは少し嬉しく思う。
彼らと過ごした二年間も、決して無駄ではなかったんだな。
そう思うと自然に、表情が綻んでいた。
「姫様! エイト殿の宮廷付きの件、私からも強く推薦します! エイト殿の助力があれば心強い」
「ありがとう。騎士団長もそう言っていることですし、私から推薦する必要もないかもしれませんね。お父様には手紙で連絡しておきます」
「では?」
「はい。今、この場をもって、あなたを宮廷付与術師に任命します」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しさのあまり、俺は勢いよく頭を下げお礼の言葉を口にしていた。
宮廷付与術師になれる。
これで俺も、城で働くことが出来るんだ。
そして何より、認めてもらえたことが嬉しくて、心が震える。
「正式な決定は、お父様からの返事が来てからになりますが、間違いなく受理されるでしょう。私と騎士団長の推薦に、リッチー討伐の功績もありますから」
「返事が来るまでの間は、騎士団の隊舎を自由に使ってもらって構わない」
「良いんですか?」
「ああ。エイト殿なら大歓迎だ。皆もそういうはずだろう」
「ありがとうございます」
ちょうど宿屋も引き払って、住む場所を探そうと思っていた。
住まわせてくれるなら有難い。
宿を探す手間が省けたぞ。
「ありがとうございます」
それから三日間、俺はお城で過ごした。
騎士団隊舎は想像以上に広くて快適だったよ。
騎士の皆も優しくて気前が良いし、話して楽しかった。
ただ、体験として訓練にも混ぜてもらったけど、あれはきついな。
一日でも十分すぎるくらいに疲れたよ。
よくあんなに厳しい訓練を、毎日続けられるなと感心した。
そして――
「お父様からお返事が届きました。これで正式に、宮廷付与術師として認められましたね」
「ありがとうございます」
姫様から制服も支給された。
宮廷付きであることの証明に、胸の部分には王国の紋章をモチーフにした刺繍が施されている。
全体的に白くて派手なデザインだ。
「よく似あっていますよ」
「そ、そうですか?」
冒険者の服装は、基本的に地味で目立たないものが多い。
それとは正反対な服装に、少し戸惑っていた。
「この服を着ていれば、誰も一目で、エイトが宮廷付きであることがわかります」
「宮廷付き……何だか夢みたいだな」
少し前までは、パーティーを追い出されて途方に暮れていた。
それが今や、お城に仕える身とは……人生、何が起こるかわからないな。
「あの、姫様」
「はい?」
「実は俺……姫様と会う前に、パーティーを追い出されたんです」
「そうだったのですか?」
なぜ急に話そうと思ったのか。
自分でも不思議だったけど、すぐにわかった。
姫様には、他人の命を心から尊ぶ優しさがある。
そして俺の成果を、ちゃんと認めてくれた。
彼女になら話しても大丈夫だと、むしろ隠さず話すべきだと思ったんだ。
「姫様、俺を雇ってくれて……本当にありがとうございます」
「頭を上げてください」
姫様は優しく、ニコリと微笑む。
「やはり私は、幸運に恵まれていたのですね」
「え?」
「エイトにとっては不幸続きだったと思います。それでも私は、そのお陰でエイトに出会えました。騎士団の皆さんも、きっと同じ気持ちでしょう。これはそう、幸福の恩返しです」
「姫様……」
出会えたことが幸福だと。
そんな風に言ってくれたのは、姫様だけだった。
俺はこの時、一生この人の笑顔を守っていきたいと、心からそう思ったんだ。






