75.反転騎士モードレス
突然の衝撃は上から。
激しい揺れで一瞬、身体がふわりと浮く。
直後に下からの衝撃が起こって、身体を床に叩きつけられる。
「ぐっ……」
「ルリアナ様!」
「だ、大丈夫じゃ……それより何じゃ! やはり直っていないではないか!」
「違う」
インディクスがハッキリと否定した。
そう、違う。
今のは故障ではない。
おそらくルリアナ以外は気づいている。
「装置は直っている。今のは何かが落下した衝撃で、城ごと落とされた」
「な、落下じゃと? 一体何が――」
ようやく彼女も気づいたようだ。
なぜ気付かなかったのかと、自分の感覚を疑うかもしれない。
邪悪にして強大。
押しつぶされそうなほどの圧を、対面していない今でも感じ取れる。
「な、何じゃこれは……」
「外に出よう。ここでは一網打尽だ」
ユーレアスさんの提案に頷き、俺たちは全員で城の外へと走った。
まっすぐ正面に向う。
門があった場所に、それは立っていた。
いや、立っていたという表現は正しいのだろうか?
剣と鎧――
「反転騎士モードレス」
「あれが?」
「ああ、そうだ」
インディクスが肯定した。
彼から貰った情報に、その名前はある。
魔王軍幹部の一人にして、白兵戦最強と謳われる猛者。
そして――
「インディクス」
「やぁ、久しぶりだね? モードレス」
「久しぶり、久しい、ああ……久しいな」
「何をしに来たんだい?」
「決まっている。決めている。貴様を、裏切者を斬るために、私は、俺は、我々は裏切りを許さない」
独特な話し方だ。
何人かが同時に話しているような、混ざり合っているような感じがする。
聞き取り辛くて、わかりにくい。
ただ、ハッキリと伝わるのは――
「怖いね」
「ああ」
アレクシアが口にするほどの恐怖だ。
あの鎧騎士からは、どす黒く底知れない憎悪が漏れ出ている。
漆黒の鎧とまがまがしい形をした剣が、よりいっそう恐怖を煽る。
「ふっ、裏切りを許さない……か。君がそれを言うのかい?」
「私は、俺は、我々だからこそ言えるのだ。僕は、裏切りの果てに生まれた。だから、故に、私はお前たちを許さない。斬る、斬る、斬る」
モードレスが剣を握り、俺たちに切っ先を向ける。
灰色の柄と漆黒の刃。
装飾はさび付き、剣を納める鞘はない。
「インディクス、あれが本当に……聖剣だったのか?」
「そうだ。渡した資料にもそう書いたはずだ」
資料の内容を思い返す。
魔王軍幹部の一人、反転騎士モードレス。
その正体は――
「あれはかつての勇者が所持していた聖剣と、身につけていた鎧の成れの果てだ」
モードレスは、元勇者の遺物。
何百、何千年前から、勇者と魔王は存在していた。
互いの命に刃を突きつけあった。
何度も、何度も、何度も戦って、殺され殺し合い続けた。
新たな魔王が誕生すれば、また新たな勇者が選ばれる。
その繰り返しで、聖剣と鎧も代々次の勇者へ継承されていった。
「聖剣と鎧には、かつて勇者だった者たちの力が蓄積されている。それが徐々に大きくなり、次の勇者の助けとなった。しかし力と一緒に、勇者たちの後悔や無念、怒りや絶望も蓄積されていた。やがて感情と力は混ざり合い、溶けあって一つの人格を生み出した。それが奴だ」
人間のために戦った勇者たち。
その最後はいつも、助けた人間たちによる裏切りだった。
当時のことは詳しくわからないが、今よりも殺伐としていて、国という形すら曖昧だったようだ。
世界を救った英雄は絶大な支持を得る。
それを快く思わなかった権力者によって、勇者は暗殺された。
今では信じられないことだけど、実際に行われていた。
結果、彼のような存在を生み出した。
人間を恨み、憎み、否定する存在。
あれはかつて勇者だった者たちが残した負の感情。
その化身と呼べるだろう。
「死霊の類ではない。あれに通じるのは、よどみなき聖剣の力だけだ」
「アレクシア」
「うん、わかってる」
アレクシアが聖剣を抜き、モードレスに向う。
互いの剣がぶつかり、鍔迫り合いになる。
「お前はボクが止める!」
「剣、聖剣……勇者! 勇者か!」
「そうだよ! お前だってそうだったんだろう!」
「ゆうしゃ、勇者、ゆうしゃあああああああああああああああ」
モードレスは激昂して、アレクシアを力で吹き飛ばす。
アレクシアは空中で受け身をとって着地する。
「勇者、お前は間違っている。人間は醜い、裏切る」
「間違ってなんかいない! ボクは信じている!」
「違う、間違いだ。お前も裏切られる。俺のように、私のよう、僕たちと同じ」
「そんな世界にはしないよ。ボクが、ボクたちがさせない!」






