74.飛翔、即撃墜
「……」
「どうだい? 直りそうかい?」
「……この程度なら一日もあれば直せるよ」
「そうかそうか。さすがインディクス、予想通りで助かるよ」
「私は予想外だったがね。まさかこんな雑な理由で街を出されるとは……」
魔王城の飛行機能を直すために、ゲーデまでひとっ走りしてインディクスを連れてきた。
俺たちが知る限り、彼以上に魔道具に詳しい者はいないだろう。
「雑なものか。魔王城の機能だよ? 君だって興味あるんじゃない?」
「馬鹿を言え。こんなもの旧世代の遺物にすぎん。私にとっては取るに足らない」
「何じゃとお前! 妾たちの城を馬鹿にしておるのか!」
「馬鹿にはしていない。興味がないだけだ」
「何じゃと~」
グルグルと犬のように唸るルリアナと、それを無視して修理を続けるインディクス。
この二人は相性が悪そうだな。
「まぁまぁ落ち着いて」
「何なのじゃエイト、こんな奴に任せて大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ?」
「むぅ~」
「というより、ルリアナはインディクスのこと知らなかったの?」
「こんな失礼な奴など知らんわ!」
城のことを悪く言われたルリアナは、プンプン怒ってそっぽを向いてしまう。
二人の仲を取り持つのは難しそうだ。
悪魔同士のほうが仲良くできないなんて皮肉だと思った。
すると、インディクスがぼそりと言う。
「私も先代の娘など知らなかったな。そっちのご老人は……まぁ知らない仲ではないか」
「セルスさんと?」
「ええ。以前、彼を我々の城へ招待したことがありました。その際に一度だけ、お話をさせていただく機会がありました」
「じゃあインディクスも、元はこの城にいたってこと?」
「いいえ」
セルスさんが先に否定した。
続けてインディクスが作業の片手間に言う。
「私は断ったからな」
「え、断ったの? どうして?」
「待遇はともかく、理由が相容れなかった」
「理由?」
「そうだ。ここに生きる悪魔たちのために、その力を貸してほしい。確かそう言われたと思うが?」
「はい」
俺は良い理由だと思った。
ただ、インディクスには伝わらないだろうとも思った。
彼は魔道具のことしか興味がないし、自分が作りたいものを優先するからな。
「他者のためになどくだらない。私は私のためにしか動かない。だから断ったのだ。環境と資金は用意するから好きにやってくれ、とでも言われたら断らなかっただろうな」
「……つまり、リブラルカにそう言われたのですね」
「ああ。だから協力していた。もっとも、それも数日前までの話だ」
「……信用してもよろしいのですね?」
「勝手にすればいい。私は私の利益を追うだけだ」
二人の間に険悪な雰囲気が漂う。
ルリアナよりも、こっちの二人のほうが仲良く出来ない気がした。
ピリピリした空気を保ちながらインディクスは作業を続ける。
セルスさんは監視のためと言い、作業している彼をずっと近くで見張っていた。
俺たちはその空気に耐えられなくて、しばらくそっとしておくことに。
翌日――
「終わったぞ。これで正常に作動する」
「本当か? 本当じゃろうな?」
「試してみればいい」
「良いじゃろう。もし駄目じゃったらお前を城の下敷きにしてやるのじゃ」
「そうか。ならば無事に飛んだ場合は、何をしてくれるんだ?」
「うっ……それは……」
何も考えていなかったのだろう。
ルリアナは目をそらした。
「ふん、冗談だ。君のような子供に何も期待していない」
「うぅ……馬鹿にしおって……」
「そんなつもりはないが、そう思うのなら自覚があるということだな」
「むぅう……エイト! こいつを黙らせろ!」
「えぇ」
「何じゃ何じゃ! お前までこんな奴の味方をするのか!」
あーもう、収拾がつかなくなる。
ルリアナはムキになってプンプン怒っている。
口ではインディクスに勝てないから、俺の言霊を頼ろうと?
もう少し落ち着いてくれないだろうか。
「インディクス、あまりルリアナをからかわないでほしいな」
「ふんっ、そちらが突っかかって来なければな」
「もしかして子供って苦手?」
「得意なように見えているのであれば、両目の交換を勧めるぞ」
ですよね。
「もう良いから始めなさいよ」
痺れを切らしたレナがそう言い、インディクスが小さくため息をこぼす。
魔道具の制御盤に触れ、魔力を循環させる。
初めて見た時とは明らかに起動の音が違う。
ガタガタとうるさかったのに、今はとても静かだ。
「浮上の際に少々揺れる。何かに掴まっていることをすすめるよ」
「じゃあボクは」
「私も」
アレクシアとレナが俺の腕に抱き着いてきた。
「何で俺に掴まるの?」
「安心するから?」
「安全だから?」
「俺は柱じゃないんだけど……」
城が浮上を開始する。
揺れはほんの少しだけで、掴まらなくても耐えられる程度だった。
壁に貼り付けられた大きな板に、外の映像が映し出される。
それを見てアレクシアが興奮気味に言う。
「浮いてるよ!」
「ああ」
「成功だな」
「むぅ……」
ルリアナは悔しそうだ。
と、そんなことを思った瞬間――
城に衝撃が走り、地面に墜落した。






