68.先代魔王
「どうやって入ってきたのじゃ! ここは妾と父上だけに許された場所じゃぞ!」
「い、いやごめん。俺もまさか開けって言ったら開くとは思わなくて」
「開け? そういえばお前、あの時も妾の動きを……何をしたのじゃ?」
「何って、言霊のこと? 俺にはそういうスキルがあるから、言葉にしたことが現実になるんだよ」
へたくそな説明だと自分でも思った。
でも、ルリアナは首を傾げるのではなく、目を細めた。
「なぜじゃ……」
「え?」
「なぜ人間のお前が、父上と同じ力をもっておる!」
先代魔王と同じ力?
今まで戦った幹部たちも、似たようなセリフを口にしていた。
あれはおそらく現魔王を指していたのだろうけど、彼女の場合は先代だ。
俺と同じ言霊使いのスキルを、先代も持っていたのか。
「それは魔王が持つべき力じゃ。何でお前に……返せ!」
「か、返せって言われても……」
「妾にそれを渡すのじゃ! それは父上の……妾にない……」
スキルを渡すなんて無理だろうと思った。
それに、妾にはない、という部分が引っかかる。
「何でじゃ……何で妾にはそれがないのじゃ……」
「え、君はもってないの?」
「ない。じゃから妾は魔王には……父上のようにはなれんのじゃ」
ルリアナの瞳が涙で潤む。
こぼれそうになる涙を自分で拭い、頑張って泣かないように耐えていた。
俺は落ち着くまでそれをじっと待つ。
しばらく待って、ルリアナが俺に尋ねる。
「爺は?」
「セルスさん? 食事の準備をしてくれるって」
「そうか……」
「あのさ」
「爺の言っていたことはわかるのじゃ。今の妾では魔王には勝てない。爺がいても……」
俺が言おうとしたことを、彼女は自分から口にした。
さらに続けて言う。
「でも……でも妾は、妾の力であいつを倒したいのじゃ。父上を殺したあいつを、妾だけで……」
父親の仇を討ちたいという気持ち。
それが自分だけでは叶わないことを、幼い彼女なりに理解した。
しかし、理解することと認めることは別だ。
無理だと知りながら、諦められずにいる。
彼女の葛藤の一端に触れて、何か言ってあげたくなった。
だけど他人の俺が何を言っても、彼女には伝わらないだろう。
無力な自分が情けなくて、視線を下げる。
「この本は?」
テーブルの上には、一冊の古びた本が置かれていた。
タイトルもなく、黒くくすんだ表紙。
皮のカバーで包まれていて、ボタンで開かないように止めてある。
「それは父上が残してくれた本じゃ」
「先代が?」
「そうじゃ。じゃが……」
「みてもいいかな?」
「無理じゃ。妾にも開けない。父上にしかできないのじゃ」
ここでも魔王にしか開けない仕組みか。
どういう原理なのか知らないけど、彼女でも無理なのはどうかと。
「『開け』」
ポタンッ。
「あ」
「え?」
ボタンが外れる音がした。
本を閉じていた部分が外れている。
「開いた……ね」
「嘘じゃ……何で? 妾にも出来ないのに」
困惑するルリアナ。
俺自身も驚いている。
扉に続いてこうもあっさりと開くなんて思いもしなかった。
だけど、何でだろう?
扉の時も同じだった。
セルスさんの話を聞いても、何となく開けられる気がしたんだ。
今だって、彼女には開けられないけど、俺には出来るような気がして……
そのまま俺は、本のページをめくった。
一ページ目は白紙。
その次も、ざっと中身を見ても白紙ばかり。
「何も書いてないぞ」
「そ、そんなはずないのじゃ!」
ルリアナが本に手を伸ばした。
俺の手と、ルリアナの手が本に触れた瞬間、空白のページに文字が浮かび上がる。
と同時に、部屋の足元に魔法陣が展開された。
「何だ?」
「これは父上の――」
瞬く間に光に包まれる。
眩しさに目を瞑り、次に開けた時には、俺とルリアナは真っ白な空間に立っていた。
上を見ても真っ白で、下も踏みしめている感覚はあるけど、地面があるかどうかわからないほど、周囲と溶け込んでいる。
「こ、ここは……どこだ?」
「父上の空間じゃ」
「先代の? 空間ってどういうこと?」
「父上は自分だけの時空間を持っておったのじゃ。一度だけ見せてもらったときも……じゃがここまで何もなかったわけでは」
それはね?
私がもう、死んでしまっているからだよ。
声が頭に響く。
男の人の優しい声だった。
初めて聞く声だけど、不思議な懐かしさを感じる。
そしてルリアナは、声の主を知っていた。
「父上? 父上の声じゃ!」
「これが……」
ああ、ルリアナ。
「どこなのじゃ! どこにいるのじゃ!」
お前の前にいる。
よく目を瞑ってから、ゆっくり開けて見なさい。
言われた通りにルリアナが目を瞑る。
俺も同じように目を瞑り、ゆっくりと開く。
すると、目の前には――
「久しぶり……であってるのかな? ルリアナ」
「父上……父上!」
ルリアナは父親を見た途端に駆け出して、彼に抱き着いた。
黒い髪に赤い瞳。
長い髪を後ろで結んでいる。
優しく微笑む彼こそ、先代魔王サタグレア。
その見た目は、誰かに似ている……気がした。






