76.勇者vs勇者の遺物
「勇者、勇者、勇者あああああああああああああああ」
「そうだよ! ボクは勇者だ!」
聖剣と聖剣だったもの。
二つの強大な力がぶつかり合い、周囲が無秩序に揺れる。
モードレスが持つ聖剣は、すでに淀み歪んでしまっている。
聖なる力は宿っていない。
輝かしい光は影となり、聖なる力は反転して、邪悪な負の力に変わっている。
「憎い! 裏切る! 裏切るぞおおおおおおおおおおおおおおお」
「っ、重い」
モードレスの剣を受け止めるアレクシア。
その一撃は思わず口に出してしまうほど重く、彼女の足元が衝撃でひび割れている。
「アレクシアが押されているね」
「当然だ。あれは元聖剣で、過去の勇者たちの力が蓄積されていると言っただろう? いわば何人もの勇者を相手にしているようなものだ。単騎で勝てる見込みのほうが薄いだろう」
「解説どうもありがとう。ところで――」
インディクスはその場を立ち去ろうとしていた。
ユーレアスさんがそれに気づき彼に指摘する。
「どうして逃げようとしているのかな?」
「奴の狙いは私だろう? だが今、奴は眼前に現れた勇者に夢中だ。逃げるなら今しかないと思うが?」
「そうかそうか。でも駄目だよ? 君もここに残るんだ」
「なぜだ? あれが相手では、私はさして戦力にもなるまい」
「まだ城の修繕が終わっていないじゃないか。それが終わるまでは残ってもらう。エリザ、彼が逃げ出さないように見張っていてくれるかい?」
「了解しました」
「……やれやれ」
インディクスはため息を漏らし足を止める。
ユーレアスさんが戦っている二人に視線を戻す。
「さて、僕らも援護に加わるよ。倒すことは出来なくとも、動きを止めることは出来るはずだ」
「おう!」
アスランさんが槍を構え、戦っている二人の間に入る。
アレクシアが一旦下がりモードレスと交戦を開始するアスランさん。
彼の槍はあらゆる防御を貫通する。
「チッ、やっぱ貫けないか」
ただし、力の密度で勝る相手には通じない。
彼の槍はモードレスの鎧に弾かれてしまった。
モードレスが剣を上段に構える。
「させないわよ」
レナがモードレスの足元を揺らし、地面を突き上げる。
体勢を崩したが、一瞬で立て直して突きあがった地面から跳び避ける。
「立て直しも速いわね」
「いいや十分さ!」
ユーレアスさんの魔法陣がモードレスの頭上に展開される。
「ダウンバースト」
地形すら抉る下降気流がモードレスを圧し潰す。
見た目ほどのダメージはないが、一時的に動きを封じた。
「アレクシア! 今だよ!」
「うん!」
その隙を突いてアレクシアが聖剣を振り上げる。
モードレスはうつ伏せになって地面に倒れている状態だ。
体勢も悪く、回避は出来ない。
だが、反撃が来る。
「なっ、くっ!」
「アレクシア!」
「だい……丈夫!」
反撃を受け流したアレクシアは空中で一回転して着地した。
左腕から血が流れている。
フレミアさんの治療を受けながら、立ち上がったモードレスを見る。
「あれは……黒い茨?」
モードレスの身体から、漆黒の茨がウネウネと伸びている。
動けなかった彼は、黒い茨を放つことでアレクシアに反撃、負傷させた。
黒い茨を纏った漆黒の鎧騎士。
手にした剣は黒く歪んで、力にも輝きはない。
その見た目は騎士から遠のき、魔物に近づいているようにさえ思える。
きっと、誰もが思うだろう。
あれが……
「本当に勇者だったの?」
口に出したのはアレクシアだけだった。
だけど俺も、心の中に同じことを呟いていた。
見れば見るほどに信じられなくなる。
目の前に現代の勇者がいるから余計わからなくなってしまう。
一番わからなくなっているのは、勇者であるアレクシア自身だと思う。
そんな彼女にユーレアスさんが言う。
「アレクシア。悩むのは後にしなさい。目の前にいるのは、僕たちの敵だよ」
「……うん」
冷たい言葉ではある。
それでも俺は、ユーレアスさんの言葉が正しいと思った。
アレクシアが何を考え、何を迷っているのかは何となくわかる。
彼女は純粋で優しいから、考えすぎるほど剣が振るえなくなってしまう。
モードレスが動き出す。
さっきまでより速い。
一瞬でアレクシアの前に迫る。
「【動くな】」
振りかぶった腕がビクッと震えて止まる。
止められたのはわずか一瞬だけ。
アレクシアはその一瞬で後退して聖剣を構えなおす。
「ありがとう! エイト君」
「ああ」
言霊は通用する……けど、一瞬だけだ。
その一瞬を止めただけで、喉に痛みが走った。
つまり、それだけ格上。
「アレクシア。ユーレアスさんの言う通りだ。今は悩んでいる場合じゃない」
「エイト君」
「もうわかってるはずだ。あの騎士は、他事を考えながら戦えるような相手じゃない」
「……うん」
全力を出さなければ勝てない相手だ。
それも一人じゃ足りない。
全員で連携して、どうにかアレクシアの聖剣を届かせる。
隙がない相手に隙を作るんだ。






